5年ぶりの核不拡散条約運用検討会議 ―本当の課題はなにか―

 『原子力資料情報室通信』第493号(2015/7/1)より

 

核不拡散条約とはなにか

 4月27日から5月22日まで、核不拡散条約(NPT)運用検討会議がニューヨークの国連本部でおこなわれた。
 NPTは1970年に発効した条約だ。1967年1月1日以前に核兵器を保有した米、露、英、仏、中の5か国のみを「核兵器国」とし、それ以外の国への核兵器の拡散を防止(核不拡散)することを目的とし、締約国に対し、核兵器の譲渡や製造・取得の援助等を禁止している。また核兵器国に特権的な地位を与えているという条約の性質から、締約国には誠実に核軍縮交渉をおこなうことを義務付けている。さらに原子力の平和利用を締約国の権利としつつ、核物質の軍事転用を防ぐためのIAEA保障措置の受け入れを非核兵器国に義務付けている(下線部をNPTの三本柱と呼ぶ)。
 運用検討会議は5年に1度おこなわれる。2000年の会議ではCTBT(包括的核実験禁止条約)の早期発効やFMCT(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の即時交渉開始を合意するなど、様々な成果がもたらされたが、被ばく60年だった2005年では交渉が決裂した。2010年には核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結末に深い憂慮が示されたものの、大きな進捗はなく、被ばく70年の今回も、中東の非核化を巡って合意文書が採択できなかった。
 しかし、核兵器の非人道性と禁止という観点からは2010年以降大きな変化があった。国連総会第一委員会における「非人道性共同声明」(1回目は2012年で賛同国は12ヵ国、5回目の2014年は155ヵ国)や、2013年から3回実施された「人道上の影響に関する国際会議」(参加国は1回目の128ヵ国から、3回目には米英を含む158ヵ国に拡大)、またその3回目のウィーン会議で議長国のオーストリアが提案した、核兵器廃絶に向けた法的枠組み強化などを求める「人道の誓約」(賛同国は6月17日現在110ヵ国)など、核兵器の非人道性に対する認識と、核兵器を禁止するという動きは高まっており、今回のNPTの決裂とは関係なく、こうした議論は今度も展開していくことは間違いない。

原子力の平和利用と核廃絶

 なお、上述したとおり、NPT運用検討会議では、核兵器を拡散させないこと、核軍縮することの他に、原子力の平和利用が重要なトピックとして議論されている。NPT条約はその第4条で、原子力の平和利用を締約国の奪い得ない権利だと規定し、第5条で平和利用の軍事転用を防止するため国際原子力機関(IAEA)の保障措置を非核兵器国が受諾することを義務化しているからだ。
 私は5月、運用検討会議に参加してきたが、そこでは、第三世界運動(NAM)が完全な核燃料サイクル(Full national nuclear fuel cycle)までも国家の権利であると主張する姿があった。ここでいう完全な核燃料サイクルとはイランが主張しているもので、ウラン濃縮を含めた核燃料サイクルのことだ。ウラン濃縮は核兵器開発能力に直結する極めて重要な技術であり、この技術の保有は厳しく制限されてきた。ちなみにNAMには、120カ国が加盟しており、核兵器廃絶を強く求める国も多数含まれる。
 平和目的であり、IAEA保障措置に則っているのであれば、どのような原子力利用のあり方も認められるというのが、NPT4・5条の論理的帰結であるのだから、その主張は根拠が無いわけではない。しかし、濃縮のような核兵器に直結する技術が拡散した時、核兵器廃絶という目的を達成できるだろうか。
 日本は、これまでIAEA保障措置を順守しており、保有するプルトニウム量も公表してきている。にもかかわらず、周辺諸国からは、日本がいつか核兵器保有に進むのではないかという懸念を持たれている。
 日本が核兵器保有に向かう場合、NPT脱退や、平和利用を前提に締結してきた各国との原子力協力協定の破棄だけでなく、国際関係の劇的な悪化、加えて各種の国際的な制裁が課されることとなる。海外に多くの資源を依存している日本にとって、そのような選択肢は現実的にはとりえない。
 日本が核兵器を保有することは現実的には考えにくいにもかかわらず、周辺諸国の懸念はなくならない。日本がウラン濃縮技術と使用済み燃料の再処理技術、すなわちプルトニウム製造能力を保有しており、47.1トンものプルトニウムを保有している、つまり、核兵器用の核分裂物質を生産でき、実際に大量に持っているという事実があるからだ。
 いくらIAEA保障措置が守られたところで、周辺国の懸念はなくならない。仮に、日本のプルトニウム保有が減ったとしても、核兵器開発技術を保有しているという懸念は残る。 それは、この問題がIAEA保障措置にとどまらない広範な問題に絡み合っているからだ。今回のNPT運用検討会議が決裂したのも、イスラエル、イラン、サウジアラビアなど中東諸国の複雑な国際関係に起因している。
 NPT運用検討会議に先立つ4月2日、核兵器開発を懸念され、イスラエルによる空爆の可能性もささやかれていたイランと核兵器保有5ヵ国+ドイツ(P5+1)は、イランが保有しているウラン濃縮能力を一定程度制限すること、使用済み燃料の再処理をおこなわないことなどで大枠合意した。この合意を事実上の核兵器保有国であるイスラエルは強く非難している。イランがウラン濃縮能力、つまり核兵器に利用可能な物質の製造能力を保有すれば、自国の核抑止力が脅かされると考えているからだ。また、イランと対立関係にあるサウジアラビアはイランが得たものと同等の権利を要求する構えだ。そのような事態になれば、一層イスラエルは核兵器に固執し、中東非核兵器地帯構想は遠のくばかりとなるだろう。このP5+1とイランの合意がNPT運用検討会議の決裂の遠因になったとも言える。
 原子炉、濃縮、再処理といったエネルギー面での原子力の平和利用は、核兵器開発能力と切っても切り離せない。どれだけIAEA保障措置が整ったとしても、核兵器開発の可能性は消せず、結果、そのような技術を持つ国が存在する限り、核抑止力に依存する核兵器保有国が核兵器を放棄することはないだろう。
 核兵器を廃絶するためには、核兵器の非人道性という論点と合わせて、原子力のエネルギー利用と核兵器廃絶の両立不可能性を論点にしなければならない。 

(松久保肇)

※なお、NPT運用検討会議開催中の5月7日、当室はピースボート、原水禁、ピースデポとの共催で、国連本部の会議室にて日本のプルトニウム問題について説明会を開催した。配布資料はこちらからご覧いただける。

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