連続ウェビナー報告 「原子炉の老朽化の現状と原因」

『原子力資料情報室通信』第588号(2023/6/1)より

原発の老朽化を問う

どんなに工夫を凝らし、考えをふかめ、歳月をかけて造り上げた構造物や製品でも経年劣化を免れることはできない。それを「老朽化」と言うか、「高経年化」と言うか、考えと立場の分かれるところだ。後者の表現では、「劣化する」という意味は遠のいて、むしろ隠されてしまう。身の回りの製品でも、新しいうちは問題ないが、使っているうちに故障がちになり、とうとう寿命がきたかと判断して、廃物にすることは日常的に経験するところである。
 材料工学が専門の小岩昌宏さんは、井野博満さんとの共著『原発はどのように壊れるかー金属の基本から考える』(2018年)の中で、
金属は結晶である、
金属は生きている、
金属は老化する
の3点を丁寧に解説した。なるほどと共感する。しかり、現代科学技術の粋を集めた原発とても、「老朽化」するのである。
 だが現政権は、これまで30~40年とされてきた原発の寿命を知らぬかのように、実質的に運転期間に制限をつけないという方針である。たいへん危険だと考える。
 当室は1995年に、「原子力資料情報室通信」誌上で7回にわたって「原発の老朽化を検証する」論文を掲載した。30年程も前の論考だが、当時の状況を知る意味で、タイトルと執筆者をあげてみる。
・予知できない老朽化の危険性 (上澤千尋)
・炉心シュラウドの損傷(BWR) (小村浩夫)
・原子炉容器上ぶたの損傷(PWR) (上澤千尋)
・原子炉の中性子照射脆化 (伴 英幸)
・老朽化対策 (西尾 漠)
・蒸気発生器細管の損傷 (川野真治)
・廃炉決定の判断をどうするか (高木仁三郎)
 その後、2002年にパンフレット『老朽化する原発―技術を問う―』(全115ページ)を著して、再度、老朽化問題を訴えた。
・老朽化すすむ原発 (上澤千尋)
・原発の材料劣化 (井野博満)
・高経年化対策という虚構 (田中三彦)
・設計技術からみた維持基準の意味 (柴田宏行)
・近代技術の性格と事故 (湯浅欽史)
・柏崎刈羽からの現地報告 (武本和幸)
 そして3度目、この5月、原発はどのように老朽化するかを述べた『原発の老朽化はこのようにー圧力容器の中性子脆化を中心に』を世に問うたところである。きっかけは、運転開始から40年を超える関西電力の高浜原発1、2号機、美浜原発3号機の運転差し止め名古屋訴訟のために準備された意見書であった。詳細は本書を見ていただくとして、意見書を中心にして、当室は老朽化問題に関する連続ウェビナーを企画した。全9回で、内容と日時、担当者は次の通りである。毎回、原則として水曜日の16~17時で、2回目と3回目とが変則的である。

 

【第1回】老朽化とは何か、全体の見通し、問題の所在
(講師:上澤 千尋 原子力資料情報室)

 4月12日に開催された第1回は当室の上澤千尋が担当した。まず、原発の老朽化の全容をしめした(図1)。フランス、ドイツなどの例も引きながら、配管やノズルの応力腐食割れ、復水器細管のピンホール、蒸気発生器細管の損傷(PWR)、ポンプのシール部の機能低下、発電機のタービン軸のき裂、電気プリント基板の劣化、機械的な振動による部品の折損などの事故リストを説明した。
 このような事故が起きる原因は、金属の腐食による応力腐食割れ、金属の中性子照射による脆性破壊、高温の運転で金属が硬化する現象、熱や振動による金属疲労、配管のすり減り(減肉)、コンクリートの劣化、電線・電気回路部品の劣化などだが、並行して原発全体のシステムに起こってくる。
 そして膨大な数の点検箇所を、定期検査や安全レビューで見抜けるかと疑問を呈する。配管破断やき裂、炉心シュラウドなどの大型炉内構造物の崩壊が予兆なしに突然発生すると、将棋倒しに事故がエスカレートし、大規模な放射能放出が起こるおそれがでてくる。
 敦賀2号炉の再生熱交換器の熱疲労割れ、浜岡1号機の予熱除去系配管の水素爆発、原子炉上ぶた(PWR)や原子炉ノズル、加圧器ノズルなどのひび割れなどを指摘した。上澤さんはBWRとPWRを比較しながら、原子炉というシステムで起こった事故発生箇所を図にしめした。ここでは、BWRの場合をしめそう(図2)。
 時間不足で語られなかったが、「“原発”を使うという考えそのものに、老朽化が生じている」という指摘は、たいへん示唆に富む。

図1 老朽化があらわれるところ

 

図 2 沸騰水型原発のしくみとおもな事故発生箇所

 

【第2回】脆性破壊のリスクの大きさ
(講師:後藤 政志 元原発設計技師・原子力市民委員会委員)

 後藤さんの脆性破壊の講義を聴いてから、3回目の井野さんの中性子脆化の話が予定されていたのだが、都合で、順番が前後したことをお詫びする。
 東芝で原発の格納容器を設計していた後藤さんは、原発老朽化問題研究会の当初からのメンバーでもある。4月28日、冒頭で、鋼材の壊れ方について、延性破壊と脆性破壊とに大別されることを、鋼材を引っ張った時の壊れ方の様子から説明した(図3)。コンクリートやガラスに荷重をかけるとき裂が入って破壊するのが脆性破壊だ。米国の静かな海の岸壁に繋がれていたスケネクタデイ号というタンカーが突如、真二つに折損したことがあった(1943年1月)。また、兵庫県南部地震(1995年1月)で、高速道路の橋脚が脆性破壊した例が紹介された。
 シャルピー衝撃試験は、材料の試験片を破壊するとき材料が吸収するエネルギーを測る方法だ(図4)。いろいろの温度で試験片の吸収エネルギーの大小をみて、脆性破壊かどうかをしらべる。低温、引張応力、厚肉材、衝撃的荷重などで脆性破壊が生じやすい。鉄鋼材料は、常温では延性材料だが、低温では脆性材料になる。その境界の目安の温度を脆性遷移温度という。さらに、中性子を浴びると、脆化がすすむ。
 後藤さんは、「破壊力学」と呼ぶ方法についても解説した。構造材にき裂があっても、脆性破壊、延性破壊、疲労破壊などについて応力拡大係数という指標で健全性を評価できるとする手法だ。だが、十分に慎重でないとこの方法は危険だと言う。構造材にき裂がある場合は、むしろ、使用しないほうが安全だと後藤さんは考える。
 原子炉圧力容器の脆性遷移温度は製造時にはマイナス温度だが、中性子を浴びて脆化がすすむと、100℃近くにもなる。そういう原子炉で大規模冷却材喪失が起こると、安全装置が働いて緊急に炉心に冷却水が入り、一挙に容器は冷やされ、脆性破壊にいたるおそれがある。安全のための仕掛けが破壊装置に変じてしまう皮肉なことになると後藤さん。
 水圧で格納容器を破壊する日米共同実験に参加した後藤さんは、生々しい破壊の実際の映像を見せてくれた。破壊すると、破片は400~500メートルも飛ぶという。

図3 鋼材の引張り破壊モード(壊れ方)


図4 シャルピー衝撃試験

 

【第3回】原子炉圧力容器の中性子照射脆化の予測の難しさ
(講師:井野 博満 原発老朽化問題研究会)

 井野さんは金属材料学の知られた専門家であり、技術論にも造詣が深い。学生時代から「現代技術史研究会」に所属し、現在も中心メンバーとして活動している。「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会」の代表でもあり、原子力安全・保安院の「高経年化意見聴取会」および「ストレステスト意見聴取会」の委員も務めた。
 4月23日、出来たての『原発の老朽化はこのように』の意図を丁寧に説明した。なるほど、そうならば読まねばなるまい、という気持ちにさせられたであろう。
 講義の前半は、き裂に対する鋼材の強さ、つまり破壊靭性をどのように求めるかを説明した。鋼材は低温で脆性(もろさ)を、高温で靭性(割れにくさ)をしめすが、その境界の目安温度(脆性遷移温度)の決め方に本質的な曖昧さがあることを指摘した。これは、原子炉圧力容器の劣化をしらべる信頼できる評価はありうるかという疑問につながる。
 次いで、中性子による照射脆化のメカニズムを解説した。結晶格子の中に空孔や格子間原子の集まり(クラスター)や不純物原子である銅クラスターができ、それらの挙動が脆化をもたらすこと、とくに、前者のクラスターの形成は限りなく続くことの重要さを述べた(図5)。

図5 中性子照射により金属が脆化するメカニズム


 原子炉の脆性がどのようにすすむか、その予測に材料試験用の原子炉で中性子を加速照射することがおこなわれてきたが、脆化するメカニズムは照射速度によって異なることが判明したので、原発の運転延長は未知の領域に入るのだと、注意を喚起した。
 圧力容器が破損しないための条件について、信頼できる破壊靭性遷移曲線の決め方が決定的に重要だが、その確かな方法がないのが現状である。それは、あまりに少ない観測データしかないこと、シャルピー衝撃試験法で求めた脆性遷移温度のシフト量と破壊靭性試験で得られた値とが同じと仮定していることなどによる。そして熱衝撃曲線を求める方法が不合理であることが理由である(図6)。

図6 高浜1号炉の加圧熱衝撃評価


 後半では、高浜1、2号炉、美浜3号炉の破壊靭性観測データの実際に沿って問題点を指摘した。母材と溶接金属の両方の観測データを混在させて母材の破壊靭性曲線を描いている事実は、裁判の場に出された関電の資料で明らかになったと井野さんは明かした。     

 
(報告:山口 幸夫)

 

 

 

 

 

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