連続ウェビナー報告 「原子炉の老朽化の現状と原因」③

『原子力資料情報室通信』第590号(2023/8/1)より

【第7回】コンクリートの劣化

(講師:鶴巻 広一 技術士)

 5月31日の第7回ウェビナー講師の鶴巻さんは、1986年に農業工学の大学院修士出身。ゼネコンを経て建設コンサルタントに転職、河川構造物、新設構造物の設計、既設構造物の耐震補強・維持管理計画等に従事。2015年に独立自営。建設部門、総合技術管理部門の技術士。コンクリート診断士でもある。
 原子力発電所を構成している原子炉圧力容器、配管、ケーブル、ポンプ、熱交換器などの物量は膨大で、複雑なものであるが、その物量の8割ほどは鉄筋コンクリートであるといわれている。
 セメント、モルタル、コンクリートは古くから知られている身近な構造材だが、原発におけるコンクリートはどのように劣化するのだろうか。これが今回の課題である。
 コンクリートは、セメント、砂、砂利、水を調合し練り固めたものだが、水が少ないと強度は増すものの、作業性が落ちるので、混和材を入れるんですと鶴巻さんは言う。聞いていてなるほどと思う。コンクリートは、pHが12以上の強アルカリ性で、圧縮力には強いが、
引張力には弱い。その弱点を鉄筋が引き受けたものが鉄筋コンクリートである。強アルカリ性のために鉄筋は錆びない(不動態被膜の形成)という特徴を持つ。
 だが、そういうコンクリートにも、ひび割れが生じたり、体積変化が生じたり、さまざまな変状がおこる。つまり、劣化である。その機構を鶴巻さんは8つ挙げた(図13)。そのうちの、①中性化、②塩害、③アルカリシリカ反応(ASR)、④火災の4つが日本国内の原発で発生可能性があると言う。これらがどのように劣化していくか、外観上の様子とその対策を解説した。

 ③はアルカリ骨材反応とも呼ばれ、セメント中に含まれていたアルカリ物質が原因で、コンクリートに異常な膨張とそれによるひび割れを発生させる反応である。地域性が疑われているらしい。鶴巻さんは、日本列島地図にASRによる構造物の劣化の報告地域をしめした。
 図14は火災による爆裂の例だが、火熱によりコンクリートは劣化し、はく落する。500~580℃でコンクリートのアルカリ度は低下し、およそ1,200℃以上で溶融する。福島事故で1号機の原子炉圧力容器の支持台は、はじめ爆裂でコンクリートが溶融したと思われるが、鉄筋がそのまま残っている(ような)のは荷重がかかっていないからだろうと述べた。

 

図14:火災による爆裂
火災初期に、表面層のコンク リートがはく落して鉄筋が露出する現象が起こることがある。これを爆裂という。コンクリートの含水率が高いほど、また、コンクリートが高強度化し、組織が緻密になるほど 生じやすいと考えられている。

公益社団法人日本コンクリート工学会:コンクリート診断技術2021 基礎編.2021.3

 

【第8回】老朽化した原発の規制
(講師::松久保肇 原子力資料情報室)

 いままで、理系出身者がこの連続ウェビナーの講師を担当してきたのだが、今回6月7日は文系出身の松久保さんが、主に社会科学的な面から原子力の規制という問題に切り込んだ。松久保さんは東日本大震災と福島第一原発事故に衝撃を受け、勤めていた金融機関をやめ、原子力資料情報室のスタッフに転じ、大学院で公共政策学を学ぶ(修士)。2017年から事務局長、2022年から経済産業省総合資源エネルギー調査会原子力小委員会委員を務めている。また、原子力市民委員会の委員でもある。
 現在の岸田政権は脱炭素、電力安定供給に必要だと強弁して、原発に依存する社会をめざす方針を決定した。国会審議は極めて不十分で、フクシマの慘事は無かったかのような扱いだった。官僚と政治家たちの間で、それがどのように準備され、進行したのか、隠されていた事実を明らかにしながら、松久保さんは見事に絵解きをしてみせた。
 運転期間の世界各国の現状を見ると(図15)、おおむね10年から40年までが85%を占める。日本は福島事故後、「運転期間は安全規制の問題だ」として、規制当局が認可することとしたのである。だが、規制政策か利用政策かは、もともと両者には重なり合うところがあると松久保さんは言う。安全を最優先にすれば、厳しい規制政策に属するべきなのである。

図15:各国の当初の運転期間


 しかるに、このたび、運転延長認可をするのが原子力規制委員会から経産省に変わったうえに、再延長も視野に入れて、運転期間は60年+長期停止期間と変わった。もっとも、適合審査をするのは規制委員会だから、無期限ということはない、と経産省は弁明するが。
 興味深いのが更田豊志・前原子力規制委員長へのインタビュー(朝日新聞2023年1月27日)である(図16)。原則40年、最長60年という(これまでの)ルールはおおむね常識に沿ったもの、原発が安全な状態か、危険な状態かに明確に境界線があるわけではない、と言う。そうすると、規制委員会が危ないとおもったときに止める判断は本当にできるのか。それだけの覚悟を規制委員会は持っているのか、持てる環境にあるのか、と松久保さんは大きな疑念を呈した。結局、誰が、どこの組織が、適合性の判断をできるのか。松久保さんはこう問いかけた。

図16

 

【第9回】総まとめ
(講師:山口幸夫 原子力資料情報室)

 この連続ウェビナーでは、重点的に老朽化の問題点をとりあげ、今後どのように対応するべきかを提起したいと考えた。厄介な問題が山積していることをあらためて痛感した。原理的な問題と技術的な対応とに分けられるだろうが、後者の課題に重点がおかれた。
 科学技術の成果としての製造物には巨大性と精密性とがつきまとう。原発は巨大性においてきわだっ
ており(図17)、同時に、核分裂反応を意のままに制御しなければならないことが絶対条件である。

図17:原子力発電所(100万kW級)の物量

 

各回の話題のポイントを列挙してみよう

・老朽化の全体像

・脆化とは何か(これが中心的課題だった)…脆性の特徴、破壊力学、中性子照射脆化、時効効果、PTS事象、熱伝達率、クラッド、HAZ、監視試験片の代表性と再生可能性

・電気ケーブル…絶縁性の低下、ケーブルの伸び破断の基準

・コンクリート…劣化の条件、劣化状況のいろいろ

・原発の規制と利用の関係


 これらの論点を一歩深めるために、最終回6月14日の前に、各講師あてに質問を送った。それは10項
目にわたるが、紙幅の関係で絞って紹介する。①原子炉の停止中には脆化は進まないか、②UCC(アンダークラッド・クラッキング、図18)とは何か、どう考えるか、③福島第一原発1号機の台座、コンクリートの問題、④“安全第一”の規制基準をどう考えるか、等々である。

図18:田中三彦論文(2005年)から


 金属が低温になると金属の性質を失って脆くなること(脆化)は知られているが、なぜそうなるのかは、原理的な問題であり、必ずしも解明されてはいない。それをおくとして、①については、深まらなかった。脆化に影響を及ぼすコットレル効果という現象が紹介されたが、実際の圧力容器についてのデータは知られていない。だが、停止中は何も起こらないとは断定はできない。
 ②のUCCの存在は疑い得ない。しかし、圧力容器の溶接部への影響や、PTSへの影響など、研究・調
査はまったく不十分で、圧力容器の健全性評価の対象にもなっていない、という。
 後半は講師間のやり取りになったが、時間の不足で中断せざるを得なかった。④で、安全かどうかは
専門家が決めることのできない問題で(図16)、市民が加わって結論を出すべきだとの正論があり、だ
が、市民はそれなりの知見をどうやって獲得できるのか、などと反論があり、時間切れが惜しまれた。
最後に、「原発はフェイル・セイフには造られていない」との設計者からの警告があった。
 これからの老朽化問題を考えるのに有益な視点を与えるウェビナーだったと思う。

(山口 幸夫)

 

 

 

 

 

 

 

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