島根原発差し止め訴訟判決によせて
『原子力資料情報室通信』第433号(2010/7/1)より
島根原発差し止め訴訟判決によせて
水野彰子(弁護士、島根原発差し止め訴訟弁護団)
島根原発近くに活断層
地元市民を震撼させる大見出しの記事が、新聞の一面に掲載されたのは、1998年8月のことであった。
島根県松江市にある中国電力島根原子力発電所1号機、2号機は、もともと、半径30km以内には耐震設計上考慮すべき活断層はないとして設置許可され、運転が開始された。ところが、3号機増設に伴う調査で、「ない」とされていた活断層が確認されたのである。
中国電力は、当初、この活断層(以下、「宍道(しんじ)断層」という)の長さを8kmであるとし、耐震設計には影響はないと公表した。
1994年4月、中国電力のこの見解に疑問を持った市民140人が、松江地方裁判所に、島根原発1号機、2号機の運転差し止めを求める訴訟を提起した。
そして、2010年5月31日、原告らの訴えを棄却する判決が言い渡された。
提訴から判決までの11年間に、変動地形学を専門とする研究者らによる宍道断層の調査が重ねられ、新しい知見が次々と明らかになる一方、耐震設計指針の改定(2006年)、安全審査の手引きの策定とそれらに基づく耐震安全性のバックチェックが行なわれた。そのような状況の中で、中国電力は、宍道断層の長さの評価を、8kmから10km、さらには、22km(2008年3月中間報告書)と変遷させ、国もバックチェックにおいて、活断層長さ22kmとの評価を追認した。
活断層長さと地震動評価が争点
差し止め訴訟における主たる争点は、第一に活断層の長さの評価であり、第二に地震動の評価である。
第一の争点である活断層の長さについて、被告(中国電力)は、西は古浦(こうら)西方の西側から、東は下宇部尾(しもうべお)東までの約22kmであると主張した。これに対し、原告らは、トレンチ調査を行なわないなど、被告の調査が不十分であることを指摘し、中田高教授(広島工業大学)をはじめとする研究者らによって、活断層の西端が古浦西方の西側よりもさらに西に伸長し、東端も下宇部尾東よりさらに東に伸長する可能性が指摘されており、東端を福浦まで伸ばしたとしても、その長さは、少なくとも30km以上に及ぶと主張した。
判決は、まず、訴訟における立証責任について、「本件原子炉の安全性については、被告の側において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、必要な資料を提出した上で、主張立証する必要かあり、被告がこの主張立証を尽くさない場合には、本件原子炉の安全性に欠ける点があり、その周辺に居住する住民の生命、身体健康が現に侵害され又は侵害される具体的危険があることが事実上推認されるものというべきである」とし、被告がこのような立証責任を尽くした場合には、原告らにおいて、「侵害され又は侵害される具体的危険性があることについて、主張立証を行わなければならない」との前提を示した。これは、伊方原発訴訟最高裁判決や志賀原発判決等における主張立証責任に関する考え方を踏襲したものである。
その上で、判決は、「原子炉施設の安全性に関する判断は、科学技術は不断に進歩発展しているのであるから、最新の科学技術に基づいてされるべきである」とし、「新耐震指針、バックチェックルール、(新潟県中越沖地震を踏まえた)平成19年12月保安院指示事項、安全審査の手引きは、現時点における最新の科学的、専門的技術的知見を反映したものと考えられる」のであるから、被告は、これらの指針類に基づいて、本件原子炉の耐震安全性に欠ける点がないことを主張立証すべきであるとした。
科学的事実を無視した判断
このような判断枠組みに則って、判決は、被告が、これらの指針類に基づいて調査及び評価を行ない、原子力安全・保安院においても妥当と判断されているのであるから、被告は、相当の根拠を示し、かつ、必要な資料を提出した上で、主張立証を尽くしたとの判断を示した。
これに対し、原告らが、研究者らの知見に基づき、被告の調査の不十分さを指摘し、活断層が東西に伸長する可能性について主張・立証したことについて、判決は、安全審査の手引きは、活断層が推定される場所にトレンチ調査を行なうことが重要としながら、それが困難な場合には、他の調査で足りるとしているなどとして、中国電力の現時点における調査手法を追認した。
また、判決は、「活断層研究はいまだ発展途上であり、・・・新たな調査手法等ができた場合には、より正確な判断ができるようになるとも考えられる」としながらも、現段階では、被告の判断及び保安院の検討・判断が十分根拠のあるものであると認められるものであって、原告らの主張は抽象的可能性の指摘の域を出ず、具体的な疑いを生じさせるには足りないとした。
さらに、判決は、被告の活断層評価が変遷したことについて、「従前の被告の判断・評価が誤っており、その前提とする調査も結果として十分ではなかったというべきであり、これをそのまま受け入れた従前の国の安全審査に結果として不十分な点があったことも否定できない」としながらも、この点は、現時点における検討には影響しないとした。
結局、判決は、指針類は、最新の科学的、専門的技術的知見を反映したものであるから、これに基づいて、被告の調査や保安院の判断が行なわれていれば、本件原子炉の耐震安全性に欠ける点がないことが主張立証されており、研究者らの知見に基づく原告らの主張は安全性に具体的な疑問を生じさせないとしたのである。
このような判決の考え方は、「指針類のみが最新の科学的、専門的技術的知見を反映したものである」として、研究者らの知見や科学的根拠に基づく指摘を無視するものであり、「最新の科学的知見」という意味を歪曲し、著しく狭めている。
科学者らの新知見や
科学的根拠に基づく指摘を一蹴
第二の論点である地震動の評価について、被告は、断層モデルに基づき活断層から想定される地震動を評価した上で、安全性に問題はないと主張した。
これに対し、原告らは、被告らの想定は、①前記のとおり、前提となる活断層の長さについて過小評価しており、かつ、②断層モデルにおける各種のパラメーター(震源断層長さ、震源断層幅、アスペリティの位置、アスペリティの総面積、アスペリティの応力降下量、ライズタイム、平均破壊伝播速度、破壊開始点、破壊形態)の設定は最新の科学的知見に合致せず、また、すべからく過小評価となるよう設定されており、その結果、宍道断層から想定される地震動が正しく評価されておらず、耐震安全性は確認されていない、と主張した。
②の点について、判決は、まず、宍道断層による地震動評価につき被告が選択した手法は、現時点における最新の科学的、専門技術的知見を反映したものと考えられる新耐震指針、バックチェックルール、及び保安院指示事項に基づいていると判断した。被告が採用した推本レシピについても、判決は、その完成度など原告ら指摘の問題があるとしても、これが現時点における最新の科学的、専門技術的知見を反映したものと考えられるとの認定を覆すに足りないとしつつ、修正レシピにおける修正部分はこれを適宜取り入れるべきだとした。
その上で、判決は、被告の、断層モデルにおける各種のパラメーター設定は、最新の科学的、専門技術的知見を反映した「推本レシピ、または、修正レシピに則っており、問題はない」とした。そして、判決は、原告らが主張した研究者らによる科学的知見について、「推本レシピ、または、修正レシピに未だ、反映されていない」「現段階における最新の知見としてこれを取り入れるまでには至っていない」「専門技術的知見として確立したものとまでは言えない」などとして、ことごとく退け、指針類に基づく被告の上記主張・立証を左右しないと判示した。
このように地震動の評価においても、判決は、「指針類、レシピのみが最新の科学的、専門的技術的知見を反映したものである」という、著しく狭い枠組みを自ら設定した上で、研究者らの知見や科学的根拠に基づく指摘は、「未だ最新の知見として確立されていない」という理由で、一蹴したのである。
司法としての独自検証を放棄
以上のとおり、判決を貫く論理は、指針類、レシピ等だけが、「確立された最新の知見」であり、これらに則ってさえいれば、最新の科学的、専門技術的知見を反映した調査・評価が行なわれたと即断するものにほかならない。
「確立された最新の知見」などという思考の出発点が、極めて違和感のあるものであることはいうをまたない。このような判決の考え方は、科学的知見の展開のあり方についての、我々の経験則に反するものである。
科学者たちからの警鐘が、即座に広く社会に受け入れられるとは限らない。しかし、安全を最優先する場合には、最初に鳴らされた警鐘を取るに足らないものと無視するようなことは、決してあってはならないのである。
ことに、原子炉施設の耐震設計については、十分に安全を期すべき側に立って検証すべきである。科学的根拠に基づく疑問が提出されている以上、むしろ、被告に対して、調査・検討を尽くさせるべきである。
にもかかわらず、判決は、指針類に基づく被告や国の判断をなぞるものである。
司法として独自の検証を行なうべき役割を放棄したこのような裁判所の姿勢は、極めて問題であると言わざるを得ない。
一審判決は、棄却という結果であったが、活断層の評価や地震動の評価を真正面から争点に据えたこの訴訟が提起した問題は大きい。
訴訟提起がなければ、中国電力も国も、宍道断層の評価を8kmのままで押し通したかもしれない。追加調査を余儀なくさせたことは、訴訟の成果である。
また、宍道断層の評価や被告の調査手法について、変動地形学の一線で活躍される研究者や地元島根の地質学者が、アカデミックな立場から、積極的な調査と科学的根拠に基づく指摘を行なっていたことが、この訴訟における闘いの力強い拠所となった。
また、これら研究者の多くの指摘や島根原発の活断層調査が極めて不十分であったというまぎれもない事実が、耐震設計審査指針の改定や安全審査の手引きの策定に関する議論において、重要な問題を提起することともなった。
原告らは、松江地方裁判所の一審判決を不服として、広島高等裁判所松江支部に控訴した。
私たち住民の裁判における闘いは、高裁に場を移して続く。今後とも、島根原発差し止め訴訟に、厚いご支援を賜りたい。