ITERは「希望の星」ではない
ITERは「希望の星」ではない
※原子力資料情報室通信368号(2005.2.1)掲載
古川路明(名古屋大学名誉教授)
ITER(国際熱核融合実験炉、イーター)を核融合によるエネルギー生産の「希望の星」と見る人がいます。日本では、青森県六ヶ所村とフランスのITERの誘致合戦が話題になることが多く、核融合のかかえる技術的問題の議論は後回しにされています。
核融合はエネルギー問題の解決に役立つのでしょうか。本当は、実現は不可能に近く、とても「核融合には未来がある」とは考えられません。ここでは、私が考えている核融合の問題点をQ&Aの形で書いてみます。
■核融合はどんなものですか。
□水素の原子核が反応して、大きなエネルギーが放出されることを核融合といいます。水素には、原子核の性質が異なる3つの同位体があります。普通の水素(1H)、重水素(2H、D)と三重水素(トリチウム、3H、T)です。
■太陽で核融合が起こっていますか。
□太陽の熱源は核融合です。太陽の中では、普通の水素が核融合を起こしています。水素が大量に集まり、起こりにくい反応が続いています。地上で太陽は再現できません。
■「核融合炉」とはどんなものですか。
□核融合炉は、核融合によって発生するエネルギーを用いて発電する設備です。ITERはそれを実現するための実験炉です。核融合炉内では、高温の水素原子核同士の核反応(熱核反応)が起こらねばなりません。
■核融合炉はどうすれば実現できますか。
□起こりやすい核反応は「D-T反応」です。重水素とトリチウムが反応してヘリウムと高速中性子が生じます。反応で発生するエネルギーの8割を中性子が持ち出します。核融合炉では、中性子を冷却材に吸収させ、吸収されたエネルギーを水に伝え、そこで発生する水蒸気でタービンを回して発電します。トリチウムの製造を考えると冷却材として、リチウムを含む物質を用いねばなりません。
リチウムはナトリウムと似た性質をもつ金属です。溶融リチウムを冷却材に用いれば、溶融ナトリウムを冷却材に用いる高速増殖炉と核融合炉は似てきます。
■燃料はどのように用意するのですか。
□重水素は水素に0.015%の割合で含まれていて、エネルギーさえあれば純粋な重水素が得られます。問題はトリチウムです。
トリチウムを得るには、リチウムを遅い中性子で照射する以外の道はありません。出力100万キロワットの核融合炉を1日運転するには、0.4キログラムのトリチウムが必要です。半減期が12.3年と短いためこのトリチウムの放射能の強さは非常に高いのです。低エネルギーベータ線を放出するトリチウムの放射能毒性の評価は難しいのですが、このトリチウムの100万分の一を水の形で口から摂取するとき、ヒトの健康に重大な影響をおよぼすおそれがあります。
■核融合炉と原子炉は関係があるのですか。
□ 核融合炉の運転を始めるには、10キログラムのトリチウムが必要でしょう。それは原子炉でリチウムを照射して製造します。
核融合炉の運転開始後は、核融合で発生する中性子でリチウムを照射して製造すればよいのですが、消費されたトリチウムと同じ量以上を得ることは難しいでしょう。そうなれば、「核融合炉の隣に原子炉を置かねばならない」ことになります。それでは、核融合炉を建設する意義は減るのではないでしょうか。
■核融合では放射能はできないのですか。
□D-T反応では放射性のトリチウムはなくなりますが、中性子によって放射能ができることは問題です。炉の構造材として使われるであろうステンレス鋼に中性子があたったとします。ステンレス鋼に含まれるニッケルから、ガンマ線を放出するコバルト57(半減期、271日)、コバルト58(71日)とコバルト60(5.3年)がつくられます。その量は大きく、出力100万キロワットの核融合炉が1ヵ月間運転した後には設備に近づくことができないほど強い放射能ができます。1時間以内に致死量に達するような場所があるはずです。放射能は時間とともに減りますが、コバルト60があるために50年以上も放射能は残ります。ニッケルは構造材の成分としては不適当だと考えています。他の成分である鉄からマンガン54(312日)ができます。ニッケルの場合より放射能は少ないのですが、被曝の危険があることに変わりはありません。また、超伝導磁石のような他の材料の中にも放射能ができます。
■放射性廃棄物が発生しますか。
□施設が閉鎖して長期間経過後も、ニッケル59(7.5万年)、マンガン53(360万年)などがいつまでも残ります。大量の低レベルないし中レベル放射性廃棄物が出ます。
核融合炉からは、原子炉のようにアルファ線を放出する放射能や長寿命の核分裂生成物は製造されませんが、それなりの残留放射能に対する対応が必要です。
■他に使える反応はありませんか。
□重水素原子核同士を反応させる反応(D-D反応)がありますが反応が起こりにくく、エネルギー発生の効率も悪いので、ここで取り上げなくてもよいと考えています。
■他に、技術的な問題はないのですか。
□核融合を安定な状態で持続すること、1000万度を超える高温に耐えるような炉の構造を考えること、トリチウムをいかに安全に取り扱えるかということなど、まさに問題は山積しています。
私は放射能の問題を取り上げただけですが、それだけでも重要な難点があるのです。
■これまでに問題点について訴えた人はいないのですか。
□その声は広くは伝わっていないようですが、以前からありました。例えば、槌田敦氏は、1970年代に、核融合炉の問題を広い視野に立って批判的に分析していました。また、押田勇雄氏は、1985年に書いた『人間生活とエネルギー』(岩波新書)の中で「まず成功しない研究」といっています。核融合を推進する立場にあると思われがちな物理学者にもこのような意見をもつ人がいるのです。
気楽な会合の席では、「核融合研究は失業救済になっている」という暴言を吐く人がいます。また、ある核融合研究者は、海外で「核融合研究はsocial welfare(社会福祉)のようなものだ」と言われたそうです。このような発言は悪口とみえますが、私は核融合研究の将来を心配している声と受け取っています。
ITER計画から早く手を引いて、現在進めている計画が妥当かどうかを真剣に検討すべきではないでしょうか。