タニムラボレター No.032 事故から4年経過しても分からないこと

 『原子力資料情報室通信』第491号(2015/5/1)より

 3月9日から11日、第16回「環境放射能」研究会(於:高エネルギー加速器研究機構つくばキャンパス)に参加しました。
 発表内容から、福島原発事故から4年がたってもなお、事故当時における日本全体の放射性物質の拡散状況、つまり日本の住民がどれだけ被ばくしたかを調べる重要な情報が、把握されていないことが再認識されました。
 研究内容の一部を紹介します。
 福島原発事故によって広範囲に環境が汚染されたことは知られています。日本全体の汚染状況については、文科省による航空機モニタリング(空間放射線量や、換算した土壌の放射性セシウム濃度)の結果が公表されていますが、これは事故からある程度の期間がたった後に調査されたものです。つまり、降雨などによって土壌に沈着した後の状態しか判断できず、事故当時に大気中にどれだけ放射性物質が浮遊していたかは分かりません。
 比較的初期の放射線量にかんしては、米国核安全保障局(NNSA)が福島原発近くの上空をなぞるように調査したデータが存在しますが1)、エリアが限られていて日本の広い範囲を把握することはできていません。
 環境放射能の分野では、さかんに事故当時の放射性物質の時空間分布が調査されています。その手法は、①大気浮遊粒子状物質(SPM)自動測定器の使用済みフィルターの放射性核種測定2)、②モニタリングポストの波高分析データを用いたヨウ素131量の推定3)、③半減期の長いヨウ素129を測定してヨウ素131の濃度を推定4)があります。
 ①の、浮遊粒子状物質とは、大気中に存在する粒子状物質のうち粒径が10μm以下のものです。大気中の濃度に環境基準5)が設けられており、監視するために全国各地で1時間毎に自動測定されています。測定に使用したフィルターの保管は義務付けられていませんが、運よく残されていた当時のフィルターを集め、付着した放射性物質を丁寧に測定しています。初期の被ばくで重要なヨウ素131など、短半減期の核種は検出できません。
 ②は、モニタリングポストの内部で取得されていた、当時のガンマ線スペクトルデータを再分析する研究です。これにより、周囲に存在したヨウ素131の濃度を推定します。ヨウ素が大気中にあったのか、土壌にあったのか、樹木に付着していたのかなどが分からないので、いくつもの仮定に基づいた計算で推定するしかありません。
 ③は、福島原発から同時に放出されたと考えられる半減期が1,570万年のヨウ素129の土壌中濃度を測定して、半減期が8日のヨウ素131の濃度を推定するものです。ヨウ素129の寿命は長く、事故以前から存在していたものもあり、その区別は簡単でありません。
 様々なアプローチで事故当時の状況を解明しようとしていますが、どの手法も一長一短があります。福島原発事故では福島県民の被ばくには注目されていますが、県外住民の被ばくはなかったことにされているかのようです。これらの研究がきっかけとなって状況が見直されればと思います。   

(谷村暢子)

※「環境放射能」研究会は、1999年に茨城県東海村で発生した核燃料加工施設JCOでの臨界事故を受けて、環境放射能に関するテーマについて各分野の研究者が一堂に会し、議論を深める場としてスタートした。

 

1)www.energy.gov/situation-japan-updated-12513
2)Sci.Rep. 4,6717;DOI:10.1038/srep06717(2014)   
3)ccdb5fs.kek.jp/tiff/2014/1427/1427031.pdf
4)133.188.30.97/initiatives/cat01/entry05.html におけるAppendix 4.1
5)日平均値が 0.10mg/m3 以下であること。/1時間値が0.20mg/m3 以下であること。

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