ウクライナで起きていること、私たちが学ぶべきこと

『原子力資料情報室通信』第575号(2022/5/1)より

2月24日に始まったロシア軍のウクライナ侵攻から、すでに2か月が経過した。両国とも多くの死傷者がでている。ウクライナの避難民は国内外あわせ1,000万人を超える。ロシアは速やかにウクライナから撤退するべきだ。

この戦争で特徴的なのは、ロシア軍が核兵器による威嚇をためらっていないこと、そして、原発が攻撃対象になったということだ。かろうじて核と原発を切り分けていた平和利用という名目は、一瞬でかき消えた感がある。2月24日に侵攻を開始したロシア軍は、その日のうちにチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を占拠した。ベラルーシ側からウクライナの首都キーウ(キエフ)への侵攻ルートとなっていた。続いて3月4日にはウクライナ南部にあるヨーロッパ最大のザポリージャ原発(6基、計600万kW)を攻撃、占拠した。3月中旬ごろにはウクライナ南部にある南ウクライナ原発から30km離れたボズネセンスク市までロシア軍が迫った。これ以外に、ウクライナ東部のハルキウ(ハリコフ)にある研究炉や各地にある放射性廃棄物管理施設なども攻撃を受けている。

ウクライナの事情

 ウクライナはチェルノブイリ原発事故後も原発利用を継続、近年は電力供給に占める原発シェアが50%を超えていた。原発は戦時下での利用は想定されていない。事故に備えてさまざまな対策を施しているとはいえ、破壊する気になれば、いくらでも選択肢がある。誤射や送電網破壊による外部電源喪失などもありえる。そのため本来、侵攻が始まった段階で、原発の運転を停止すべきだった。とめても崩壊熱が発生するが、熱量は時間とともに大きく低下するため、リスクは低下していく。しかしウクライナは電力供給に支障がでるため、原発を止めなかった。

 時期も悪かった。ロシア軍の侵攻が始まった2月24日には、国境を越えて電力の送受電を行うための国際連携線を一時的に止めていた。ウクライナは以前から欧州の電力系統ENTSO-Eへの同期接続を進めており、2023年の接続開始に向けて、ウクライナだけで電力を維持できることを確認するためのテストを行っていたのだ。数日間で完了する予定だったが、戦争がはじまり、3月16日にENTSO-Eとの緊急接続が実施されるまで、孤立した状態で電力を維持しなければならなかった。

 3月4日にロシア軍がザポリージャ原発を攻撃した際、同原発は2・3・4号機が稼働中だった。攻撃時は、攻撃地点から最も離れている4号機のみ出力を低下させて運転、2・3号機は停止させた。だが、5日には2号機の運転を再開している。占領下の原発を状況も定かでない中、再稼働させていることから、電力供給が厳しかったことがうかがえる。なお、原発占領後のウクライナ側要人インタビューから、ロシア軍がザポリージャ原発を止めることによる停電リスクについて検討していたことがうかがえる。他原発の出力増などで停電は回避できると分析しているようだ。

 ところでウクライナでは、ENTSO-Eとの接続後も原発の運転は維持されている。ロシア侵攻により、インフラ設備などが大量に破壊されたウクライナは、電力の海外輸出を貴重な外貨獲得手段だとみているのだ。実際、原発を保有・運転しているウクライナ原子力公社Energoatomや、ウクライナ・エネルギー省は外国への売電を視野に入れており、3月30日以降、国際連携線を使った送電状況ではおおむね輸出超で推移している。なお、ウクライナのゲルマン・ガルシチェンコ・エネルギー相はエネルギー相就任までEnergoatomの副社長だった。同社の政治力がうかがえる。

ロシア側の狙い

 原発占拠はロシア側にいくつかのメリットがある。一つは、ウクライナの電力供給に大きな影響を与えられるということだ。占領した原発を停止させることもできる。開戦から1週間たった3月3日時点で、最大需要は1,410万kW、うち原発の供給分は9基で710~720万kWだったと報告されている。その後の状況は報告されていないが、避難者数は大幅に増えたことから、需要は大きく低下したと推定できる。それでもなお、ザポリージャ原発の稼働中の2基(それぞれ100万kW)を停止させた場合、電力供給は極めて厳しくなるだろう。ウクライナの電力供給は出力調整の難しい原発、老朽化した石炭火力の比率が大きく、原発2基の脱落を急に補うことは難しいからだ。二つ目はロシア側が主張しているウクライナの核兵器開発疑惑の証拠を作り出すことだ。確かにウクライナには核武装論が存在した。IAEAが核物質の状況を監視しており、秘密裏に核開発を行うことは事実上不可能だった。しかしロシア側は原発で「証拠を集める」ことはできるだろう。三つめは原子力施設を人質にできることだ。最悪の場合、原子炉を破壊すると脅すことも可能だ。そう明言せずともウクライナ側は当然、その可能性を視野に入れている。ウクライナ政府はザポリージャ原発が爆発すれば、チェルノブイリ原発事故の10倍規模になると発表している。さらに、ウクライナ側は事故を恐れて攻撃できないため、拠点としても都合がいい。

IAEAの状況

 ウクライナ側は、IAEAの対応が後手に回っており、また非協力的だと非難している。その背景にあるのが、IAEAにあるロシア政府の影響力だ。ロシアは原子力大国であり、IAEAの事務局次長にもロシア国営原子力企業Rosatom出身者が就任している。また、運転中の民生用原発がこれほど大規模な攻撃にさらされること自体、想定されていなかったこともあるだろう。過去、戦火に見舞われた民生用原発はクルスコ原発(1991年スロベニア独立戦争)だけだろう。しかし、この戦争は10日間で終結、原発が攻撃されたわけでもなかった。イラクやイランなどでも原子力施設などが攻撃を受けたが、これらは、今回攻撃・占領されたザポリージャ原発ほど大規模なものではなかった。

今後の展開

 現在、ロシア側はキーウ側に展開していた部隊を再編、東部ドンバス地方とクリミア半島周辺の支配を固める方針だとみられている。そんな中、ザポリージャ原発とその城下町エネルゴダール市に対するロシア側の支配が強まっている。最近、Energoatom社は親ウクライナの姿勢を示すザポリージャ原発職員の給与を、占領された3月4日から解放まで20%増額すると発表した。背景には、長期化するロシア占拠のなかで、職員の士気低下、すべての活動でロシア側の承認を必要とする状況下で、ロシア側への協力姿勢を示す職員が出てきているものと考えられる。

教訓

 1977年に制定されたジュネーブ諸条約第 1 追加議定書56条は危険な力を内蔵する工作物及び施設(ダム・堤防・原発)への攻撃を禁じている。ただし、原発については、軍事行動に重要な電力供給源で、支援を停止させるには攻撃が唯一の選択肢である場合は攻撃が認められるという例外規定がある。今回の攻撃は例外規定の適応対象だったかは明らかではない。そもそも、国連憲章は武力による威嚇や行使を禁止している。今回、私たちは国際法の限界を目の当たりにしている。

 今回の戦争で私たちが学ぶべきは、原発への攻撃はありうるということ、対処のしようがないこと、そして原発依存度が高ければ高いほど、戦時下でのリスクが上がるということだ。速やかな脱原発こそが最良の選択肢だといえよう。

(松久保 肇)

 

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