原子力小委 「今後の原子力政策の方向性と実現に向けた行動指針」を批判する

『原子力資料情報室通信』第583号(2023/1/1)より

本来であれば本誌第580号に掲載した「原子力小委員会参加記⑤」の続きを書くべきところだが、12月8日、35回原子力小委員会で、原発の運転期間延長や新設方針などを含む「今後の原子力政策の方向性と実現に向けた行動指針」(以下、指針)が強引に委員長一任とされた。福島第一原発事故後の原子力政策の根本を揺るがす大きな変更となる文書だ。そこで今号ではこの指針の問題点を指摘する。

 

0 指針の概要

 全20ページの指針は大きく、原子力利用に当たっての基本原則(安全最優先の上で、原子力利用によって実現するべき価値、国・事業者の条件)と、課題への対策として①再稼働促進、②運転期間延長・設備利用率向上、③原発建設、④再処理・廃炉・最終処分の推進、⑤原子力サプライチェーンの維持・強化、⑥国際的共通課題への貢献、の6つの項目からなる。

 特に議論となった運転期間延長については、新規制基準や裁判所の仮処分などで停止した期間は運転期間から除外することで、運転期間延長を認めるとした(ただし再延長の余地あり)。たとえば、新規制基準や仮処分で10年間停止した原発は、現行の原則40年、例外的に20年延長可能という運転期間に加えて10年間の合計70年の運転を認めるということになった。また、原発新設については、「廃止決定した炉の次世代革新炉への建て替えを対象」とするとした。建て替えとは具体的には、サイトで廃止になった炉があれば、同一サイト内の別の場所で建てるという。建て替えというよりは増設というイメージに近い。

 原発の新設に向けては、「研究開発費を含む初期投資の大きさを踏まえた支援」として国による「次世代革新炉の実証等を対象としたプロジェクトベースでの支援」などが示された。GX実行会議で示された、今後10年で「1兆円~」とされた原子力への投資の根拠となるものだろう。なお、「プルサーマルを推進する自治体向けの交付金制度の創設」や、2030年代後半を目途に「使用済MOX燃料の再処理技術の早期の技術確立」とも書き込まれた。

 

1 時間軸

 今回の指針は、8月24日の第2回GX実行会議での首相指示を受けてのものだ。実質3ヶ月程度の検討期間しかなかった。

 指針は、大きく短期の対策と、長期の対策に分けることができる。再稼働促進は短期の対策、運転期間延長や原発建設、廃棄物関連は長期の対策と言える。短期の対策に関しては、既存の政策の延長線上にあるもので、長期の対策は、いずれも今すぐに決めなければならないことではなかった。例えば、運転期間延長に関して、現在、再稼働できていない原発で、40年を迎えるのは、直近で2025年に柏崎刈羽1、ついで2027年に敦賀2と浜岡3、2029年に泊1だ。また、原発新設についても革新炉ワーキンググループに経済産業省が示したスケジュールによれば、2030年代前半に革新軽水炉を建設開始するという。つまり、短期の対策は、目新しいものではなく、長期の対策は今、是が非でも決めなければならないものではなかった。

 

2 リアリズムの欠如

 今回の取りまとめでは、原発建設は「震災前と比較した依存度低減という現在の方針も踏まえ」てまずは建て替えを先行するという。だが、原発を今後どの程度使うのかについては全く議論されていない。全体像を描かないまま、原発を建てるという方針だけが先行している。12月5日、NHKクローズアップ現代で山口彰原子力小委員会委員長は、2050年に原発比率30%にすることがバランスの良い目標であると主張した。この目標を達成するのに必要な原発基数は65基から78基(100万kW原発換算、総発電電力量1.3兆~1.5兆kWhとして計算)になる。事故前を大きく上回る原発基数だ。2050年の既設原発基数は、60年稼働を前提とした場合、23基、2060年には8基となる。つまり、大まかに言えば、2060年までに57~70基の建設が必要という、あまりにあり得ない数字だ。さらに、核燃料サイクルにおいても、たとえば使用済MOX燃料の再処理技術を2030年代後半に確立するともいう。リアリズムのなさに呆れる。

 

3 議論の多様性の欠如

 哲学者のエマニュエル・レヴィナスとジャック・デリダは、責任を意味するフランス語の” responsabilité”は、「応答」を意味する”réponse” と「可能性」を意味する”abilité” から成り、語源的には「応答可能性」を意味すると解釈した。つまり、誰かからの「呼びかけ」に「応える」ことを「責任」として理解した。

 今回、私は原子力小委員会の委員として、すべての回に参加して、無論、脱原発の立場からであるが、原子力推進派が考えなければならないことを指摘してきた。また今回の取りまとめにあたって、11月28日の34回原子力小委員会で問題点を意見書にまとめて提出した。だが事務局は私の指摘をほぼ無視した。たとえば、運転期間延長について、長期化は安定供給に資すると事務局は主張するが、原子力規制委員会が老朽化した原発の運転を認めないことも当然ありえる。長期運転がイコール安定供給に資するということではない、と指摘した。利用政策として原発の寿命を伸ばすと言うのであれば、他方で、電力の安定供給に責任を持つ経済産業省は真剣に考えなければならない論点のはずだ。しかし、何ら検討されなかった。利用政策は規制政策に優越するようだ。

 無論、私は国民を代表して意見を述べているわけではない。だが、私の指摘程度にすら応えられずに、国民の不信を払拭し得るだろうか。国は第6次エネルギー基本計画で「国民の間には原子力発電に対する不安感や、原子力政策を推進してきた政府・事業者に対する不信感・反発が存在し、原子力に対する社会的な信頼は十分に獲得されていない(中略)政府や事業者は、こうした現状を正面から真摯に受け止め、原子力の社会的信頼の獲得に向けて、最大限の努力と取組を継続して行わなければならない」と述べている。もし真摯に受け止めたのであれば、きちんと国民の疑問や不信に向き合って、丁寧な公論形成を進める必要があった。だが、パブリックコメントでさえ、「適切なタイミングで行う」として、方針が固まったあと、形式的に実施するに止めようとしている。今回の進め方は、自ら示したこのような方針とは真逆の態度だった。まさに責任放棄と言うに等しい態度だったと言える。

 

4 本末が転倒した議論

 第6次エネルギー基本計画で原子力は「安全を最優先し、再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減」という方針が示された。つまり、つまり原発ありきではなく、再エネを最大限導入する中で、原発依存度は減らしていくということだ。

 ところが、今回、原発依存度をどう減らしてくかということは全く議論されず、むしろ、原発に今後も依存していくという方針が示された。これはエネルギー基本計画が示したものと真逆の方針である。

 大多数が原子力利害関係者で構成された原子力小委員会で議論すれば、当然原子力利用推進を前提とする方針が示される。だからこそ、エネルギー政策の大方針はエネルギー基本計画で示し、原子力小委員会ではその範囲内での議論が行われなければならない。ところが、その逆に原子力政策が、日本のエネルギー政策が振り回されている。

 今回の決定は、あまりに長期にわたって日本のエネルギー政策を縛るものだ。このような議論の進め方は将来に大きな禍根を残す。    

(松久保 肇)

 

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