「原子力政策大綱(案)」への意見
「原子力政策大綱(案)」に対する西尾漠の意見です。
aec.jst.go.jp/jicst/NC/tyoki/bosyu/050729/bosyu050729.htm
意見対象箇所:はじめに
意見及び理由:なぜ「原子力政策大綱」なのか? その必要十分な説明がない。
従来の「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」から突然「原子力政策大綱」に変わりましたが、それはなぜなのか、従来の「長期計画」とどう変えようとしたのかが示されていません。「内閣府に属することになった」から、「エネルギー基本計画や科学技術基本計画が策定されている」からうんぬんとの説明は、「お役所」の中ではそれでわかるのかもしれませんが、外の世界では通用しないでしょう。
『エネルギーフォーラム』2004年5月号のインタビュー記事で近藤委員長は「国が示すべきは民間活動の許容空間を示す方針・大綱的なものであるべきです」と語っていました。「原子力政策大綱」の名がそこからつけられたとすれば、その名は体を表わしていないというか、体のほうが名前負けしているように見えます。新計画策定会議を開始するにあたって近藤委員長は、各委員に宛てた「ご挨拶とお願い」の中で「政策提言は政府の活動に限定されるべきか、事業者の活動にも言及すべきか」と問題を提起されていました。会議では若干のやり取りはありましたが、最後まであやふやなままですませながら、名前だけ「政策大綱」としたことに大いに違和感を覚えます。
意見対象箇所:1-1.基本的目標/1-2-5.エネルギー安定供給と地球温暖化対策への貢献
意見及び理由:原子力エネルギー利用技術は、エネルギー安定供給に貢献していない。
8月16日に宮城県沖で起きた地震では、女川原発の3基の原子炉が自動停止し、217万キロワットを超える電力供給力が瞬時にして失われました。より多くの設備容量をもつ原発で同じことが起これば、さらに大きな供給力の喪失となっていました。同様の大規模供給力喪失は、送電系統や原発自体の事故によっても発生します。場合によっては同型炉のすべて、あるいは全原発の停止に至ることもありえます。さらには、トラブル隠しの発覚といった社会的な理由で特定の電力会社の原発が全停止する事態まで、私たちは経験しました。近藤委員長(当時は東大大学院教授)は『エネルギーレビュー』2003年1月号で「共倒れリスク」と命名されていました。日本語として「共倒れ」は正しい使い方でないように思いますが、原子力業界では「共倒れ故障」の前例があります。
閑話休題。エネルギー安定供給とはより長期的に見た安定性を言うのでしょう。しかし、長期的には別の選択肢をふくめ、さまざまな対応が可能です。むしろ、対応が間に合わないかもしれない不安定性を真剣に考慮すべきだと思います。なお、上述の大規模供給力喪失は1年以上続く場合もありうるし、現にあったことを付記しておきます。
意見対象箇所:1-1.基本的目標/1-2-5.エネルギー安定供給と地球温暖化対策への貢献
意見及び理由:原子力エネルギー利用技術は、地球温暖化対策に貢献していない。
この点に関しては第30回の新計画策定会議で伴委員が、「新計画の構成(案)」に寄せられた多くの人の意見をまとめる形で簡潔に述べています。
原発は省エネルギーに逆行し、原発に頼った数字上の辻つま合わせは、ほんらい行なわれるべき対策の足を引っ張ります。その上に、「共倒れリスク」が発生したり、原発建設が計画通り進まなかったりして(京都会議の際に2010年までに20基が必要とされていた原発の新設は、4分の1の5基どまりになりそうです)数字上の辻つま合わせを破綻させたのです。むしろ対策を邪魔するのに貢献したと言うべきでしょう。
意見対象箇所:1-2.現状認識/1-2-9.放射性廃棄物の処理・処分/3-3-2.地層処分を行う放射性廃棄物
意見及び理由:なぜ処分場応募に強い反対があるのかから出発すべきである。
「1-2.現状認識」では「核燃料サイクル事業や放射性廃棄物の処分事業についても着実な進展がみられる」とあります。核燃料サイクル事業についても着実な進展がみられるとは思えませんが、高レベル放射性廃棄物の処分についてはおよそ現実離れした認識ではないでしょうか。
処分場の候補地に応募しようとする自治体があっても、表面化すればたちまち反対の声が上がり、撤回となります。「お金を出すから応募して下さい」というやり方に問題があるのだと思います。強い反対があるという現状認識のもとに、処分のあり方をふくめ、きちんとした議論を起こして問題の解決を図るべきです。
意見対象箇所:1-2-1.安全確保を前提とした原子力利用に対する国民の信頼
意見及び理由:「安全の確保」それ自体でなく、「国民の信頼」につなげるのは不当である。
原子力委員会が「安全」の問題を扱うことの難しさは承知しています。それでも、策定会議の場でも、森本企画官にご出席をいただいて原子力資料情報室が主催した公開研究会でも、「安全」の問題が大きなウエイトを占めました。この問題にはやはり正面から向き合うべきであり、「国民の信頼」につなげることで原子力委員会らしさ(?)を装う必要はありません。
意見対象箇所:1-2-2.平和利用の担保/2-2.平和利用の担保/5-1.核不拡散体制の維持・強化
意見及び理由:核の廃絶をこそめざすべきである。
「核不拡散体制の維持・強化」だけでは、決定的に不十分です。核の廃絶をめざす立場に立つのでなくしては二重基準の拡大にしかならず、核不拡散も困難となります。
意見対象箇所:1-2-8.放射線利用/3-2-1.基本的考え方
意見及び理由:他の技術に対する優位性や必要不可欠性のもとに放射線が利用されてきているとの記述は不自然である。
この記述は、もともとは放射線利用についての論点整理で「放射線利用技術が他の技術と比較して優位性がある場合や、放射線利用技術の特徴が必要不可欠な場合に採用されるべきものである」とされたところからきています。ほんらいは「3-2-1.基本的考え方」に書くべきところを、あたかも現状がそうなっているかのように「現状認識」とするのは奇妙です。「1-2-8.放射線利用」では削除し、「3-2-1.基本的考え方」に論点整理に合わせた記載をするのがよいと思います。
加えて、放射線利用に伴って現に起きている過剰照射などの問題も「1-2-8.放射線利用」に指摘し、「3-2-1.基本的考え方」でそれに対する考え方を示すべきだと思います。
意見対象箇所:2-4-2.学習機会の整備・充実
意見及び理由:エネルギー・原子力の教育支援は、まず位置付けを組み替えることが必要である。
原稿の教育支援はプルサーマル連絡協議会の「中間とりまとめ」(2001年8月)の「アクションプラン」を具体化したものであり、いわゆる「電源三法交付金」から支援金が拠出されています。そうした位置付けをそのままに「見解が分かれている事項についても、様々な視点から幅広く情報を提供することに留意すべき」と言っても、信用されません。現行の教育支援をいったん白紙に戻し、改めて別の枠組みをつくることが望ましいでしょう。
意見対象箇所:3-1-2.原子力発電
意見及び理由:「2030年以降も」や「2050年頃から」の記述は無責任である。
「新計画の構成(案)」に対する意見として述べたことを再度繰り返します。
現行計画策定時からの状況の変化を踏まえ、まさに「長期的かつ総合的視点から」新計画(政策大綱)は何を目指すのかをまず明らかにすべきではありませんか。
長期的視点の欠落が、かえって「2030年以降も」や「2050年頃から」といった無意味で無責任な長期目標(?)の紛れ込みを許す結果となっているように思われます。これらは当然ながら削除すべきです。
こうした記述は、そもそも「大綱」にそぐわないのではないでしょうか。
意見対象箇所:3-1-2.原子力発電
意見及び理由:原発への固執より脱原発の選択肢を示すべきである。
「1-2-7.電力自由化の影響」に、「経済性、投資リスクの比重が以前に比して相対的に上昇している」として、「電気事業者には、原子力発電所の建設に対して、このような視点からより慎重な姿勢を示す面があることも見受けられる」とあります。「新計画の構成(案)」の現状認識よりおとなしい書きぶりとなり、「電力需要の伸びの鈍化」への言及が削除されました。しかし7月19日付の電気新聞では「従来に増して慎重な姿勢」「電力需要の伸びが今後は見込めないという点も慎重姿勢に拍車」とあり、「設備過剰を尻目に国策民営」とまで書かれています。
「2030年以後も総発電電力量の30~40%程度という現在の水準程度か、それ以上の供給割合を原子力発電が担うことを目指すことが適切である」などと非現実的な「国策」(かつては1990年に1億キロワット、前々回長期計画でも2030年に1億キロワットなどという記述もありましたが)を書き込むより、脱原発・エネルギー低消費社会もふくめて選択の柔軟性を示すのがよいのではないでしょうか。
意見対象箇所:3-1-2.原子力発電/4-1-3.革新的な技術システムを実用化候補まで発展させる研究開発
意見及び理由:高速増殖炉の実用化は夢ですらない。
第17回策定会議で伴委員が述べている通りです。
少数派委員の主張に反論も議論もなく、ただただ多数派委員の(多くは黙認による)同意のみで物事が決められていく策定会議の議事進行に改めて異議を申し立てておきます。「2050年頃から商業ベースでの導入を目指す」との記述は、「高速増殖炉サイクル技術の研究開発のあり方について」の論点整理にはなく、もちろん議論されてもいなかったものが、いわば勝手に加えられました。この点でも、議事進行に異議があります。
意見対象箇所:3-1-2.原子力発電
意見及び理由:安易な高度化・高度利用は安全の確保に逆行する。
第22回策定会議に伴委員の意見書があり、山口幸夫「高経年化対策で惨事の危険性が増す」が付されています。高経年化(老朽化)という、まだこれからどんな問題が出てくるかもわからない状態を進行させながら(ちなみに40年以上運転を続けた商業用軽水炉の実績は、世界中に1基もありません)「リスクを十分に抑制しつつ」との言いわけのもとでリスクの増大を認めるというのは、余りに危険な考え方ではないでしょうか。
意見対象箇所:3-1-3.核燃料サイクル
意見及び理由:再処理への固執は危険を増大させる。
「新計画の構成(案)」に対する意見として述べたことを再度繰り返します。
いま以上に核燃料物質の流れを複雑にし、新たな施設をつくることは、経済性のみならず、本来の意味の循環型社会の追究、エネルギーセキュリティの確保、将来における不確実性への対応能力等を総合的に勘案しても、また核不拡散や放射線災害の危険性等から考えても、思い止まるのが合理的であり適切です。
意見対象箇所:3-1-3.核燃料サイクル
意見及び理由:プルサーマルは資源の有効利用にならない。
プルサーマルは、理想的にすすめられたとしても資源の有効利用としての効果は少なく、現実的にはむしろ資源の無駄遣いにしかならないでしょう。新たに再処理工場を動かし、MOX燃料加工工場をつくりといったことと利用効果を勘案するなら、答は自ずから明らかです。
意見対象箇所:3-1-3.核燃料サイクル
意見及び理由:「中間貯蔵」を安易にすすめるべきではない。
安易に「中間貯蔵」をすすめることは、まったくの無用の長物である第二再処理工場の建設を促したりすることにつながりかねません。使用済み燃料の取り扱いについては、これまでの政策の誤りを率直に認めた上で、広範な議論を起こすことが先決だと思います。その場しのぎを繰り返すのは、けっきょく負の遺産を大きく、よりやっかいにすることにしかなりません。
意見対象箇所:3-3-4.原子力施設の廃止措置等
意見及び理由:廃止措置廃棄物の再利用は循環型社会の考え方に整合しない。
循環型社会とは何でも循環させればよいのではなく、危険物等は隔離・非循環させる社会だという当たり前のことを、わざわざ言わなくてはならないのが情けないと思います。
廃止措置廃棄物を再利用できると法律で決まったにしても、再利用にあたっては廃棄物の搬出、製品加工、販売、使用、廃棄のすべてに標示を義務づけるなどの措置が最低限必要です。
意見対象箇所:4-1-3.革新的な技術システムを実用化候補まで発展させる研究開発
意見及び理由:「もんじゅ」の運転は再開すべきでない。
運転再開の意義がないことは、伴委員が第17回策定会議の意見書に述べている通りです。
「もんじゅ」の設置許可申請書の添付書類「原子炉の使用の目的に関する説明書」には、こうありました。「近い将来エネルギー供給の逼迫が予想される状況下におかれており」、“資源小国”日本は「高速増殖炉の実用化を最も緊急に必要とする立場にある」。そこで、高速増殖炉を「一九九〇年代に実用化するため、実証炉、実用炉にいたる原型炉を自主開発する」のだと。「近い将来」だの「緊急に」だのといった言葉をちりばめて必要性が強調されていたのですが、「近い将来」も1990年代も疾うに過ぎてしまいました。「実証炉、実用炉にいたる」計画は白紙に戻されています。
もんじゅの設置許可は、「使用の目的」からして賞味期限切れです。さらに、燃料もナトリウムも種々の機器も劣化し、やはり賞味期限切れでしょう。そこに改造工事とやらで、新たな機器が継ぎ接ぎされるのです。安全性が増すどころか、かえって危なっかしいことになりそうで、工事中の事故も心配です。「ナトリウムを入れた状態での工事は空気との接触をできるだけ避けて行う必要があり、新しく作るより時間がかかるし、むずかしい」と核燃料サイクル開発機構自身も言っています(『インサイド原子力』7月4日号)。
何もかもが賞味期限切れのもんじゅを何が何でも再開しようとするのは、これまた賞味期限切れの「核燃料リサイクル」論をただ糊塗するためではないでしょうか。
意見対象箇所:5-3.原子力産業の国際展開
意見及び理由:日本の原子力技術の国際展開は行なうべきではない。
国内で大小の事故を続発させている日本の技術の国際展開は、事故の国際展開をもたらすことが確実です。