米国の先制不使用宣言と日本の核燃料サイクル ―なぜ日本が米の核政策変更を牽制できるのか―

『原子力資料情報室通信』第568号(2021/10/1)より

 米バイデン政権では「核体制の見直し」(Nuclear Posture Review、以下、NPR)が現在進行中だ。7月上旬から開始され、来年早々には結論が出ると見られる。NPRは5年~10年間のアメリカの核抑止政策、戦略や態勢を包括的に見直すもので、1994年から政権が変わるごとに策定されるようになった。
 今回のNPR改訂で注目すべきは、核兵器の先制不使用/唯一の目的が採用されるか否かである。なぜなら、バイデン大統領が繰り返し先制不使用/唯一の目的の支持を表明してきたからだ。

先制不使用/唯一の目的とはなにか?
 核の「先制不使用」とは、核兵器を先には使わないが、核での攻撃に対しては、核兵器で報復する選択肢を留保するというものだ。通常兵器や生物・化学兵器などでの攻撃に対しては核兵器での報復はしない。現在、核兵器保有国の中では、中国・インドが採用している。また、「唯一の目的」とは、保有する核兵器の唯一の目的を相手国の核兵器の使用の抑止に限定するもので、2010年、オバマ政権のNPRで将来的な米国の核政策の目標として記載された。
 逆に、「ファースト・ユース(先制使用)」は、紛争中、相手国より先に核兵器で攻撃することを意味する。通常兵器や生物・化学兵器への対抗措置としての核兵器の使用も選択肢に残る。よく似た言葉に「ファースト・ストライク(第一撃)」がある。こちらは、先制核攻撃で相手国の(戦略)核戦力に壊滅的な損害を与え、核報復できないようにするものだ。
 先制不使用と唯一の目的は大体同じという見方と、異なるという見方がある。後者では、唯一の目的は、相手が核攻撃をしそうだという段階では、先に核攻撃をかけるという選択肢も留保するものと見る。いずれにせよ、核兵器の役割を縮小し、核戦争リスクを低減するものとしては、極めて効果的だ。

2016年オバマ政権末期の検討
 オバマ政権は、退任が近づいていた2016年夏、政権の遺産として、先制不使用の宣言を検討した。ニューヨーク・タイムズによれば、その検討の中で、ケリー国務長官らが、日本や韓国を名指しして、核抑止力に不安をもった両国が核武装する可能性を示唆した、という。そして、ワシントン・ポストは、日本政府は宣言に反対する意向を伝えたと報じている。結局、先制不使用宣言は見送られた。
 日本の核武装への懸念は、米国内の核体制の現状維持派が先制不使用に反対する際の正当化に使われているだけではない。そうした声は昔から米政府内にある。たとえば中国の核実験成功の影響を検討する核拡散委員会の報告書(Gilpatric Report、1965年)は、中国の核はインドや日本の核保有意欲を募らせると指摘、日本の核武装を阻止するために、「現在の防衛に関する約束を再確認、必要に応じて強化すべき」と書かれていた。この方針は基本的には現在も維持されている。
 日本側もその懸念を認識し、利用すらしている。外務省北米局長や国連大使などを歴任し、安全保障や軍備管理などの交渉に長年携わってきた佐藤行雄は著書『差し掛けられた傘』(時事通信社)で「日本の核武装の可能性についての外国の懸念は払拭し切れるものではない。また、米国については若干の懸念が残っていることも悪いことではないとすら、個人的には考えている。米国が日本に核の傘を提供する大きな動機が日本の核武装を防ぐことにあると考えるからだ」と記している。

潜在的な核武装能力とその影響
 元国防長官のジェイムズ・シュレシンジャーは米下院公聴会(2009年5月6日)で、「米国の核の傘の下にある30余りの国のなかで最も独自の核戦力保有に傾いているのは、おそらく日本だ」と証言している。ケリーの発言も同趣旨のものだ。こうした懸念の背景には、日本の核燃料サイクルがある。
 日本は非核保有国の中で唯一、使用済み燃料再処理技術とウラン濃縮技術の両方を持つ。再処理では使用済み燃料から核兵器に転用可能なプルトニウムを分離できる。低濃縮ウラン製造技術があれば、核兵器に利用できる高濃縮ウランの製造も可能だ。
 日本の核燃料サイクルは、米国の核政策に口出しする材料ともなる。経済産業省出身で国際エネルギー機関事務局長や笹川平和財団会長を歴任した田中伸男は原子力学会誌「ATOMOΣ」の2018年5号で「原子力は安全保障、国防上の理由からも必要である。広島長崎を経験した日本は核兵器を持つつもりは毛頭ないが北朝鮮の核ミサイルが頭上を飛ぶ時代に核能力を放棄することは彼の国からなめられる」と述べ、潜在的核保有能力を隠そうともしない。

先制不使用と日本政府の見解
 先制不使用や核抑止力をめぐる日本政府の最近の発言には以下のようなものがある。

加藤勝信官房長官 「我が国周辺には質、量ともに優れた軍事力を有する国家が集中し、軍事力の更なる強化や軍事活動の活発化の傾向も顕著(中略)現実に核兵器などの我が国に対する安全保障上の脅威が存在する以上、日米安全保障体制のもと、核抑止力を含む米国の拡大抑止というものが不可欠」(2021年4月6日記者会見)
茂木敏充外務大臣 [核の先制不使用宣言は]「すべての核兵器国が検証が可能な形で同時に行わなければ、実際には機能しないんじゃないか(中略)現時点でですね、当事国の意図に関して何らの検証の方途のない、核の先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に万全を期すことは困難だと考えております。あのこういった考え方については、概ね日米間で齟齬はない、こう考えています。」(2021年4月21日衆議院外務委員会)

 日本政府の見解をまとめると、①核抑止力を含む拡大抑止は核兵器など(つまり通常兵器や生物化学兵器も含む)を対象としており、②先制不使用宣言では日本の安全保障に万全を期せない。③また、先制不使用は「すべての核兵器国が検証が可能な形で同時に」行われなければならず、④日米間でこうした認識に齟齬はない、というものだ。
 唯一の戦争被爆国で核兵器国と非核兵器国の橋渡し役を自認し、「核兵器の究極的廃絶」を訴えてきた日本政府は、通常兵器での攻撃も核報復の脅しで抑止してほしいと要求している。しかも、バイデンらが目指している先制不使用宣言が一方的宣言であるのに、「すべての核兵器国が検証が可能な形で同時」でなければならないと宣言のハードルを上げている。

22団体44人の要請書
 バイデン政権下での見直しが2016年の二の舞とならないよう、各国で市民・有識者らの動きが始まっている。8月9日、米国の21人の核問題専門家と5団体が日本の主要政党代表宛に、先制不使用・唯一の目的政策を宣言することに反対しないこと、この政策が日本の核武装の可能性を高めることはないと確約すること、を求める書簡を送った。8月12日にはオーストラリアの反核団体などが同国政府にむけて米国の先制不使用・唯一の目的政策に反対しないよう求める書簡を送付している。
 こうした中で、9月7日、米書簡と同じく、各政党代表者に対し、先制不使用・唯一の目的政策に反対しないこと、この政策が日本の核武装の可能性を高めることはないと確約することを求める書簡を日本の22団体44人(原子力資料情報室など5団体5個人の呼びかけ、17団体39人賛同)が送付した*。
 日本の反対で米国が先制不使用を採用できないとあっては、スキャンダル以外の何物でもない。日本の動きは米政府の政策決定にあたって、極めて重要になる。今後も取り組みを続けたい。

(松久保肇)

*書簡・署名者リストについてはhttps://cnic.jp/40108参照

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