飯舘村初期外部被曝評価プロジェクトの報告

『原子力資料情報室通信』第479号(2014/5/1)より

 2012年秋から『福島第1原発事故による飯舘村住民の初期被曝放射線量評価に関する研究』というタイトルで環境省の委託研究を始めたことは、昨年3月の本誌465号で報告した。(ここでいう初期被曝とは、2011年3月に飯舘村に放射能汚染が起きてから、計画的避難区域に指定され避難するまでの数カ月間の被曝をさす。)2012年度は、米国NNSA(核安全保障局)が公表している空中サーベイデータなどを用いて飯舘村全戸位置での放射能沈着量を推定し、その場所にずっと居続けた場合の外部被曝量を見積もる手法を開発した。2013年度は、個人の具体的な被曝量を算出するため、地震が起きてから避難するまでの行動や居場所についての聞き取り調査を行った。最終的に飯舘村民約6,000人のうち3割にあたる1,812人の情報が得られ、初期外部被曝量を求めた。その概要を報告しておく。

 まず、NNSAが公開している空中サーベイデータをGIS(地理情報システム)技術によって解析し、飯舘村全域のセシウム137沈着量汚染地図を作成した。次に、市販の住宅地図や国土地理院地図を用いて、飯舘村全戸位置(約1700戸)の緯度経度を求め、汚染地図と組み合わせて飯舘村全戸位置におけるセシウム137沈着量を割り出した。飯舘村でのセシウム137平均沈着量は1平方m当たり89万ベクレルで最大は236万ベクレルとなった。
 ヨウ素131など半減期の短い放射能の沈着量は、2011年3月末の土壌サンプリングデータを基に、セシウム137に対する沈着比が飯舘村内で一定と仮定して算出した。さらに、飯舘村での放射能沈着は3月15日18時に一度に発生したと仮定して、それ以降の地上1mでの空間放射線量率の変化と積算空間線量を計算した。その結果、セシウム137の沈着量が1平方m当たり100万ベクレルであった場所での、2011年6月30日までの地上1m積算空間線量(空気吸収線量)は32.6ミリグレイとなった。

 昨年7月はじめにJR福島駅前に事務所を開設し、飯舘村民の聞き取り調査“飯舘村初期被曝評価プロジェクト”を開始した。聞き取り作業は、プロジェクトメンバーが家族の一員を訪問し、3月11日から7月31日までの家族全員の行動を聞き取るという形ですすめた。調査受入の要請は、依頼文の郵送、仮設住宅への訪問、個人的関係での電話連絡という3つの方法で行った。10月末までに、496家族1,812人分の行動パターン情報を入手できた。
 行動情報が得られた人々の年齢構成は、20歳以下16%、20~50歳42%、50歳以上42%であった。仮設住宅の聞き取りでは高齢者が多く、対象者は高齢に偏っているかと思われたが、飯舘村人口6,132人の年齢構成(2011年3月1日時点)での対応する割合は、18%、44%、38%と両方の分布はよく似ていた。従って、我々の聞き取り結果は、村全体の分布を反映しているものと考えてよい。

 行動パターン情報が得られた1,812人に対して、2011年3月15日の放射能沈着から7月31日までの外部被曝量を求めた。被曝量推定に用いた主な仮定は次の通り:
①計算対象の外部被曝は、飯舘村内に滞在していた時のみとし、村外にいたときの被曝はゼロとする
②飯舘村内では自宅に滞在していたとし、生活スタイルは屋内16時間・屋外8時間とし、家屋の放射線低減係数は0.4とする
③空気吸収線量から実効線量への換算係数(Sv/Gy比)は、10歳未満は0.8とし10歳以上は0.7とする
 こうして得られた1812人の初期外部被曝量推定値の分布を図1に示す。平均被曝量は7.0ミリシーベルトで、最大値は60歳男性の23.5ミリシーベルトであった。表1は年齢グループ別の平均被曝量で、10歳未満の被曝が小さく、子ども達の避難が大人に比べて早かったことを反映している。男女の比較では、男性平均が7.5ミリシーベルト、女性平均が6.5ミリシーベルトと男性のほうが若干大きかった。
 飯舘村の20の行政区に分かれている(図2)。表2に、20行政区別の平均被曝量を示す。当然のことながら、汚染の大きい長泥、比曽、蕨平地区の被曝が大きく、比較的汚染の小さい二枚橋・須萱、大倉地区の被曝が小さくなっている。

 聞き取り調査を進める中で気がついたことは、地震や原発事故発生直後にいち早く避難した方々が一旦飯舘村に戻り、計画的避難区域に指定されて再び避難したケースの多いことだった。そこで図3のように、住民が村内に残留していた割合をプロットしてみた。避難していた人々が3月21日以降に村に戻り、計画的避難区域に指定された4月22日以降に再び避難したという興味深い傾向がはっきりと認められる。計画的避難区域の指定が1カ月早ければ、初期被曝のかなりの部分が防げたことを図3は示している。
 避難していた人々が一旦村に戻った理由としては、
・避難先での生活が様々な意味で困難になった
・当局主催の講演会で、放射能汚染は問題ないと聞いて安心した
・村内の職場から帰村を要請された
ことなどが聞き取りによって明らかになっている。“笑っていれば放射能は怖くない”と述べた山下俊一氏が、福島県健康リスクアドバイザーとして長崎大学からやってきて福島市で最初に講演したのが3月21日だったことを指摘しておく。

 福島原発事故で周辺住民がどれくらい被曝したかを見積もる作業は政府の仕事のはずであるが、事故直後の早い段階で福島県に“丸投げ”されてしまった。そうして実施されているのが、何かにつけて評判の悪い県民健康調査(“県民健康管理調査”から最近どういうわけか“管理”がとれた。以下KK調査)である。KK調査では、基本調査として県民への行動アンケートを基に初期外部被曝量が推定されている。KK調査報告から、アンケートに答えた飯舘村住民3,102人の平均被曝量を求めると3.6ミリシーベルトとなり、我々の値の約半分であった。我々とKK調査では、被曝量推定手法に以下のような違いがある。
①空間線量率の推定:KK調査は文科省による地上サーベイデータを用いている。我々の空中サーベイより直接的なデータであるが、被曝の大きかった初期においてデータが少ないという欠点がある。
②行動情報の集め方と時間の取扱い:我々は飯舘村住民に面談して、3月11日以降の居場所・行動について、基本的に“日単位”で聞き取った。一方、KK調査ではアンケート方式により、“時間単位”での居場所・行動を住民が記入するやり方で、我々に比べて細かい区分になっている。
③被曝量積算期間:我々の積算期間は7月31日までだが、KK調査は7月11日まで。
④飯舘村以外での被曝:我々の値には飯舘村外での被曝は入っていないが、KK調査は福島県全体を対象としているので、飯舘村から避難後の被曝も考慮されている。
 推定のやり方が違っていることを考えるなら、2倍という違いは“案外と合っていた”というのが今中の素直な印象である。推定プロセスにはさまざまな仮定を採用しており、それにともなって得られた結果にはさまざまな不確かさが入り込んでいる。KK調査との違いの具体的な理由については今後の検討課題である。

 平均7ミリシーベルトというレベルの被曝影響としてまず懸念されることは、将来におけるガンの増加である。被曝量とガン増加の関係(線量・効果関係)については、さまざまな見解があるものの、“被曝が少なくても被曝量に比例してガンが増える”という直線モデルが観察データと最も整合し批判に耐えるモデルである。その直線モデルに従って、飯舘村の人々の初期外部被曝にともなうガン死リスクを考えてみる。予測されるガン死数の増加は集団被曝量に比例する。集団被曝量とは、一人ひとりの被曝量を足し合わせたもので、単位は人・シーベルトである。つまり、1ミリシーベルトの被曝を受けた人が1,000人いれば、1,000人・ミリシーベルト=1人・シーベルトとなる。7月31日までの調査対象者1,812人の集団被曝量は12.6人・シーベルトとなった。この値を飯舘村全体(6,132人)に換算すると42.7人・シーベルトとなる。被曝にともなうガン死リスク係数を、ICRP(国際放射線防護委員会)勧告に従って1シーベルト当たり0.055件とすると、飯舘村の人々に予測される将来のガン死増加は2.3件となり、米国のゴフマン博士に従って1シーベルト当たり0.4件とすると17件のガン死増加となる。“日本人の2人にひとりはガンになって、3人にひとりはガンで死亡する”ことを考えるなら、人口約6,000の飯舘村民のうち約2,000人の方は原発事故がなくてもガン死するであろう。我々のリスク評価に基づくと、飯舘村の初期外部被曝はその上に2~17件のガン死を上乗させる、つまり約0.1から1%のガン死増加ということになる。
 (昨年12月に環境省研究事業の成果報告会が開かれ、今中が本稿のような内容を発表したところ、専門委員から『低レベル被曝量域での科学的に不確かなリスク係数を用いてガン死数の見積もりを行うのは如何なものか』というコメントがあった。具体的な数字を出して議論すると、当局側が進めている“リスクコミュニケーション”の妨げになるらしい。)
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 紆余曲折はあったものの、飯舘村の初期外部被曝について独自の評価ができたことの意味は大きいと考えている。本稿では議論できなかった放射性ヨウ素の取込みにともなう甲状腺被曝については、(環境省委託研究とは離れて)外部被曝とは違ったアプローチを試みたいと考えている。
 初期被曝評価プロジェクトのより詳細については、下記を参照頂きたい。
・岩波「科学」2014年3月号:
 www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/etc/Kagaku2014-3.pdf
・原子力安全研究グループホームページ:
 www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/etc/13-12- 4NSRAa.pdf

 

※2014年5月10日(土)13時から「飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)2014東京シンポジウム あれから3年 震災・原発災害克服の途を探る」が國學院大學 渋谷キャンパス 常磐松ホールにて開催されます。詳細はcnic.jp/5741をご覧ください。