福島原発被ばく労災 あらかぶさん裁判 第5回口頭弁論 実際の被ばく線量はさらに多かった

『原子力資料情報室通信』第524号(2018/2/1)より

福島原発被ばく労災 あらかぶさん裁判 第5回口頭弁論 実際の被ばく線量はさらに多かった

2017年12月15日、東京地裁103号法廷で「福島原発被ばく労災 あらかぶさん裁判」1)第5回口頭弁論が開かれた。北九州在住の原告あらかぶさんは、東京電力福島第一原発の事故収束作業や九州電力玄海原発の定期検査に従事し、急性骨髄性白血病を発症。2015年10月、収束作業に従事した労働者で初めて、被ばくによる労災認定を受け、東電・九電に対して、被ばくによる疾病の認定と損害賠償を求めて提訴している。

【第6準備書面】疑わしきは労働者に有利に
今回の口頭弁論で原告側は、第6準備書面を提出した。1976年11月に発出された、現在の労災認定の根拠となる労働基準局長通達「基発第810号」2)の立案に際して、第1次、第2次の「原子力事業従業員災害補償専門部会」のメンバーであった吉澤康雄・東京大学医学部教授について詳しく述べた 。
「放射線障害の業務上外の認定基準」(基発第810号)で、白血病の労災認定については、当時の一般人の基準であった年間5mSvを適用した。これについて吉澤氏は、「白血病に関しては、線量に関わらず全例を認定すべきであるという主張も多く、職業上の被曝に原因のあるものは漏れなく認定し、疑わしきは労働者に有利に判定するという方針」(抜粋)3)と考え方を示していた。原告側は、裁判所に、労災認定基準が策定された当初の方針を正確に受け止めて、本訴訟を審理するよう求めた。
ところで現在、白血病の労災認定基準である年間5mSvは被ばくとの因果関係によるものではなく、労働者保護の考えによるものだと説明されている。逆にこれが東電の因果関係否定の根拠になっている。また、一般人の限度は年間1mSvに下げられたのに、労働者の白血病労災認定基準ついては年間5mSvのままとなった。認定基準や線量限度は労働者保護より事業者の利益を優先している。

【東電・九電準備書面】
被告東電からは「準備書面(3)」が提出された。東電は、口頭弁論の前日に書面・書証を提出したため、提出期日を守るように裁判長が厳しく注意した。
東電は書面で、福島第一、福島第二原発における原告の被ばく線量について詳細に説明している。原告は、タイベック(防護服)、全面マスク等を着用しており、内部被ばく線量も全く問題ではない数値だったと主張。さらに、「原告のような請負業務従事者に対し、電離則等に基づき直接責任を負い、被ばく線量の管理、個人線量計や保護衣を着用させる等の義務を負うのは、雇用する請負事業者である」などと述べ、東電は責任を認めていない。
被告九電からは「準備書面3」として、原告の玄海原発における「管理区域立入時間一覧」、敷地境界のモニタリングポストの記録などが提出された。

【原告側反論】個人線量計の方向特性
放射線業務従事者の外部被ばく線量測定は、「1センチメートル線量当量及び70マイクロメートル線量当量によって行う」とされている(電離則第8条2項)。通常の被ばく労働では、線源は正面にあるので、ガラスバッジやAPDなどの個人線量計は、正面からの放射線に対して正しい線量を計測できるよう較正されている(JIS Z4312:2013)。ところが原告が働いていた当時の福島第一、第二原発では、構内全体が高濃度の放射性物質で汚染され、原告は四方八方から飛んでくる放射線に被ばくしていた。
(独)放射線医学総合研究所、(独)日本原子力研究開発機構の共同調査4)では、半導体式個人線量計をファントム(模擬人体)に取り付け、30度ずつ角度を変えてセシウム137が発するガンマ線を照射した結果が示されている(図1)。照射角度が120度から240度にかけて、個人線量計の測定値が急減している(図2)。これは個人線量計自体が裏側からの放射線に対する感度が低い上に、背後から照射されたガンマ線がファントムで吸収され、測定値が小さくなるからである。
回転照射は四方八方からガンマ線を浴びる状況のモデルと考えられる。半導体式個人線量計のレスポンスを前面照射=1とした場合、回転照射時の測定値は、「2014年報告」および「2015年報告」に掲載されている計24のデータ(5種類の個人線量計を3種類のファントムに装着し、角度変更または回転照射した場合)を平均すると、0.69に低下していた。このため原告の記録線量を0.69で割り戻した値が実際の被ばく線量であり、福島第一、第二原発構内で記録されている原告の被ばく線量は、15.68mSv/0.69=23mSvと計算される。このため「実際の被ばく線量はもっと多かったのではないか」と原告側は主張した。これに対して、東電は「これは周辺線量当量にすぎず、原告が何をもって『実際の被ばく線量』と述べているのかは判然としない」などと見当違いの「反論」をしている。原告側は、個人線量計の方向特性を問題にしているとして、さらに再反論をおこなう 予定だ。

図1 回転照射装置に設置したRANDOファントムと個人線量計

図2 個人線量計の設置向きによる方向特性

 

【資料紹介】
原発被曝労働者の労働・生活実態分析 原発林立地域・若狭における聴き取り調査から

/明石書店/5,500円+税

 

第1部は、筆者が1986~87年に調査し、88年に提出された修士論文。冒頭で若狭地域の原発をめぐる歴史と、原発建設による産業構造の変化、人口の流出・流入などを詳細に分析している。原発日雇労働者43人に聴き取り調査をおこない、労働者の生い立ち、職歴、作業内容、生活実態、健康被害などを詳細に記録している。労働者の孤立・閉鎖性と生活問題の関連について分析している。
第2部は、原発労災梅田裁判5)において、2015年11月に筆者が提出した、原告側の意見書が掲載されている。残念ながら2017年12月4日、福岡高裁は一審に続いて、控訴棄却の判決を下した。被ばく労働者に対して、司法の責務を放棄する不当な判決だ。
意見書では、原発労働者を調査し、結果を分類して原発労働の特徴を明らかにしている。労働者の実態と健康被害には因果関係があり、相当数が労災の適応を受けるべきだと述べている。労働者の健康悪化に関する業務起因性を判断するにあたり、記録上残された被ばく線量データだけではなく、労働現場の実態と被ばく隠しの実態を踏まえるべきだとしている。巻末には資料として、350人を超える原発関係者への聴き取り一覧が載っている。多数の証言をとらえた貴重な資料である。

 

1)「あらかぶさん」は原告の通称で、魚のカサゴを九州ではあらかぶと呼ぶ。裁判までの経過と概要は、本誌第517号(2017/7/1)、第521号(2017/11/1)参照。
2)労働基準局長通達「基発第810号」で、6つの疾病について認定基準(症状・被ばく量など)が具体化され、その一つに白血病の労災認定基準が定められ、1)0.5レム(5mSv)×(業務従事年数)、2)被ばく開始後1年以上で発症、3)骨髄性白血病またはリンパ性白血病であること、とされた。
3)1982年「保健物理」17,299~304より

4)(独)放射線医学総合研究所、(独)日本原子力研究開発機構
「東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る個人線量の特性に関する調査」(2014年):
fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/entry99.html
「『東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る個人線量の特性に関する調査』の追加調査-児童に対する個人線量の推計手法 等に関する検討-報告書」(2015年):https://fukushima.jaea.go.jp/initiatives/cat01/index201503.html

5)1979年に島根原発1号機、敦賀原発1号機の定期検査に配管工として従事し、心筋梗塞を発症した福岡市在住の梅田隆亮さんが、 労災認定を求めて2012年2月に提訴した裁判。本誌第504号(2016/6/1)参照。

 

(片岡遼平)