8.16地震と女川原発
8.16地震と女川原発
湯浅欽史(土木工学)
『原子力資料情報室通信』376号より(図表略)
宮城県牡鹿半島沖の地震について、東北電力が発表した女川原発のデータと解析結果を、前号に続いてお知らせします。
女川原発の地震計
政府の地震調査委員会は一昨年、宮城県沖で「30年以内に99%の確率でマグニチュード7.5前後の地震が起る」と発表していました。地震翌日の委員会では、規模が小さいなどの理由で、今回の地震は「想定していた地震ではない」とする見解をまとめました。
東北電力は、女川原発の地震計記録とその解析結果を発表しています。1号炉の場合には、合計18個の地震計を3つの目的にわけて設置しています。①岩盤の振動をとらえるために、地表付近から深さ約150メートルまで4個所、②保安確認用に、原子炉建屋の基礎版上に2個所、③原子炉建屋の振動の様子を知るために、基礎版・1階・5階・屋上に、各NS(南北)・EW(東西)方向に12個所、です。
地震計の三種の役割
まず、上記②保安確認用の地震計の値が200ガルを超えると、原子炉を自動停止させます。スクラムと呼ばれています。その値の大きさによって、点検方針を決めます。今回は251.2ガルと大幅に超えたので、緊急停止してから定期点検並みの検査が行なわれている、とのことです。
つぎに、①岩盤用は建物の影響が小さい敷地の一角に設置されていて、安全審査や許認可のもとになっている設計用地震動を超えたか否か、を検討するためのものです。もし超えていれば、女川原発の設備や機器が損傷を受けている可能性にとどまりません。現行の安全審査で用いられている技術基準そのものが、この列島孤で発生する地震を過小評価しているのですから、稼働中のすべての原発が地震による損傷の脅威にさらされているのではないか、という重大な疑念が生じてきます。すると、既設原発への補強工事などの対処とともに、阪神淡路大震災でのように、技術基準改定の緊急性が高まります。
なお、③建屋用の観測データを解析することによって、建屋や構造物や機器・配管類などが、設計値を超える変形や力を受けていないか、計算上でチェックします。地震後の健全性を評価するということです。
現行の耐震設計用地震動
前号で記したように、耐震設計用の地震動には「弱と強」の二種類があります。起りそうな最強地震動S1と万一を考えた限界地震動S2です。簡単にいうと、原子炉の構造物や機器類は、S1を受けても、地震動が過ぎれば元と同じ状態に戻るように求められています。より強いS2を受けると、元と同じ状態に戻らなくて少し変形したりひび割れしても、重要な構造物の機能は維持されることが必要です。いわば「歪んでも潰れない」とでも言えばいいでしょうか、放射能が敷地外に放出されたとしても、その量を少なくするためです。
もう一つ面倒なことには、S1もS2も原発サイトの「解放基盤表面」で規定されていることです。原子炉に到達する地震動の様子は、地盤の性質に大きく左右されますし、1回毎の地震の規模や性質によっても変ってきます。だから、どの原発にも使える共通の基準として、「ある程度の固さをもった地盤が地表面に露出している」と仮想した場所で、設計用地震動がサイト毎に決められています。だから「今回の8.16地震がS1を超えていたかS2を超えていたか」を判断するには、「解放基盤表面」だったとしたらどんな地震動を生じさせた地震だったのかを知る必要があります。前記①岩盤用のデータを使って解析した「解放基盤表面」での推定地震動の結果を、S1やS2と比べることになります。
“部分的に”S2も超えていた
4個の①岩盤用の地震計のうち2番目に深い地震計は、女川の基準標高(OP)-8.6メートルの「解放基盤表面相当位置」に設置されています(図1を参照)。しかし地表面はOP+18.7メートルなので、この地震計から上には27.3メートルの柔らかい表層地盤があって、その揺れでエネルギーが吸収されます。だからOP-8.6メートルで観測された地震動は、表層地盤がない場合よりも小さめの値になっていると考えられます。表層地盤がなかったとした地震動を「はぎとり波」と呼びます。今回の解析では、過去の地震観測から推定した既存の地盤モデルを使いました。その結果、観測された最大加速度はNS方向233、EW方向221ガルでしたが、はぎとり波ではそれぞれ、235と284ガルになりました。NS方向のほうが大きく観測されたのに、表層地盤がなかったならEW方向に大きく揺れたはず、との計算結果です。しかも、耐震設計用の最強地震動S1の最大加速度は解放基盤表面で250ガルですから、それを14%も超えた地震に襲われた、ということになります。
加速度(単位はガル=cm/s2)はある瞬間にかかっている力を表しますが、地震動と構造物等の固有周期が一致する共振現象を別にしても、地震の破壊作用は時間の長さに影響されます。[加速度×時間]は速度の単位になります。そこで80年代以降の現行基準では、地震動の最大振幅は「速度」で表すことにして、単位にカイン(cm/s)を使っています。はぎとり波の速度応答を見ると、周期0.4秒付近での揺れはS1を超え、周期0.05秒付近での揺れはS2も超えています。固有周期の短い機器類はダメージを受けているかもしれません。
加速度応答値については、建物の基礎版(OP+2.3)地震計では周期0.4秒付近でS1を越え、屋上(OP+61.6)地震計では周期0.15秒付近でS2も越えた、という計算結果でした。
残された課題
前記③建屋用地震計データの解析結果は、機器を設置していない屋上を除いてはほぼS1に収まっていて、構造物や機器類は損傷を受けていないはず、ということです。とはいえ、タテマエ通りの製作・施工がなされていたという前提での計算ですし、その願望は破られる場合が多いと考えておかねばなりません。さらに重大なのは、シュラウドのひび割れや配管の減肉など、老朽化した原発の現況を考慮して計算したのではなく、許認可時の新品の設計書類にもとづいた計算結果だということにご注意ください。部分的にでもS2を超えていれば破断していても当り前で、8.16地震で破局が避けられたのは僥倖と言うべきでしょう。
9月9日開かれた原子力安全委員会の第26回耐震指針検討分科会では、想定されていた「宮城県沖地震」と比べて今回の地震は高周波成分が多く、かつ規模としては半分くらいか、との発言がありました。また、過去の地震から求めた地盤モデルではなく、今回の地震動データからの地盤モデルを用いないと、「解放基盤表面」での地震動の推定精度が落ちる、との指摘もありました。席上、東北電力は想定されている「宮城県沖地震」が起った場合をこれから検討すると約束しましたので、その解析結果にも関心がもたれます。
8.16地震の最大の波紋は、いま見直し作業中の耐震設計審査指針改訂の行方に影を落していることだと思われます。今回の地震がどう生かされて改訂されるのか、あるいはもみ消されるのか、大いに注目されるところです。