長期エネルギー需給見通しへの意見

特定非営利活動法人原子力資料情報室は、経済産業省が募集している「長期エネルギー需給見通し(エネルギーミックス)に関する意見」に以下の意見を応募いたしました。 


 

1.2030年のエネルギーミックスは原発ゼロを前提として検討するべき

 

 福島第一原発事故を経て、原子力発電に対する認識は大きく変わった。絶対の安全はもとより存在せず、原子力発電所の運転はいつ顕在化してもおかしくない危険と隣り合わせであることは周知の事実となった。

 福島第一原発事故によって、周辺地域住民一人ひとりの生活が一変した。放出された放射性物質は広範囲を汚染した。人々は仕事や財産をうばわれ、安心して生活する権利を奪われた。事故から4年を経た今なお、福島県内からだけで約12万人[1]もの避難者が存在し、同県内の原発事故関連死者数は1,888人[2]に上る。

 日本国憲法は、その22条で居住、移転及び職業選択の自由を、25条で生存権と国の義務を、29条で財産権をそれぞれ保証しているが、原発事故により被災者はそうした権利を侵害された状況である。また憲法前文は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有すること」を確認しているが、いったん過酷事故が発生した場合、こうした平和的生存権を侵害することは明らかである。

 もはや原発事故の発生が不可避である以上、原子力発電を推進することは憲法に違反する状態を生み出すことを是認することであり、とうてい容認されることではない。

 さらに、我々は自然環境が人間の占有物ではなく、環境に存在する全ての存在との共有物であること、また現世代の占有物でもなく、将来世代との共有物でもあるということを認識しなければならない。

 原子力利用に起因する放射性物質の放出は広大な環境を汚染する。放出された放射性物質は、長期間にわたって周辺環境を汚染し続け、生命を傷つけ続ける。数多くの核実験、チェルノブイリなどの原発事故によって理解されていた事実だが、そのことを私たちは福島第一原発事故によって再確認した。私たちは、環境に対しても、将来世代に対しても、大きな負債を残してしまったということを痛切に反省するべきだ。

 2014年に改訂されたエネルギー基本計画は「安全性(Safety)を前提とした上で、エネルギーの 安定供給(Energy Security)を第一とし、経済効率性の向上(Economic Efficiency) による低コストでのエネルギー供給を実現し、同時に、環境への適合 (Environment)を図るため、最大限の取組を行う」[3](S+3E)とした。

 欧州では競争環境下の中で原子力発電が生き残れないことが明らかとなり、原子力発電所の建設にあたっては長期に渡る固定価格での電力買取保証などの補助制度の導入が抱き合わされている。また、米国では複数の原子力発電所が、他の電源との価格競争に破れ、廃炉となっている。原子力発電は安全性に欠け、価格面で競争力を失い、環境への適合に相応しくない電源であることが諸外国でも認識されている。

 さらに原子力発電は、安定供給という面においても問題がある。危険を回避するために、何らかの異常(地震や電圧・周波数の制限逸脱など)があればすぐに停止するとされている。その際、複数の原発が同時に停止することもある。同じ理由から、いったん停止した後には点検が必要であり、すぐには運転を再開できない。また、消費地から離れて発電所が設置されているため、大容量長距離送電となり、そのかんに周波数がふらつくなどして変電所での送電遮断になる大停電の原因ともなる。

 原子力発電の60年の歴史で過酷事故に分類されるのは米スリーマイル島原発事故(1979年)、チェルノブイリ原発事故(1986年)、そして福島第一原発事故(2011年)だ。いかに過酷事故発生リスクが10万炉年に1度であると言おうとも、もはや現実が大幅にそれを超過していることを否定することは不可能である。

 憲法上も、持続可能性の観点からも、S+3E の点からも、2030年のエネルギーミックスは原発ゼロを前提として検討する以外の選択肢は存在し得ない。

 

2.省エネルギー・再生可能エネルギーによってCO2の削減を図るべき

 2002年のエネルギー基本法制定後、2003年に策定され、2007年、2010年、2014年と改訂を重ねてきた「エネルギー基本計画」は原子力発電所を温暖化対策に優れた電源であるとして積極的に推進するとしてきた。そして、福島第一原発事故直前の2010年の改訂ではCO2の削減を原子力発電所の増設により達成しようとし、2030年に総発電量に占める原子力発電所の割合を50%以上にするという計画を打ち出した。

 昨今、CO2排出量の増加は原子力発電所の停止によるものだという指摘が散見される[4]。しかし、福島第一原発事故発生前の2008年度において、すでに日本の総CO2排出量は1990年比6.4%増となっていた。一方、CO2排出が最も多い石炭火力発電の総発電量に占める比率は、1960年に41%になった後、減少し1979年には3.5%となっていたが、それ以降は増加に転じ、2008年には25.2%まで増加していた。その結果、エネルギー転換部門のCO2排出量は2008年度時点ですでに1990年比16.7%増となっている。すなわち、CO2削減のために原発を推進する政策をとっていたにもかかわらず、石炭火力発電が増えた結果、CO2削減ができなかったといえる。

 今後、CO2削減は、省エネルギー・再生可能エネルギーを基軸に取り組むべきである。そのなかでも、特に省エネルギー分野が重要である。「かわいた雑巾を絞る」と主張されてきたが、産業部門、業務部門、家庭部門においてもたとえば待機電力の削減など多くの削減余地がある。運輸部門においてもモーダルシフトの取組の推進など、取り組むべき事項は数多い。また、省エネルギーについては小さな積み重ねが、大きな効果を生み出す。政府は企業や個人に省エネルギーを推進するインセンティブを与える制度的措置を設けるべきだ。

 一方、現状、日本の電力需給を考えた時、再生可能エネルギーのみで需要を賄うことはできず、火力発電に一定程度依存せざるを得ないことは事実である。火力発電を利用する条件として、火力発電所が排出するCO2に対して発電単位あたり排出量と総量を一定量に規制するべきである[5]。



[1] 2015年3月30日付 平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報 (第1401報)

[2] 2015年3月29日付福島民報

[4] たとえば、資源エネルギー庁『日本のエネルギー 2014』、「総合資源エネルギー調査会長期エネルギー需給見通し小委員会(第2回会合)会合資料1 3E(自給率、経済効率性、環境適合)に関する御意見の整理と主な検討課題」など

[5] たとえば米EPAが導入を検討している石炭火力発電に対するCO2排出量規制など