福島原発被ばく労災 あらかぶさん裁判

『原子力資料情報室通信』第517号(2017/7/1)より

福島原発被ばく労災 あらかぶさん裁判

裁判までの経過 

北九州市在住の男性(42歳・通称あらかぶさん1)は、「東北・福島の人たちの役に立てるなら」との思いで、家族の反対を押し切り福島の原発作業に向かった。鍛冶職人で、主に溶接作業をおこなった。2011年10月から2013年12月にかけて、東京電力福島第二原発の水密化工事(津波対策)、九州電力玄海原発の定期点検工事、福島第一原発の収束・廃炉作業などに従事した。約2年間の被ばく線量は、記録されているだけでも19.78mSv(ミリシーベルト)であり、年平均限度20mSvに迫る被ばくをした(表)。
2013年12月頃から発熱と咳が続いて風邪のような症状が顕われ、2014年1月に定期電離放射線健康診断を受診した結果、急性骨髄性白血病と診断された。あと数週間発見が遅れていれば、命はなかったと告げられた。治療では骨髄移植をおこなったが、抗がん剤の副作用によって髪が抜け、激しい吐き気と下痢や高熱が続き、一時は敗血症で危篤状態となった。妻と幼い3人の子どもたちを置いて死ぬかもしれないという恐怖から不眠になり、うつ病と診断された。辛い治療に耐えて回復し、2014年8月には退院することができた。
2015年10月、福島第一原発の収束・廃炉作業に従事した労働者としては初めて、被ばくによる白血病とうつ病の労災認定を受けた。厚生労働省の専門家検討会は、詳細な審議の上、原発での業務が原因で発症したと判断した。
ところが、労災認定が公表された際、安全管理に責任を負うはずの東電は、「当社はコメントする立場にない」などと語った。これに対してあらかぶさんは憤り、「このような収束・廃炉作業労働者への扱いは不当だ。危険な現場で被ばくのリスクを負いながら働く他の作業員のためにも力になりたい。世の中の人に原発の恐ろしさ、原発が必要ないということをわかってもらいたい」との思いから、2016年11月22日、東電と九電に謝罪と損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。2017年2月2日に第一回口頭弁論が開かれ、あらかぶさんは意見陳述をおこなったが、被告である東電・九電は全面的に争う姿勢を示している。

 

劣悪な労働現場
福島第二原発4号機建屋の耐震化工事では、警報付ポケット線量計(APD)が作業員に渡されず、一次下請けの現場監督のみがAPDを持っていた。現場監督が持つAPDも、頻繁に警報が鳴っているのに、監督は「大丈夫、大丈夫」と言ってAPD貸出所まで戻り、アラームを解除して作業が続行された。
玄海原発4号機の定期点検では、配管を切断する工事などをおこなったが、放射性物質が飛散する解体作業に半面マスク、または半面マスクすら着用しないで従事することもあった。
最大の被ばくを受けた福島第一原発4号機では、燃料プールの燃料棒を取り除くための天井クレーンのカバーリング工事をおこなった。水素爆発により損傷した4号機建屋の燃料プールの傍で、クレーンの土台となる架台を設置するための溶接作業などをおこなった。作業時は、タイベックス(防護服)を2枚重ねて着用し、全面マスクを装着して隙間をテープで目張りするため、呼吸は苦しい。夏場はゴム長靴の半分程度まで汗がたまり、熱中症で倒れる作業員も多かった。さらに防護服の上から、放射線を遮蔽する鉛ベスト(重量約15kg)を着用するが、数が不足しており、着ないで作業をおこなうこともあった。現場の監督に、「着らんでもこっそり入れ」などと言われて作業をさせられた。鉛ベストは上半身のみで、腕と下半身については、放射線を遮るものはなかった。鉛ベストは除染されずに使い回されていた。それらについて東電は、「安全管理は適正におこなわれており、そういう事実は存在しない」と回答したので、あらかぶさんは憤慨した。
このほか、福島第一原発3号機のカバーリング作業では、600トンのクレーンのアームをガスで切断する解体工事にも従事した。各現場において、実際には記録されている以上の被ばくをしていたと考えられ、ずさんな安全管理のもとで働いた。

因果関係なしという反論
第二回口頭弁論は4月27日、被告(東電・九電)側の反論がおこなわれた。東電・九電の準備書面では、いずれも被ばくとの因果関係を争う内容となっている。
東電は、「放射線の健康影響は100mSv未満では認められていない。他の要因によっても発がんリスクは上がる」などと反論を展開。原告の被ばく線量については、「東電で累積15.68mSvの外部被ばくにとどまり、九電の被ばく線量を合算しても、適法な被ばく線量の範囲内である」と主張。「労災認定をもって、被ばくと健康影響の因果関係が証明されたものではない」として、本訴請求の棄却を求めている。
九電は、玄海原発での作業内容について「管理区域の作業は、必要な防護具の着用を義務付けて指導をおこなっている。外部被ばくは記録されている4.1mSv以上はない」として原告の主張が誤りであると反論。白血病については、「電離放射線障害防止規則による、5年間で100mSvの基準を下回っている」として、因果関係はないと主張している。
これらの反論に対し、原告側は次のように再反論している。あらかぶさんの被ばく線量は、2012年10月から2013年3月までの5ヵ月間で、記録されているだけでも10.7 mSvであり、白血病の労災認定基準である年間5mSvを大きく上回っている。しかも作業環境は劣悪で、実際の被ばく線量は記録として残っているもの以上であると考えられる。当時暮らしていた宿舎や生活環境での被ばくもある。また、急性骨髄性白血病は、100mSv未満でも放射線被ばくによる有意な増加を示すという科学的データは数多くある2)。これらの事実そのものが、原告の被ばく労働と白血病の発症との間に相当因果関係があることを示しており、東電・九電の主張は誤りだ。

厳しい労災認定と裁判
これまでの被ばくによる労災認定は、JCO臨界事故の3件、福島第一原発の作業員であらかぶさんの後に2件3)を含めて19例しかない4)。また、裁判に訴えて労災が認められた例はあるが、電力会社を相手に損害賠償裁判で勝訴した例はない。
多重請負構造の中で、会社や仲間に迷惑がかかるため原発労働者が声を上げて被害を訴えることは非常に困難だ。収束作業に入った労働者のうち、退職後も国が健康診断をおこなうのは、50 mSv以上の被ばくをした緊急作業従事者に限られている。今後は、福島第一原発事故直後の作業員などの健康被害がさらに出てくることが予想される。また、労災認定を受けたとしても、その補償は治療費や賃金の8割など決して十分なものではない。そのような中で立ち上がったあらかぶさんの裁判は、原告の尊厳を回復するためにも、そして既に約6万人に達する福島第一原発の収束・廃炉作業労働者や多くの被ばく労働者の安全・補償を守るためにも、負けることができない裁判だ。

(片岡遼平)

 

1)九州地方では魚のカサゴをあらかぶと呼ぶ。原告が釣り好きなことからニックネームに名付けた
2)崎山意見書(2016年6月1日),福島原発被害東京訴訟
3)・2016年8月支給、白血病、被ばく線量54.4mSv
・2016年12月支給、甲状腺がん、被ばく線量149.6mSv
4)『原子力市民年鑑2016-17』 「原発被曝労働者の労災認定状況(2016年12月末現在)」