【原子力資料情報室声明】原賠法改正、リスクを市民に押し付けるな

原賠法改正、リスクを市民に押し付けるな

2018年11月12日

NPO法人原子力資料情報室

11月2日、原子力損害の賠償に関する法律の一部を改正する法律案が国会に提出された。

そもそも、今回の原賠法改正は、2011年、原子力損害賠償支援機構法が国会で審議された際、「できるだけ早期に…賠償法の改正等の抜本的な見直(す)」、また「国民負担を最小化する観点から…必要な措置を講ずる」よう附則で求められたことをうけてのものだ。さらに衆参両院は同法の附帯決議で、「原子力損害の賠償に関する法律第三条の責任の在り方、同法第七条の賠償措置額の在り方等国の責任の在り方を明確にすべく検討」する、「『できるだけ早期に』は、一年を目途とする」と限定までつけていた。しかし2015年、原子力委員会に原子力損害賠償制度専門部会が設置され、本格的な議論を開始して以降も、審議は遅々として進まず、ようやく2018年10月30日に最終案の了承にいたった。

改正案の主な内容は、①事業者に損害賠償実施方針をあらかじめ作成し公表することを義務付ける、②本賠償開始前の被害者への賠償(仮払い)の早期化のために事業者に国が資金を貸し付ける制度の創設、③原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介手続き(ADR)が打ち切られた場合、打ち切り通知から1月以内に裁判所に訴えを提起すれば、和解仲介の申立ての時に訴えを提起したこととみなす、④賠償措置額1,200億円の据え置き、の4点だ。①は現時点で事業者が行っていないこと自体驚きであり、②も東京電力福島第一原発事故当時、原子力事故被害緊急措置法で国が仮払い措置をとったこと、③も、ADRで事業者側が和解案を拒否する事例が相次いでいることから、合理的な内容だといえる。一方で、④は、東京電力福島第一原発事故の22兆円という被害推定に比べて現行の1,200億円というあまりに過小な賠償措置額に手を付けないという、極めて問題含みの内容である。

もともと原賠法は原子力発電の設置を促すために、原子力事故からメーカーを免責することから出発している。今回の一連の見直しの議論がこの点にまったく触れずに進んだが、本来なら、製造者の責任を問う改正に踏み込むべきではなかったか。

議論の始まりである原子力損害賠償支援機構法の審議を振り返ると、賠償措置額1,200億円が不十分だという理解は共有されていたことがうかがえる。専門部会でも、委員の間でおおむね賠償措置額の引き上げという点では一致をみていた。一方、日本原子力保険プール専務理事の木原哲郎委員は第5回会合で、「5兆円とか10兆円のレベル…はもう全く不可能…ただ、現在の1,200億を例えば1,500億円、2,000億円というレベルであればどうなのかというのは別の問題」と述べ、引上げ余地はあるように発言しながら、第17回会合では「1,200億を上げるというのは保険業界としては非常に難しいというのが結論」と一転、引上げ余地を否定している。また事業者自身も引き上げに反対した。しかし、もとより、22兆円という巨額の保険を原子力保険プールで引き受けるのが不可能なことは自明だった。であれば、賠償措置額の引き上げを検討するとともに、国民負担の最小化を図るべく、現行の原子力損害賠償・廃炉機構法に基づく、事業者の存続を前提とした賠償スキームを維持するのではなく、東京電力福島第一原発事故で発生した22兆円という被害額を踏まえ、事業者の存続を必ずしも必要としない形での新たな賠償スキームを構築する必要があるはずだった。そこに手を付けずに、文部科学省に球を投げ返した専門部会とこれをリードした原子力委員会は3年間、いったい何をしていたのだというそしりを免れない。

ところで、原賠法を所管する文部科学省は専門部会で結論が出る前の10月25日、自由民主党の文部科学部会で原賠法の改正について了承をうけたが、これは手続き的に極めて問題だ。なぜ、専門部会の結論を得ないままに自民党部会に説明に行くのか。文部科学省も専門部会の議論軽視というそしりを免れない。

原賠法は事業者の無限責任下での原子力リスクをどう配分するのかという、きわめて市民の利害に直結する問題を扱っている。わずかな負担で原発を運転するのであれば、「安価な原発」のリスクは事実上、市民に負わされる。今回の改正案はこの問題を全く解決することなく、巨大なリスクを市民に負わせたまま、原発の運転を容認しようとしている。このようなリスク転嫁を容認したまま電力自由化を迎えることは、原子力事業者の負担を著しく軽減し、競争環境を大きく毀損することにもつながる。

米プライス・アンダーソン法では原子力事故により発生した損害は過失の有無を問わず事業者に責任を集中させ、さらに事業者の相互扶助制度により1.5兆円を上限に保障する制度を設けている。一方で、これを超える額については産業界などからの資金も検討する旨も記載されている(42 U.S. Code § 2210 (i)(2)(B))。米国の場合、スリーマイル島原発事故の被害額は賠償措置額を超えることはなかった。しかし日本の場合、東京電力福島第一原発事故では政府推計でも約22兆円の損害(廃炉費用含め)が発生する。さらなる事故の備えには、現在の原子力損害賠償・廃炉機構法に基づく事業者間の相互扶助でも到底足りるものではないだろう。

今回の法改正は国民負担の最小化の観点から検討が求められた。であれば、無限責任の維持はもちろんのこと、東京電力福島第一原発事故の被害を前提として、事業者のみならず、これまで原子力事業によって利益を上げてきた原子力産業界大に広げた相互扶助制度を構築し、負担を共有するべきだ。それが一度の事故でこれほどまでに甚大な損害を与えうる事業を展開してきた事業者と原子力産業界の負担すべき責務だ。それができないのであれば、リスクが高すぎると判断したのであるから、事業者は原子力事業から撤退するべきだ。

以上

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