原子力防災における情報管理と中央統制
原子力防災における情報管理と中央統制
末田一秀(自治労大阪府職)
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『原子力資料情報室通信』380号掲載(図表略)
JCO臨界事故後に急ごしらえで作られた原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」という。)に基づく原子力防災体制について、筆者は、JCO臨界事故総合評価会議のメンバーの一員として検討を行なった。原災法ではオフサイトセンターに、国、自治体、原子力事業者等の関係機関、専門家等が一堂に会して情報の共有化を図り、合同対策協議会で指揮の調整を図って事故対策にあたるとされている。しかし、オフサイトセンターは立地場所や建物構造などハード面に問題を有するのみでなく、混成部隊の参集や情報統制などソフト面でも多くの問題点を抱えていることを指摘したところである。詳しくは総合評価会議報告書『青い光の警告』(七つ森書館発行)収録の「オフサイトセンターにみる原子力防災の問題点」をお読みいただきたいが、報告書発行後に2つの訓練を監視し、情報統制・中央統制の問題が深刻であることを改めて感じたので問題提起を行ないたい。
■シナリオを明示しないブラインド訓練
原災法施行後、国主催の原子力防災訓練が、毎年1回各地の原発の持ち回りで行なわれている。国主催の訓練ではシナリオを用いる総合訓練に先立ち、2002年度から参加者にシナリオを知らせないブラインド訓練が、事前訓練として行なわれている。これまでの訓練では綿密なスケジュールが立てられ、そのシナリオを下手な役者(訓練参加者)が演じるという緊張感のないものであった。参加者の判断力の向上を目的に行なわれるブラインド訓練では、参加者は訓練コントローラ部から与えられる情報をもとに、各種マニュアルに基づいて何をすべきか判断し行動することが求められる。
また、昨年の柏崎での総合訓練では、抜き打ちではないものの実動による参集訓練が初めて行なわれた。その結果、悪天候でヘリが飛ばず、現地警戒本部開設が3時間遅れるなどの問題点が確認されている。
このような訓練が行なわれていることは評価すべきで、各都道府県主催の訓練でも導入を要求していかねばならない。
■時間のかかる対策決定
筆者は、昨年10月13日に柏崎で行なわれたブラインド方式による事前訓練を監視した。訓練は、柏崎刈羽原発4号機の炉心損傷に伴い放射能が放出されるおそれが出たと想定し、約300人が参加して行なわれた。
シナリオに沿って時間軸を短縮して行なわれるこれまでの訓練と違い、いかに対策の決定や実施に時間がかかるかを、監視では実感することができた。例えば午後2時17分から始められた各機能班連絡会議では、プラント班が「ERSS(注1)で事故の解析を依頼した。結果が出るまで20分ほどかかる」と報告したが、「明日午前3時ごろから放射能が放出される」との解析結果がアナウンスされたのは30分後の午後2時47分。さらにこの解析結果を受けてSPEEDI(注2)で放射能拡散予測の解析が始められるが、その結果が伝えられたのが午後3時55分。住民安全班は、SPEEDIの結果を受けて直ちに避難地区の案を作成したようだが、対応方針決定会議が招集され、別室の秘密会議でこの案が承認されたのが午後4時58分ごろ。原子力緊急事態になってから3時間もかかっている。
【注1】緊急時対策支援システム:原子力発電所の運転情報等をオンラインで収集し、リアルタイムで表示することにより、情報把握や予測をサポートするシステム
【注2】緊急時迅速放射能影響予測ネットークシステム:周辺環境の放射性物質の大気中濃度および被曝線量などを地勢や気象データを考慮して計算するシステム
■国の権限が強化された原災法の実態
避難地区の案は、対応方針決定会議で承認されても正式決定とはならない。原災法15条では、原子力緊急事態が生じた際に内閣総理大臣が緊急事態宣言を公示するとともに市町村長や知事に避難や退避の勧告または指示について指示するとされている。「避難や退避の勧告又は指示」の権限は災害対策基本法では市町村長にあるが、どのような勧告または指示をするかを内閣総理大臣が指示する仕組みである。権限が実質的に内閣総理大臣に移っているのだ。
今回の訓練では、午後2時40分段階で総理大臣から新潟県知事、柏崎市長、刈羽村長に「現在のところ、排気筒モニター及び敷地境界周辺のモニタリングポストの値は平常値を示しており、放射性物質の異常な放出は検出されていない。従って、柏崎市及び刈羽村内の居住者、滞在者その他公私の団体等は、現時点では、直ちに特別な行動を起こす必要はないが、防災行政無線、ラジオ、テレビ等による原子力事故に関する情報に注意することが必要である。従って、その旨周知されたい。」と第1次の指示がされたことになっている。このため官邸に設置された災害対策本部とテレビモニターをつないで午後5時10分に開始された合同対策協議会で、この指示に対する変更案(半径2キロの避難、風下3キロの屋内退避)が現地本部から「上申」され、官邸から「直ちに手続きに入ります」との回答を得たところで、予定の時間がきて訓練が終了した。官邸での事務手続きにも時間がかかるだろうから、正式に避難地区が決定され、公表されるのはさらに遅くなる。
■情報統制の実態
訓練では、私たちは対策本部フロアーの廊下側に設けられた見学エリアから見守り、記者やカメラクルーは機能班エリアにも自由に入って取材していた。しかし、事故が実際に起こった場合は、オフサイトセンターは報道陣等をシャットアウトすることが予定されている。訓練会場に掲示された対策の流れでも「オフサイトセンター立ち上げ」時にはオフサイトセンターの出入管理を行なうことが明記されていた。プレスルームは、オフサイトセンターの隣にある県柏崎総合庁舎の3階に設けられる。プレスルームにはオフサイトセンター機能班エリアの映像が配信されるが、情報管理のため音声は流されない。また、柏崎の場合、配信されている映像も、カメラが捉えているのは合同対策協議会の会議エリアと総括班、住民安全班、放射線班のエリアのみで、広報班、医療班、プラント班などの多くのエリアは死角になって写らない。
このプレスルームでの記者会見の訓練も午後3時20分頃から行なわれた。最初にいくつか質問したのは原子力・安全保安院の模擬記者であったが、訓練を取材中の本物の記者も質問を行なった。
記者「なぜ緊急事態宣言から30分も経ってからのプレス発表なのか?」
広報官「確認作業に時間を要した。」
記者「要介護者は先に避難の準備をすべきではないか?」
広報官「特別な行動を起こす必要はない。」
記者「パニックを生じさせないための対策は?」
広報官「正確で迅速な情報提供に努めていく。」
というようなやり取りが行なわれた。
「正確な情報提供」とは、本当によく言うものだ。この時点では深夜に放射能放出が始まることが予想され、避難用のバスの手配作業もオフサイトセンターの中では行なわれている。たまたま訓練では監視行動で知ることができるそうした事実は一切発表事項には含まれていない。プレスリリースには「このままの状態が続くと炉心の水位が徐々に低下するため、炉心損傷に至る可能性がある。」との記述はあるものの、「現在のところ、住民の方々が特別な行動を起こす必要はない」と書かれている。結局、原災法15条に基づき総理大臣名で行なわれた指示の「特別な行動を起こす必要はない」が、すべての事実に優先した大本営発表となるのだ。
■国民保護訓練との連動による危険性
筆者が監視したもう一つの訓練は、11月27日に美浜原発で行なわれた、初の国民保護実動訓練である。「国籍不明のテロリストが迫撃砲で原発を攻撃し逃走した。原発は停止したが、たまたま同時にテロ攻撃とは関係のない事故が起きて、放射能放出の危険性が高まった。」というあり得ない想定で行なわれた。世論に配慮して治安訓練が行なわれなかったため、訓練内容は原子力防災訓練とほぼ変わらないものであった。
国民保護訓練としての問題点は多々指摘できるが、ここでは触れない。個人HP「環境と原子力の話」 homepage3.nifty.com/ksueda/ に「国民保護計画への対処法」をアップしているので参照していただければ幸いである。
訓練に先立ち、筆者は自治労要請団のメンバーとして担当の内閣官房参事官に、要援護者には早期に避難準備を指示する必要があるにもかかわらず一切考慮されていないこれまでの原子力防災訓練の問題点について解説し、同じ轍を踏まないよう求めた。しかし、この事前要請は結局無視された。屋内退避から避難に指示が切り替わるに際し、避難誘導用のバスの手配などを行なっている間も避難が必要になるという情報は一切伏せられ、いきなり避難指示が出されるというこれまでと同じシナリオでの訓練が繰り返されたのだ。
国民保護法では避難の指示権限は国にあるが、地元の事情がわからなければ官邸で避難地区などを決定できるわけではない。現地本部で案を作成し、上申されたものを決定するという枠組みは原災法と同様である。法的権限が国にある国民保護法の訓練と建前上は自治体に避難指示の権限がある原子力防災訓練が兼ねて実施されることで、原子力防災での国主導が今後よりいっそう進むと予想される。
■原子力防災運動の課題
原災法の基準に問題があるため緊急事態宣言が発出された段階では、事故はすでに深刻であり、避難が必要になると考えるべきである。少なくとも図に示した「住民避難決定の流れ」の①ERSSの放射能放出が予測されるという解析結果が出た段階で、結果は公表され、避難準備や要援護者の優先避難に着手されなければならない。しかし、訓練の監視で明らかになったのは、⑧の段階まで数時間も情報が伏せられる実態である。この情報統制をどう破っていくかが、原子力防災運動の今後の最大の課題と考える。
私たちは、かつては住民参加の避難訓練を行なうよう要求し、それが実現するようになってからは監視行動などに取り組むことによって少しずつ訓練内容を改善させてきた経過がある。冒頭に書いたようにブラインド方式の訓練や抜き打ちの参集訓練など多様な訓練を行なうことを要求するとともに、シナリオ訓練では事前交渉を強化して情報公開の徹底をこれまで以上に求めていく必要がある。
今年度の国主催の原子力防災訓練後、会田洋柏崎市長は「訓練での記者会見もすべて国が行なったが、実際に事故が起こった場合、果たしてそれでいいのか」と疑問を投げかけたと報じられている。訓練段階から自治体の姿勢が問われているといえよう。