600号に寄せて 社会的監視と市民社会の声 福島原発事故13年後の現実と本『通信』の役割

『原子力資料情報室通信』第600号(2024/6/1)より

 

東北大学名誉教授(環境社会学) 長谷川 公一

福島原発事故13年後の現実
原子力資料情報室通信600号おめでとうございます!
 高木仁三郎さんは、2000年、死を目前にして発表した「友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ」1)の中で「楽観できないのは、この末期症状の中で、巨大な事故や不正が原子力の世界を襲う危険でしょう。JCO事故からロシア原潜事故までのこの1年間を考えるとき、原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物が垂れ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです」と記しています。高木さんの危惧のように東電福島原発事故が起こり、ALPS処理汚染水の海洋放出が始まり、除染で出た汚染土の再利用も始まろうとしています。
 福島原発事故を契機にドイツは脱原発の具体的な方針を明確にし、2023年4月15日、残っていた3基が閉鎖され、全ての原子炉が停止しました。高木さんが見たかった「原子力最後の日」はドイツでは実現しました。しかし日本では、福島原発事故の被害者の声を黙殺するかのように岸田内閣が原発の「最大限活用」に方針を転換し、残念ながら原発推進的な政策が露骨に強化されつつあります。第7次エネルギー基本計画策定のための資源エネルギー庁の資料「エネルギーを巡る状況について」2)に見られるとおり、気候変動対策の必要性、ウクライナ侵攻、生成AIブーム、データセンターの新設等々、さまざまな国際的・国内的な動きが、GX(グリーン・トランスフォーメーション)という怪しげな和製英語名のもとに原発推進の口実に利用されています。
 福島原発事故後、原子力規制委員会の新たな規制体制となって以降、計12基の原発が再稼働していますが、事故から13年を経た2024年5月の時点でも、北海道を含めた東日本の原発および事故を起こしたのと同じ沸騰型原子炉は1基も再稼働できていません。大局的に捉えれば、市民社会の側の批判的な声が、東日本の原発や沸騰型原子炉の再稼働を阻止してきたと言えるでしょう。当初1997年に竣工予定だった六ヶ所再処理工場の営業運転の開始も、目途が立たないままです。ただしこれらを全て市民社会の運動の成果だと言い切ることは難しいでしょう。柏崎刈羽原発の6・7号機のテロ対策の不備、同7号機の安全対策の未完了、六ヶ所再処理工場の場合には日本原燃の準備不足により原子力規制委員会による安全審査が進まないことなどに代表されるように、いわば「敵失」的な事態の続出によって、再稼働や再処理工場の営業運転開始が遅れているのです。原発や原子力施設の安全性に根本的な疑問符を付けざるを得ない衝撃的な事態も近年相次いでいます。

原発が軍事攻撃の対象に
ロシアによるウクライナ侵攻は、侵攻開始直後から2年3ヶ月余りを経た現在に至るまで、稼働中および閉鎖後の原子力施設がはじめて軍事攻撃・軍事占拠の対象となったことによって、世界中を震撼させています3)。 100万kWの原子炉6基が並ぶ欧州最大のザポリッジャ(ザポリージャ)原発は2022年3月4日以降ロシア側が支配、ロシア側の合意のもとで業務はウクライナ側が担当しています。 4号機が1986年4月に過酷事故を起こしたチョルノービリ(チェルノブイリ)原発は2022年3月31日までロシア側が支配していましたが、4月1日以降はウクライナ側に支配が戻っています。原発敷地内での火災発生や外部電源喪失のトラブルなどが起き、大惨事が起きかねない綱渡り的な状況が続いています。
 日本の原子力規制委員会は、ウクライナ侵攻後も「2国間の紛争による武力攻撃は想定していないので対策を要求していない」(更田豊志前委員長)として、軍事リスクやテロリスクを安全審査の対象としていません。軍事攻撃やテロ攻撃に対してどんな有効な対策を取りうるのか。新たな難題です。十全な対策は原理的にも困難であり、新たなコストアップ要因になります。

能登半島地震の衝撃
本年1月1日に起こった能登半島地震は、あらためて「災害の日常化」を印象づけ、災害時に原発付近から逃れうるのか、避難計画が机上の空論であることを突きつけました。福島原発事故後につくられた「原子力災害対策指針」で、原発事故が起きた場合、原子力防災を所管する内閣府やこの指針を策定した原子力規制委員会は、原発から5キロ圏内の住民を速やかに全員避難させ、5~30キロ圏では「屋内退避」もしくは避難が必要かを判断することにしています。ただし自然災害と原発事故との複合災害にどう対応するのかは、明確ではありません。
 今回の能登半島地震では、震源に近い志賀原発では再稼働前であることが幸いし、重大な事故には至らなかったものの、その周辺では、がけ崩れや陥没などによって道路が寸断されるなどして、集落が孤立する、避難道路が実際には使えないなどの事態が続出しました。また自宅が倒壊した場合などに備えて緊急避難先とされる5キロ圏内の避難所の収容人数の不足、とくに放射線を遮りうるコンクリート製の避難施設の収容人数の不足が露呈しました4)。石川県の防災計画では、複合災害の項目はあるものの、道路の寸断や屋内退避ができないような状況については触れられていなかったとのことです。立地町の志賀町の避難計画には「複合災害」の項目さえありませんでした5)。志賀原発だけでなく、日本では多くの原発が半島部などに立地され、周辺は山がちで狭隘な道路に囲まれています。各原発の避難計画は、これまでも非現実性を批判されてきましたが、いよいよ机上の空論であることが明らかになったのです。

生活保守主義と原子力政策の現状肯定
各種の世論調査で、福島原発事故前は、原子力政策については、推進が過半数を占めていました。内閣府の世論調査では、1999年以降推進を支持する者が増大し、2009年の調査では、推進が60%、現状維持が19%、廃止が16%でした。一方事故後の2011年5月以降は、朝日新聞や読売新聞の世論調査では「原発を増やす」は1~5%程度に激減し、「現状維持」が20~40%、「減らす」が70%程度の状況が続いてきました。しかしコロナ禍の 2020 年末頃から、縮小や廃止の意見が減り、現状維持や再稼働を肯定する回答が増えてきました。ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー供給への不安と円安による電気代の値上がりが、人びとの意識をより現状肯定的な方向に変化させたと指摘されています。大阪商業大学を中心とする日本版総合的社会調査(JGSS)では、「原子炉を即時全廃する」は 13%(2018)→8%(2021)→5%(2022)→4%(2023)、「長期的に廃止する」は 39%(2018)→36%(2021)→34%(2022)→25%(2023)と支持する割合が漸減しています。「さらに増やす」は2%(2018)→3%(2021)→3%(2022)→7%(2023)。「減らすが全廃はしない」は23%(2018)→21%(2021)→22%(2022)→20%(2023)。注目されるのは、「今ある原子炉は稼働し数は増やさない」が、23%(2018)→33%(2021)→36%(2022)→44%(2023)と漸増していることです6)。リーダーの岩井紀子によれば、再稼働ずみの原発を抱える原発立地県では全国平均と比べて原子力政策の現状に肯定的な回答が相対的に多く、宮城県を除いて、北海道・青森・福島・茨城・静岡・島根の再稼働していない原発立地県では、現状に否定的な意見が相対的に多いとのことです7)。
 筆者もまた、安全・安心を求め、自らの生活を守ろうという生活保守主義的な意識が、福島原発事故前までは原発推進論を支持し、事故後は原発縮小論を支持してきたが、エネルギー供給への不安や電気代の値上がりなどによって、再稼働や原子力政策の現状維持を肯定する見方を強めているものと考えます。原発事故直後、2011年・12年に高揚した脱原発運動も、国政選挙で大きな成果をかち得るまでには至らず、2013年以降はデモや集会への動員力も低下したままです。原発問題は国政選挙の争点になりにくい状況が続いています。しかも原発問題は、野党間で立場が異なる代表的な争点であり、最大野党の立憲民主党内も、原発政策に関しては意見が分かれています。原子力政策をめぐる推進側と脱原発側との綱引きは、近年、全般的には推進側の攻勢が目立っています。とくに司法の動向が懸念されます。

2022年6月17日最高裁判決と原発回帰政策
 福島原発事故の損害賠償を求めた生なりわい業訴訟など4つの訴訟に関する2022年6月17日の最高裁判決は、司法の独立性をかなぐり捨てたかのように、国の責任を認めない判断を下しました。この判決以降、2023年3月10日のいわき市民訴訟の仙台高裁判決をはじめとして、最高裁判決を後追いするように国の責任を否定する判決が続いています8)。
 東電福島原発事故が、規制権限を持つ国にも大きな責任がある「人災」であったことは、『政府事故調査報告書』、『国会事故調査報告書』、『民間事故調査報告書』をはじめ、 内外の研究者が等しく指摘しています。 最高裁判決多数意見は、 これらの報告書を完全に黙殺しており、 再出発した原子力安全規制行政の形骸化を進めかねない、極めて危険で不当な判決です。
 三浦反対意見は、 「本件長期評価(2002年長期評価̶̶引用者)は、 本件地震のように、 複数の領域が連動して超巨大地震が発生することを想定していなかったが、『想定外』という言葉によって、 全ての想定がなかったことになるものではない。 本件長期評価を前提とする事態に即応し、 保安院及び東京電力が法令に従って真摯な検討を行っていれば、 適切な対応をとることができ、 それによって本件事故を回避できた可能性が高い。 本件地震や本件津波の規模等にとらわれて、 問題を見失ってはならない」 と指摘し、 多数意見は問題を見失っていると厳しく批判しています。
 最高裁には、被害者救済に対する比較的柔軟で積極的な顔と、憲法9条や安全保障、原子力政策など、国の政策に関わる訴訟での原告に冷淡で差止めを認めず国策に追従する顔の2つの顔があると指摘されていますが9)、福島原発事故の損害賠償を求める訴訟では、国策追従的な姿勢があらわになっています。しかも、そこには構造的な背景があります。大手弁護士事務所をパイプ役とした、この訴訟を担当した菅野博之裁判長をはじめとする最高裁判事と電力事業者との癒着的な関係が、後藤秀典『東京電力の変節』(旬報社、2023年)で詳しく具体的に指摘されています。司法の独立性はタテマエ的な仮面と化しています。実際、2022年6月17日の最高裁判決以降、同年7月27日の第1回GX実行会議をはじめとしてやつぎばやに原子力政策転換の方針が具体化され、2023年5月のGX推進法とGX脱炭素電源法の可決成立を迎えました10)。

市民社会の監視と本『通信』の役割
  既得権益の壁による問題解決の先送り、 弥縫策的対応、 政策当局者の危機意識の薄弱さは、 日本社会の多くの社会問題・政治問題に共通に指摘できる構造的特徴ですが、 原発問題もその典型です。 福島原発事故以前、 日本の司法は、 原子力施設に対する社会的監視機能を十分に発揮してきませんでした。 原子力安全規制の空洞化に、 司法も事実上加担してきたのです。 司法をはじめとする社会的監視機構の弱さが原発推進政策を規定し、 東電福島原発事故という過酷事故をもたらした社会的背景です11)。その歴史がまたも繰り返されようとしています。行政・立法・司法いずれもが機能不全をきたしている現状では、ますます市民社会の監視機能が重要です。局面を打開するための魔法の切り札があるわけではありません。原発問題については、マスメディアの姿勢にも、SNSにも大きな限界があります。地道に着実に一歩、一歩努力を続けるしか、歩み続ける方法はありません。市民社会の視点から、原子力発電と原子力施設が抱える問題点について社会的監視を強め、人びとに真実を伝えるひたむきな努力が不可欠です。日本で「原子力最後の日」が実現するまで、本『通信』は、市民社会の声を伝え続けなければなりません。全国の同憂の仲間たちの力で、原子力資料情報室と本『通信』とをこれからも支え続けてまいりましょう。

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1) 「友へ 高木仁三郎からの最後のメッセージ」cnic.jp/takagi/words/tomohe.html 
原子力情報資料室のサイトには「高木仁三郎の部屋」cnic.jp/takagi/index.htmlがある。
2) 「エネルギーを巡る状況について」
www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/2024/055/055_004.pdf
3) 「ウクライナ情勢における原発状況」cnic.jp/
4) 「NHKWeb特集・全国の原発避難計画 調べてみえた地域差とは」
www3.nhk.or.jp/news/html/20240422/k10014419091000.html
5) 「砂上の原発防災 原発防災は「穴だらけ」 能登半島地震で見た危うい避難計画」2024年3月26日付毎日新聞(mainichi.jp/articles/20240304/k00/00m/100/175000c
6) 岩井紀子・宍戸邦章「東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故が災害リスク認知と原子力政策への態度に与えた影響」『社会学評論』255号pp. 420-438、2013年。岩井紀子・宍戸邦章「東北地域と日本全体との意識のギャップと変動JGSS-2021-2023 と東北での調査による被災経験、災害リスクの認知、避難準備、復興政策の定期的見直し、原子力政策」2024年(prj-sustain.w.waseda.jp/newpage/data/final/E-5_Iwai%EF%BC%86Shishido_ver1.pdf)。
7) 「岩井紀子さんと考える原発世論」2022年12月25日付北海道新聞
jgss.daishodai.ac.jp/research/news/hokkaido_shimbun_interview_20221225.pdf
8) 2022年6月17日の最高裁判決の問題点については、吉村良一・寺西俊一・関礼子編『ノーモア原発公害』(旬報社、2024年)参照。
9) 吉村良一「最高裁判決の問題点」吉村良一・寺西俊一・関礼子編『ノーモア原発公害』(旬報社、2024年、19-20頁)
10) GX推進法とGX脱炭素電源法の問題点については、大島堅一「最高裁判決と『原発回帰』政策」吉村良一・寺西俊一・関礼子編『ノーモア原発公害』(旬報社、2024年、187-205頁)などを参照。
11) 福島原発事故前の安全規制の空洞化については、長谷川公一「原子力安全規制と司法の役割」吉村良一・寺西俊一・関礼子編『ノーモア原発公害』(旬報社、2024年、161-184頁)で論じた。