韓国大統領選で「原発最強国建設」を唱える尹錫悦候補が当選

『原子力資料情報室通信』第574号(2022/4/1)より

第20代の韓国大統領を決める選挙の投票が3月9日に行われた。原発問題という観点から見れば、文在寅(ムン・ジェイン)政権が打ち出した「脱原発」路線を継承するのか否かが問われた選挙といえる。しかし原発の安全性が問われ、争点となった前回の大統領選に比べると、議論に盛り上がりが欠けた。脱原発団体の対応を含め、原発とエネルギー政策を中心に大統領選を振り返りたい。

原発に曖昧な態度の李候補、明確に強力推進の尹候補

 大統領選開始とともに原発を取り上げたのは、野党の「国民の力」の尹ユンソギョル錫悦候補だっった。2021年7月4日に大統領選出馬を表明したその翌日、尹候補はソウル大学の朱漢奎(チュ・ハンギュ)原子核工学科教授の研究室を訪れた。文政権の脱原発路線を強く批判してきたことで有名なこの教授を真っ先に訪問したことは、原発回帰へのアピールを意味していた。事実、朱教授はのちに尹候補の選挙事務所の原子力・エネルギー政策分科長に就任している。11月には文政権の脱原発をポピュリズムと表現し、2022年1月には自身のフェイスブックに「脱原発の白紙撤回、原発最強国建設」と唱え、一貫して原発推進を強力に主張した。

 それに対し、曖昧な態度をとり続けたのが、与党の「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補だ。2021年11月に開催された10代・20代の若者との気候変動問題に関する政策対話の場で、原発について問われた李候補は「いいか悪いかを超えて、すでに一つの経済構造となった。非常に多くの利害関係者を含んだ固定化された問題となった」とし、脱原発を加速化させることを暗に否定した。また12月には、脱原発という言葉が持つ急速な原発閉鎖のイメージを嫌い、自らの原発政策を「減原発」と規定した。また選対本部の科学革新委員会に原発推進の学者2名を加え、波紋を呼んだ。李候補や共に民主党の公約集には、エネルギーや気候変動分野での具体的な政策や目標はあるものの、原発への言及はなかった。宋永吉(ソン・ヨンギル代表を筆頭に与党内でも原発肯定派がおり、党内の意見が最後までまとめられなかったと推測される。

脱原発団体は原発の争点化を目指すも効果は限定的

 李候補が争点化を避けたこともあり、原発政策は大統領選の争点になれずにいた。それに危機感を抱いた脱原発団体は、共同で選挙キャンペーンを行うため、2021年12月15日に「2022脱原発大統領選連帯」(以下、大統領選連帯)を発足させ、環境団体や宗教団体、原発地域住民組織、生協など73の団体が参加した。翌年1月には大統領候補に対し、公開の質疑書を送り、脱原発への意思を確認した。同月末に公表された2候補の主な回答は以下の通りだ。

最も大きな争点は新ハヌル3・4号機の対処についてだ。この2基は2017年初めに発電事業許可を得て、土地の購入まで進んだが、文政権が計画を撤回した。しかし原発推進派の反発は激しく、建設続行の署名活動も行っていた。李候補は、判断には国民の意見集約が必要とし、明確な回答は避けた。これは文政権時の新コリ5・6号機と同じ対応であり、実際は再開を望んでいるのではないかと勘繰る脱原発団体も多い。SMR(小型モジュール炉)についても、商業化が確立されておらず、経済性も住民の受容性もない状態では活用は難しいが、科学技術確保の観点から研究開発は必要と、これまた曖昧な態度を示した。原発の寿命延長についてははっきりと反対を表明した。使用済み核燃料の再処理については原則的には禁止に同意すると回答した。福島原発汚染水については他国と共同で海洋放出阻止のために積極的に対応するとした。また2030年までの電力に占める原発の比率は24%、再生可能エネルギーは30%とする方針を示した。2018年度時点でそれぞれ23.4%、6.2%なので、原発の比率を維持したまま大幅に再生可能エネルギーを拡大させる狙いと解釈できる。

 一方、尹候補の態度は明確だ。福島原発汚染水について、政治的な視点ではなく、科学的な事実に基づく外交が必要とした以外は、脱原発派の要求を拒否した。尹候補は、カーボン・ニュートラルのための重要な無炭素電源だという理由で、新ハヌル3・4号機建設再開を支持した。SMRについても安全性が画期的に改善されるだろうとし、国策事業として展開する意思を表明した。また原発の寿命延長も肯定した。再処理については、米韓原子力協定を改定し、技術基盤の確保を目指すとした。2月3日のTV討論では「乾式再処理技術は再生エネルギーの技術開発よりも進むだろう」と述べた。その他、公約では政府一丸となって2030年までに原発を10基輸出し、10万人の雇用を創出する考えを明らかにした。電源分野のエネルギーミックスについては、2030年までに原発を30~35%、再生可能エネルギーは20~25%まで引き上げるとした。原発をベースロード電源として活用しながら、再生可能エネルギーの拡大と調和させる方針だ。

 大統領選連帯は、ソウルに原発を建設するのに賛成かを一般市民に問うアンケート調査を実施し、首都圏の市民に原発問題への関心を喚起した。投開票直前の3月5日には「福島を記憶せよ、原発はもうたくさん!」集会をソウルで開催した。集会には左派の正義党・沈相奵(シム・サンジョン)候補は登場したが、李候補や幹部の姿はなかった。大統領選連帯の努力もむなしく、最後まで原発の議論は不十分なまま、大統領選は終了した。

尹候補当選で原発推進にトライブがかかることは確実

3月9日の投開票により、韓国第20代大統領に尹候補が当選した。脱原発撤回を訴えた尹候補の当選は、今後5年間に原発推進勢力が息を吹き返すことを意味する。韓国原子力学会によれば、新ハヌル原発3・4号機の追加建設に加え、今後8年以内に寿命を迎える10基の原発すべてを延長すれば、2030年には原発の比率は37%に達するという。事実、朱漢奎原子力・エネルギー政策分科長は、新聞のインタビューで「寿命を迎える10基中、安全の要件を満たす8基程度を稼働延長し、新ハヌル原発3・4号機を合わせれば、2030年に30%台になる」と述べている。さらに尹政権では、原発推進省庁である産業部長官に朱氏を抜擢するとのうわさがすでに出ている。

 では福島原発事故以後、盛り上がった脱原発運動と熾烈な闘争により獲得した脱原発の流れは後戻りしてしまうのか? 表面的にはそうかもしれない。しかし11年間韓国の脱原発運動に参加した筆者は悲観していない。李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権時にしたように、尹政権でも脱原発陣営は一致団結して、総がかりで闘えばよい。李在明が当選していれば、むしろ不十分な意見集約で、新ハヌル3・4号機の建設があたかも民主的な装いで決定される可能性があった。尹政権はゴリ押しで建設を推進してくるだろう。どのみち尹政権の任期内には新ハヌル3・4号機建設完了は不可能だ。大々的な反転攻勢を開始すれば、脱原発の力を再び取り戻す飛躍の機会となるだろう。筆者が愛した韓国の脱原発運動には、それが可能だと信じている。 

 

 (高野 聡)

 

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