原子力長計策定会議意見書(第23回)

原子力長計策定会議意見書(23)

2005年4月14日
原子力資料情報室 伴英幸

1. エネルギーと原子力発電について
1-1. 論点整理案では「高速増殖炉とその核燃料サイクルが実現した場合には半永久的に資源確保ができる可能性がある」としていますが、しかし、その実現の見通しはないと考えます(第8回意見書、第17回意見書)。また、これまでの議論でも実現の見通しについて説得的な意見は出ていません。第22回策定会議資料2号の「回答」では「『実用化の見通しのない話』という立場にはたっておりません」と、立場の違いで説明されましたが、立場よりも見通しがあるのなら、それを示すことが必要です。
 見通しのないものを「今後の原子力発電のあり方に関する基本的な考え方」に据えることはやめるべきです。
1-2. 2030年以降も発電電力量の3~4割を原子力に期待するという「今後の基本的考え方」は納得できません。その理由は、第22回策定会議への意見書で述べました。「放射性廃棄物は環境に有意な影響を与えないように管理・処分できる」としていますが、その確実な保証はありません。
 他方、第2回策定会議意見書に述べましたように、省エネルギーおよび新エネルギーを積極的に導入していくことで、二酸化炭素排出量の削減と放射性廃棄物排出量の削減は可能です。
 今後は「新規立地に取り組むことを基本とする」考え、ならびに、既設プラントを順次代替することを基本とする」考えを見直し、原発は順次廃止されていくべきだと考えます。
2. 今後の研究開発の進め方について
2-1. 研究開発課題に対する国の研究開発費の投入は、それが将来において実用化されるしっかりした見通しのもとに行なわれるべきだと考えます。高速増殖炉が実用化しないことは、1-1で(第8回の意見書)で主張しました。ITER(熱核融合炉)についても実用化の見通しはありません(参考)。少なくとも実用化の見通しという観点から十分な議論がなされないままに論点整理が行なわれています。しかしその見通しのない研究開発課題に対して研究開発を継続するべく、国の予算をつぎ込み続けることは許される行為ではないと考えます。
2-2. 政策決定過程への国民参加の必要性や広く国民の声をくみ上げて、原子力政策に反映してくことの必要性などは、2000年原子力開発利用長期計画などで示されているところですが、「研究開発の評価のあり方」には国民の関与が示されていません。しかし、これは必要なことであり、例えば、国民参加の評価の場の設定や意見募集など、その仕組みを作るべきだと考えます。
******************
参考)
ITER(国際熱核融合実験炉)の問題点
原子力資料情報室 古川路明
 2005年3月4日の「策定会議」では、ITER計画とも関連して核融合研究についての報告があった。当日の傍聴はできなかったが、配布資料「核融合研究開発について」(以下、「配布資料」)に基づき、その先に来るはずの核融合炉開発を視野に入れて放射化学者である私が気づいた問題点を述べてみたい。
 配布資料の内容は、ITERの誘致が問題になっている現状を考えると、説得力に乏しい。ITER計画に続く核融合炉についての考察が不可欠である。ここでは。核融合炉のもっている問題点の一部について記している。
1. 核融合炉とは何か
 核融合炉は核融合によって発生するエネルギーを用いて発電する設備で、ITERはそれを実現するための実験炉である。ITER計画を進める前に、核融合炉について考えておく必要がある。
 核融合炉内では、高温の状態にある水素原子核同士の核反応(熱核反応)が起こらねばならない。核融合が太陽の熱源であることはわかっているが、太陽では水素(1H)が反応している。この反応を地球上では再現できない。ITERと関連する核反応が「D-T反応」であることは配布資料にも明記されている。
 この反応を( 1 )式で示すが、反応の際に発生するエネルギーをメガ電子ボルト単位で記してある。
3H + 2H → 4He+ n + 17.6MeV           ( 1 )
この反応では、重水素(2H、D)と三重水素(トリチウム、3H、T)が反応してヘリウムと中性子が生じ、中性子が発生エネルギーの8割を持ち出す。核融合炉では、中性子を液体となる物質に吸収させ、回収されたエネルギーを水に伝え、発生する水蒸気でタービンを回して発電することになろう。トリチウム製造を考えれば、液体となる物質としてリチウムを含む物質を用いる他はなく、溶融金属リチウムの使用が考えやすい。リチウム(融点、180.5℃)はナトリウム(融点、97.8℃)と似た性質をもつ金属で、溶融金属リチウムを冷却材に用いれば、核融合炉と溶融ナトリウムを冷却材に用いる高速増殖炉は似たものとなる。リチウムの化学的反応性はナトリウムより低いが、融点が高いことは難点である。
2.核融合炉の燃料は
 配布資料の中の燃料についての記述(p. 3)を引用する。
『① 豊富な資源  
 燃料となる重水素は海中に豊富に存在し、三重水素(トリチウム)は埋蔵量の多いリチウムより生成可能であり、地域的な偏在がない豊富な資源。この記述では十分とはいえない。特に、(重水素は、水30リットル中におよそ1gの割合で含まれる)
少量の燃料から膨大なエネルギー。
 (重水素―トリチウム燃料1gは、およそ石油8t分に相当)』
これは、燃料についての記述として十分とはいえない。特に、トリチウムについては書いていないに等しい。以下に重要な点について述べる。
 重水素は水の中にある水素に0.015%の割合で含まれている。十分なエネルギーさえあれば、純粋な重水素が得られる。ただし、この同位体濃縮には大量の電力が必要で、水力発電などで安価な電力が得られる地域で製造するのが適当である。配布資料の中にある「重水素は海中に豊富に存在し、」は宣伝パンフの文章のようで、書き換えが望ましい。「重水素は、水30リットル中におよそ1gの割合で含まれる」は妥当であり、重水素を得るのが決して簡単でないことを示している。
 トリチウムは大気中で宇宙線の作用によって生成するが、その量は小さく、水素(1H)の10^17分の1程度に過ぎず、資源にはなりえない。トリチウムの製造には、リチウムに7.5%の割合で含まれているリチウム-6(6Li)に遅い中性子を照射する以外の道はない。中性子源として原子炉を考えるのは当然であり、ITERで用いられるトリチウムは原子炉照射によって製造されるであろう。
 核融合炉が実現できるとして、その中で用いるトリチウムについて考えてみる。電気出力百万キロワットの核融合炉を1日運転するには、0.4キログラムのトリチウムが必要になる。トリチウムの半減期(12.3年)が短いために0.4キログラムのトリチウムの放射能強度は144,000 テラベクレルになる。同出力の軽水炉は1日に100キログラムの低濃縮ウランを消費するが、その中のアルファ線を放出する放射性核種の放射能強度は0.0025テラベクレルに過ぎない。低エネルギーベータ線を放出するトリチウムの放射能毒性はアルファ線を放出するウランより小さいが、二つの発電設備が必要とする燃料の放射能強度の比が6,000万に達することは考えておく必要はある。
 トリチウムの放射能毒性について確定的なことはいえない。ここでは、その内容に立ち入らず、職業人がトリチウム水を「経口摂取した場合における年摂取限度」が0.0029テラベクレルであり、1日の炉の運転に必要なトリチウム量の5千万分の1であることを指摘するにとどめる。
3.トリチウム製造に関わる問題は
 核融合炉の運転開始には、10キログラム程度のトリチウムを用意せねばならないであろう。そのトリチウムはリチウムの原子炉照射で製造せねばならない。大量のトリチウムの取扱は決して容易ではないが、アメリカでは核融合を利用した核兵器(水素爆弾)開発の初期段階で経験をもっているはずである。日本では、そのような経験があるとは考えられない。
 核融合炉の運転開始後も原子炉でトリチウムを製造して供給していてはならないであろう。「核融合炉の隣に原子炉を置かねばならない」という発言は誇張された表現ではあるが、一面の真理を示している。そうなれば、核融合炉を建設する意義は減るのではないだろうか。
 核融合炉で発生する中性子でリチウムを照射し、トリチウムを製造すればよい。しかし、実際に消費したトリチウムと同じ量を得ることは容易ではない。トリチウムを製造する反応は( 2 )式で表わされる。
6Li + n → 4He+ 3H + 4.8MeV            ( 2 )
( 1 )式と( 2 )式から( 3 )式が得られる。
6Li + 2H → 24He + 22.4MeV             ( 3 )
( 3 )式によると、トリチウムではなく、リチウムが必要なことが示されている。厳密に取り扱うと問題があるが、この場合のエネルギー発生が核分裂の場合(200MeV)の10分の1である。同じ出力を得るには、原子炉の場合の10倍の核反応が起こされねばならず、中性子発生率は約5倍となる。
 問題は必要なトリチウムを核融合炉内で製造できるかである。( 3 )式によると、中性子の損失があれば、生成するトリチウムの量が諸費された量を上回ることは困難なようにみえる。実際は、高速中性子の反応によって中性子数が増すので、消費された量以上のトリチウムが得られる可能性はある。しかし、それを実現するのは容易ではないであろう。
4. 放射性核種生成の問題は
 「核融合では放射能はできない」といわれる。確かにD-T反応自体ではトリチウムはなくなり、放射性物質は消滅するが、問題は発生する高速中性子による放射性核種の生成である。核融合炉で発生する中性子は原子炉内にある中性子とは異なる核反応を起こす。
 電気出力100万キロワットの核融合炉では、1秒間に1×10^21個の中性子が発生する。その際の放射性物質の生成量を概算する。
 ある一点で核融合が起こると仮定し、そこから5メートルの場所に置かれたニッケルと鉄の中で1年間の炉の運転後に蓄積している放射性核種の種類を考え、その強度を計算し、結果を表1に示す。
 ニッケルの中で生成する放射性核種は、コバルト‐58が重要で、ガンマ線を放出するために周囲にいる人を被曝させる。1メートルの場所で1時間当たり60シーベルトの線量になり、20分以内に致死量に達する。コバルト-57の放射能強度はコバルト-58より大きいが、ガンマ線エネルギーが低いために実際の被曝線量はそれほど大きくないと予想できる。長寿命のコバルト-60の放射能強度は大きくないが、被曝線量はかなり大きい。
 鉄からはマンガン-54が生じ、コバルト-58とほぼ同じエネルギーのガンマ線を放出するために、かなりの被曝が予想できる。鉄-55の放射線強度は大きいが、エックス線のみを放出するので被曝線量はきわめて低い。
 マンガン-53とニッケル-59は長寿命であり、長期間にわたって放射能が残る。大量の構造材などが放射性廃棄物になる。
表1 ニッケルと鉄の中に生成する放射性核種
                 (100万キロワットの核融合炉が1年運転後)

放射能 半減期 放射能強度(TBq)* 線量率(Sv/h)**
ニッケルからできる放射能 コバルト-57 271日 1300 200
コバルト-58 71日 220 60
コバルト-60 5.3年 6 2
ニッケル-59 7.5万年 0.008 0
鉄からできる放射能 マンガン-53 36万年 0.00004 0
マンガン-54 312日 10 3
鉄-55 2.7年 700 0

* 核融合が起こった地点から5メートルの距離に1キログラムの金属を置いたときに生じる放射能強度。テラベクレルは1兆ベクレルをいう。
** 放射能をもつ1キログラムの金属から1メートル離れた位置での線量率
 上に示した結果から見てニッケルは構造材には使用できないことが明らかである。配布資料のp.8,9に記されている通り放射性核種の」生成は構造材の選択に大きな制約をもたらしている。炭化ケイ素(SiC)などを用いるには今後の開発研究がぜひ必要であろう。
 核融合炉からは、原子炉のようにアルファ線を放出する放射性核種や長寿命の核分裂生成物は製造されないが、それなりの残留放射性核種に対する対応が必要である。
 実際の核融合炉は複雑な構造をもつので、周辺の線量は表1の値より小さいこともあろうが、炉の運転が始まると構造材などの中に大量の放射性核種が存在することは忘れてはならない。炉が故障したときに人が近寄って作業できないと予想される。
5.おわりに
 核融合炉には多くの問題があるが、放射能と燃料という切り口からみてもその実現には難問が多い。
 核融合発電について、その実現に疑問を呈した人は居た。一人挙げるとすれば、押田勇雄氏である。押田氏は1985年に書いた著書(「人間生活とエネルギー」、岩波新書)の中で「まず成功しない研究」と断じている。エネルギー問題に長い間にわたって関心をもち、考え続けたであろう氏の意見は重く受け止めねばと、私は考えている。核融合を推進する立場にあると思われがちな物理学者にもこのような意見をもつ人は居るのである。
 ある核融合研究者は、海外で「核融合研究はsocial welfare(社会福祉)のようになっているのでは」と言われたそうである。このような発言は悪口ではなく、私は核融合研究の将来を心配している声と思っている。
 地球上で核融合によって大量のエネルギーを発生させた例は水素爆弾以外にない。これは本質的なものとつながっている可能性があるとも思う。核融合によるエネルギー生成が話題になってから50年が経過しようとしている。核融合研究者の発言では研究が進展しているようであるが、実際は研究は著しくは進んでいないと思う。この時点で、すべてを見直して十分な検討をすべきである。その際には、これまで核融合研究に携わった人ではなく、ある分野に見識をもつ真の「専門家」を結集して検討すべきである。莫大な国費を費やす計画については、国民の理解を得ねばならない。また、他の科学研究の推進にも大きな影響があることも考えておかねばなるまい。
 2004年12月27日の毎日新聞朝刊で、長谷川晃・田中知・大島理森の3氏がITERの問題について意見を述べていた。それぞれの立場に立つ真摯な発言であったが、日本とEUの誘致合戦が中心の話題になり、核融合のかかえるさまざまな問題については後回しにされているようにみえた。しかし、今回の配布資料の内容は上記の紙上討論のそれにはおよんでいない。
 夢(dream)ではなく悪夢(nightmare)になりかねないこの計画については十分な検討と議論が必要である。配布資料のような宣伝パンフに近いものを提出してことたれりとする態度には賛同しがたい。作成にあたった関係者の猛省をうながしたい。全面的に書き直して再提出し、策定委員の意見を求めるべきである。