ブリーフィングペーパー 「トリチウム水と提案されている福島事故サイトからのトリチウム水海洋放出について」

長年海洋の放射性物質調査などに携わってこられた英国ウェールズのティム・ディアジョーンズさんから、福島第一原発事故により事故サイトで貯蔵されているトリチウム水放出についてのブリーフィングペーパーをいただきましたので公開いたします(本文英語)。

タイトル Briefing Paper: July 2018

“Tritiated water and the proposed discharges of tritiated water stored at the Fukushima accident site.”

(トリチウム水と提案されている福島事故サイトからのトリチウム水海洋放出について)

著者 Tim Deere-Jones ティム・ディアジョーンズ

(Marine Radioactivity Research & Consultancy: Wales: UK)

要旨(和訳) 歴史的には、原子力産業と原子力規制当局はトリチウムの放射線の生物学的影響は小さいと主張してきた。その多くは、トリチウム水としてトリチウムが海洋環境中に放出された場合、無限に希釈されることや、トリチウムの放射線が皮膚を貫通できないこと、放射線生物学的危険がない、もしくはほとんど示されていないことなどを根拠としていた。

この仮説は、1950年代、原子力産業の歴史の初期――あらゆる分野で基礎研究が不足していたために、海洋環境中の放射性物質の振る舞いや成り行きへの理解が極めて限定的だった――に現れた。しかしながら、1990年代以降の研究(殆どは独立の研究者による)により、この仮説はあらゆる面で誤っていることが示された。

そのような研究は、トリチウムが海洋放出された場合、容易に環境中の有機物と結合(有機結合型トリチウム、Organically Bound Tritium、OBTとして)することをはっきりと示している。また、有機結合型トリチウムが海洋食物網の最下部に位置する海洋植物に取り込まれる結果、動物および人間は植物や畜産物を経由して、かなりの量の有機結合型トリチウムを摂取することになる。

2000年以降の研究は、海洋食物連鎖のなかで、極めて高いレベルでの有機結合型トリチウムの生物濃縮が起きていることを示している(ムラサキイガイで26000Bq/kg、タラで33000Bq/kg、海ガモで60000Bq/kg以上)。潮間帯堆積物や潮を浴びる牧草でも、周辺海水の濃度が極めて低いにもかかわらず、高レベルの有機結合型トリチウムが見られる。

最近の研究では、有機結合型トリチウムは魚類・鳥類・哺乳類が水産物を摂取することで容易に吸収されること、非常に高い生物濃縮率で有機結合型トリチウムの生体内濃度を高めることが、決定的に示されている。同程度に重要なこととして、遅まきではあるが、有機物負荷の高い沿岸水域は、トリチウム水の放出により、有機結合型トリチウムの製造に極めて適していることがわかった。

研究はトリチウム水が他の水と同様にふるまうため、トリチウムと有機結合型トリチウム(水溶性及び微小粒子状)は陸向きの風の際に砕波帯で生じる海洋エアロゾルと波しぶきにより、海から陸上へ移動することが大いに有り得ることも示している。英国では、放射性物質がこうしたメカニズムにより、少なくとも10マイル(約16km)内陸まで移動し、農作物を汚染したり、沿岸地域住民の食品摂取による被ばくを生じさせたことが確認されている。呼吸により、気中放射能からの被ばくは不可避であることも示している。

本州沿岸地域の海岸プロセスのレビューによると、福島第一原発から下方へ向かう流れが、海洋環境と気象条件から福島第一原発から放出された放射性物質が海から陸に移動するのに好適な環境であることを示唆している。

最も直近のトリチウム水とOBTの振る舞いと影響に関する科学的理解によれば、現在、福島第一原発事故で放射能汚染水が放出されたことによりトリチウム水と(さらに重要なことには)OBTがともに本州沿岸地域のコミュニティへと運ばれている。提案されている大量に保管されているトリチウム水を放出(それが少量ずつであろうと一度にであろうと)することは、そのような被ばくの影響を大きくし、長期化させて、問題をより深刻にする。

IAEA/原子力産業界のトリチウムによる放射線影響は低いという主張が、全面的に不正確であることは、1990年代以降の科学研究が公的な立場とほとんどすべての面で矛盾していることで明らかだ。そのため、トリチウム水の放出とトリチウムが沿岸コミュニティと水産労働者や関係者に放射線の脅威を与えないとする主張は、詳細な経験的実証に基づく厳格な科学的根拠はなく、これまでもなかった。

(翻訳:松久保肇)

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