日本原燃再処理工場における作業員の内部被ばくについて(続報)

日本原燃再処理工場における作業員の内部被曝について(続報)

古川路明(理事)

2006年7月3日、日本原燃は、6月24日に起こった作業員の内部被曝事故について「日本原燃株式会社 再処理事業所 再処理施設における作業員の内部被ばくに係る調査結果について(以下、報告書)」を公表した。その内容には多くの重要な問題点が含まれている。以下に、私の意見を述べてみたい。
www.jnfl.co.jp/press/pressj2006/pr060703-1.html

1.内部被曝はなかったか

 内部被曝を受けた作業員について「鼻スミヤで汚染が検出された当該分析作業員については、放射性物質の体内摂取の可能性があると判断し、バイオアッセイを実施したが、放射性物質は検出されず、内部被ばくはなかった。」と報告書に記されている。(以下、「 」は報告書からの引用を示す。)

 この考え方は、とうてい承服できるものではない。「鼻スミヤで汚染が検出された」ことは体内に放射能が入った可能性が大きいことを示している。尿や糞の中に入っている放射能を検出する「バイオアッセイ」で放射能が検出されないことは決して内部被曝がなかったことを示すものではない。

 バイオアッセイで放射能が検出されれば、放射能が体内に入り、その一部が速やかに排出されたことを示している。放射能が検出されない場合は、放射能が体内に入らなかったか、入った放射能が排出されにくいことを示している。この場合は、鼻に放射能が入ったことが確認されているので、内部被曝があると考えるのは当然である。

 内部被曝があっても放射能が検出できない一つの例を挙げてみたい。不溶性の二酸化プルトニウムの細かい粉末が肺に入ったときは、すみやかに排泄されるとは考えられない。

 プルトニウムの同位体から高エネルギーのガンマ線が放出されないので、体外に置かれた放射線検出器を用いる「全身カウンタ」でプルトニウの存在を知ることはほぼ不可能である。「肺モニタ」のプルトニウムに対する検出感度は低く、検出限界が1,000ベクレルであることが報告書に記されているが、1,000ベクレルのプルトニウムによる被曝線量は30ミリシーベルトに達すると推定される。肺モニタでプルトニウムが検出されなくても安全とはいい切れない。

 ガンマ線を放出するアメリシウム-241(半減期、430年)では肺モニタの検出限界が3.5ベクレルとされている。精製直後のプルトニウムに含まれていないアメリシウム-241は、発電炉の中で生成するプルトニウムに必ず含まれているプルトニウム-241(14年)のベータ崩壊によって徐々に生まれてくる。1年が経った後には、アメリシウム-241の放射能強度はプルトニウムの主要な同位体であるプルトニウム-239(24,000年)の約40%に達すると推定できる。全身カウンタなどによるアメリシウム-241の検出を試みることは有意義である。アメリシウム-241の確認はプルトニウム-241の存在ひいては他のプルトニウム同位体の存在を意味している。

2.人為的なミスがあった

 この事故では、三つの分析室が関係し、作業員による人為ミスが少なくとも二つあった。

1)第1分析室における人為ミス

 プルトニウム精製工程から送られてきたプルトニウムを主成分とする溶液である分析試料の取扱いに不手際があった。送られてきた問題の試料について、第1分析室の作業員Aが重大な操作ミスをした。「分析管理用計算機システムの画面において分析項目を確認する際に、3価のプルトニウムの分析(分析管理用計算機システムの画面では「PU3」)をプルトニウム全量の分析(同画面では「PU」)と誤認したことにより、4価のプルトニウムの除去(溶媒洗浄)を前処理として実施せず、採取した濃度のまま第22分析室に送られた。」と報告書に記してある。本来は次の分析室に送ってはいけない100倍以上放射能強度の高い試料を送ったことになる。

 これが今回の汚染事故の最初の問題である。画面の上でのちょっとした操作の誤りが重大な結果をもたらした。システムの大きな欠陥ではないのか。

 また、この分析の目的がはっきりしないようにみえていた。全プルトニウム(そのほとんどすべてが4価のプルトニウムである)の濃度が知りたかったのか、それともわずかに残っている3価のプルトニウムの濃度が知りたかったのか。報告書によると、後者のようである。そうならば、4価のプルトニウムを除く「溶媒洗浄」は絶対に必要であり、それなしではこれ以後の作業は無意味となる。

 次の分析室に送られた試料の放射能強度を推定してみる。問題の溶液のプルトニウム濃度は「4mg/ml」であり、その「0.2ml」を試料皿にとっていたから、試料皿に入っているプルトニウムの重量は0.8ミリグラムとなる。この全てがプルトニウム-239(半減期、24,000年)であるとすると、放射能強度は1.8×10^6ベクレルとなるが、使用済核燃料には半減期の短いプルトニウム-238(88年)が含まれ、放射能強度は1×10^7ベクレルを超える。これは測定試料としてはあまりにも高い放射能強度である。

2)第22分析室における人為ミス

 試料を受け取った作業員Bも重大な判断ミスをしていた。原因は第1分析室でのミスにあるとしても、その後に適当な処置をすれば作業を中断して、汚染の拡大を防げたと考えられる。「フード外へ持ち出すための当該試料皿の放射能測定において、放射能が採取した濃度のままで高かった(プルトニウム濃度:約4mg/ml)ことから、αシンチレーションカウンタ(数え落とし開始:約10^6min^-1)が数え落とししていたことが原因で、約4,800min^-1という誤った値が表示され、フード外へ持ち出すための基準値以下であったため、当該試料皿をフード外へ持ち出した。当該試料を100倍に希釈し焼付けた試料皿の放射能測定の結果(約900,000min^-1)が基準値(5,000min^-1)を超えていたときに、原因を深く追求せず放射性物質が混入した可能性もあると考え廃棄した。」と報告書に記してある。

 多量の放射線が放射線測定器に入れば、測定器が正常な動作をしないという基本的な知識を作業員Bは理解していなかったか、忘れていた。そのために、測定試料として適当な放射線濃度の100倍をはるかに超える強度の試料を調製して、測定器にかけたことになる。原液を100倍に希釈した溶液に対する測定値が「約900,000min^-1」で、原液に対する値が「約4,800min^-1」であるはずがない。100分の1の濃度の試料の放射能測定値が元の試料に対する測定値の約200倍になるのは変だと思わねばならない。

 この勘違いの影響は大きかった。試料を持ち込んだ第15分析室が汚染され、そこで働く作業員Cの内部被曝が起こる結果となった。

 もう一つの問題は試料の調製法である。原液はプルトニウムの硝酸溶液である。試料皿に溶液を入れ、蒸発して乾固するときは80℃以下の低温に保って、溶液の飛散を避けなければならない。その後に徐々に温度を上げて、最後は500℃以上の高温で焼き付けて酸化物とする必要がある。その操作が完全にはおこなわれていなかった恐れがある。また、試料は水平に保って運ぶ注意が必要である。焼き付けてあっても横にすれば、試料皿の中の放射能が取れる恐れはある。

3)第15分析室の汚染

 調製された試料は「チャック付き袋(おそらくチャック付きポリ袋であろう)」に入れて第15分析室に運ばれ、作業員Cに渡された。試料はアルファ線測定器に入れて測定されたが、すぐに測定が不可能なほどに放射能が強いことがわかり、試料は測定器の外に取り出された。

 その後の試料の取扱いで汚染が拡大し、作業員Cの着けていたゴム手袋、作業着などが汚された(付1、参照)。分析室の床面、パソコンのキーボードもα放射能で汚染され、室内空気中のα放射能の濃度も高くなっていた(付2、参照)。このような汚染はあってはいけないものである。作業員Cの鼻の中に放射能が入っていたことは前に述べた通りである。

 汚染が広がった原因の中でもっとも重要なことは試料皿に放射能が固定されていなかったことである。その証拠の一つは試料皿を入れたポリ袋の内側の高い汚染である。「試料皿を封入した16個のチャック付き袋のうち、1つの袋の内面から採取したスミヤ試料で、サーベイメータの測定上限値(約100,000min^-1)を超える汚染が確認された。」と報告書に記されてある。放射能強度の表現が正確でないので定量的なことはいいにくいが、元の試料の1%を超える量が試料皿から失われた可能性が大きいと思う。ポリ袋の中に大量の放射能があったということは試料皿の外側にも放射能が付いていたことを意味する。

 作業員Cは19歳であり、作業の経験が少なかったと伝えられている。本来は測定試料に含まれる放射能は少く、取扱いのときに危険は少ないはずである。経験がより豊かな作業員Aと作業員Bの人為ミスによって作業員Cは内部被曝を受ける結果となった。彼は被害者であると考えることもできる。日本原燃は、彼の長期にわたる心身のケアをするとともに、事故の再発を防ぐ努力をせねばならない。私は、彼の健康に悪い影響があるほどの放射能が体内に入っているとは考えていないが、「バイオアッセイを実施したが、放射性物質は検出されず、内部被ばくはなかった。」のような粗雑な発想で事態を収拾しようとしてはならないと思っている。

3.これからのこと

 日本原燃も事故の重要さは意識しているようであるが、同社の対応は誠実とはとてもいえない。その場しのぎの態度が見え隠れしている。

 7月5日に開催された「六ヶ所再処理工場再処理施設総点検に関する検討会」(主査、神田啓治京都大学名誉教授)でも、報告書に対する不満が述べられた。報告書の書き直しは避けられないであろう。今後の情況の変化を見て、また考えを述べたい。

 一つだけ強調したいのは、再度の繰り返しになるが、「バイオアッセイを実施したが、放射性物質は検出されず、内部被ばくはなかった。」という日本原燃の発想である。このような対応をする同社は再処理をする資格があるのだろうか。内部被曝について騒ぎすぎるなという趣旨の発言をする専門家もいるようだし、この問題を矮小化しようとする人たちもいる。私は、この問題をずっと見守っていきたい。

【付1】作業員Cの汚染サーベイなどの測定結果

・ゴム手袋表面(右手) [Bq/cm2] α:3.7、β(γ):検出限界値未満(<0.13)
・ゴム手袋表面(左手) [Bq/cm2]  α:1.9、β(γ):検出限界値未満(<0.13)
・右足靴底 [Bq/cm2] α:1.9、β(γ):検出限界値未満(<0.13)
・左足靴底 [Bq/cm2] α:検出限界値未満(<0.10)、β(γ):検出限界値未満(<0.13)
・管理区域用被服(右足大腿部)[Bq/cm2] α:0.12、β(γ):検出限界値未満(<0.13)
・マスクケース [Bq/cm2] α:0.19、β(γ):検出限界値未満(<0.13)
・身体(管理区域用被服下) [Bq/cm2] α:検出限界値未満(<0.10)、β(γ):検出限界値未満(<0.13)
・鼻スミヤ [Bq] α:0.7、β(γ):検出限界値未満(<0.39)
肺モニタ [Bq] 検出限界値未満 239Pu:<1.0×10^3、241Am:<3.6
・全身カウンタ 異常なし (スクリーニングレベル*未満)
・ バイオアッセイ(糞) 238Pu、239+240Pu、241Amについて検出限界値未満 (預託実効線量<0.01mSv)
* )スクリーニングレベル:精密型全身カウンタでの測定など、内部被曝のさらなる調査を開始するためのレベル

【付2】第15分析室内の汚染状況

室内全体について表面密度測定を行った結果、以下のとおりαスペクトロメータ及びその近傍のエリアで汚染が検出された。
・床面(汚染箇所は1ヶ所)  α:0.074 Bq/cm2、 β(γ):検出限界値未満
・αスペクトロメータ検出器蓋表面  α:0.48 Bq/cm2、 β(γ):検出限界値未満
・操作用パソコンキーボード  α:1.2 Bq/cm2、 β(γ):検出限界値未満
その他、近傍のテーブル上の機材にも汚染が検出された。
②空気中放射性物質濃度の測定結果
室内に設置されているエアスニファのろ紙により、天然核種の減衰後、空気中放射性物質濃度の評価を行った結果(5月20日から27日にかけて採取)  α:1.4×10^-8Bq/cm3、β(γ):検出限界値未満