市民の正義が勝利! 検察審査会・強制起訴決定が明らかにする福島原発事故の真実
海渡雄一(福島原発告訴団弁護団)
やっとここまできた
事故の責任を明らかにすることは脱原発の第一歩だと考え、福島原発告訴団の依頼を受け、東電役員と保安院幹部らの刑事責任の追及に取り組んできた。昨年7月23日の起訴相当の第1回議決(31日公表)に続き、2015年7月17日東京第5検察審査会は福島原発事故について東京電力の勝俣恒久元会長と武藤栄、武黒一郎の両元副社長に対して業務上過失致死傷容疑で強制起訴することを議決した(31日公表)。今後は、裁判所が弁護士会の推薦を受けて検察官役として指定する弁護士によって強制起訴がされ、刑事公判が開かれる。
告訴団の武藤類子代表は、会見で「『やっとここまで来た』という思いです。原発事故は終わったという雰囲気がありますが、何も終わっていません。今後、開かれる刑事裁判の中で、事故の真実が明らかにされ、正当な裁きが下されると信じています」とコメントした。以下、弁護団(河合弘之、保田行雄と筆者)として議決の内容と意義、今後の課題を明らかにしたい。
電力会社役員の高い注意義務を認めた
今回の議決の一つの焦点は原発を運転する電力会社役員の注意義務をどのようなレベルに設定するかであった。議決は、「推本〔地震調査研究推進本部〕の長期評価の信頼度がどうであれ、それが科学的知見に基づいて、大規模な津波地震が発生する一定程度の可能性があることを示している以上、それを考慮しなければならないことはもとより当然のことというべきである。東電設計の算出した、福島第一原発の敷地南側のO.P.(小名浜港の平均水位)+15.7メートルという津波の試算結果は、原子力発電に関わる者としては絶対に無視することができないものというべきである。そもそもこの試算結果は、推本の長期評価に基づいており、少なくとも福島第一原発の建屋が設置された10m盤を超えて浸水する巨大な津波が発生する可能性が一定程度あることを示している。そして、東京電力自体が過去に2回の浸水、水没事故を起こして」いる。
「したがって、当時の東京電力において、推本の長期評価、東電設計の試算結果を認識する者にとっては、津波地震が発生し、福島第一原発の10m盤を大きく超える巨大な津波が発生することについては具体的な予見可能性があったというべきであり、それが最悪の場合、浸水事故による炉心損傷等を経て、放射性物質の大量排出を招く重大で過酷な事故につながることについても具体的な予見可能性があったというべきである。」としている。
「注意義務に違反したといえるためには、当該結果に対する具体的な予見可能性に基づく予見義務、結果回避可能性に基づく結果回避義務が認められなければならない。」としながら、「ここでいう「行為者と同じ立場に置かれた一般通常人」とは、本件に関していえば、原子力発電所の安全対策に関わる者一般を指していることになる。すなわち、原子力発電という非常に危険性の高い、極めて特殊な技術に関わる、高度な知識を有する者たち一般を意味していると考えられる。前記のとおり、原子力発電に関わる責任ある地位にある者であれば、一般的には、万がーにも重大で過酷な原発事故を発生させてはならず、本件事故当時においても、重大事故を発生させる可能性のある津波が「万が一」にも、「まれではあるが」発生する場合があるということまで考慮して、備えておかなければならない高度な注意義務を負っていたというべきである。」とした。
そして、当時の東京電力は、原子力発電所の安全対策よりもコストを優先する判断を行っていたとしつつ、「行為者と同じ立場に置かれた一般通常人」とは、コストよりも安全対策を第一とする、あるべき姿に基づいて判断すべきものであり、当時の東京電力の考え方自体を一般化するべきではないとしている。検察官の判断には原発を通常の技術と同列に論ずる致命的欠陥があったが、議決はこれを根底から批判している。
「検察官は、本件地震は、推本の長期評価をも上回る想定外のものであり、ここまでの津波について具体的な予見可能性はなかったのではないかと考えているようである。しかしながら、過失を認定するための結果の予見可能性とは、当該予見に基づいて結果回避のための対策を講じる動機付けとなるものであれば足りると考える。ここでは、少なくとも10m盤を大きく超える、当時の状況においては何らかの津波対策を講じる必要のあるような津波の発生についての予見可能性があればよいと考える。」
この議決は、我々が主張してきた高い注意義務を、刑法理論の通説である「具体的危険予見可能性説」を維持しながら、正確な事実認定と、無理のない理論的な根拠をもとに認めたものであり、裁判所にも強い説得力を持つものだ。
まれな自然現象も考慮しなければならない
本件の最大の争点は政府の地震調査研究推進本部による長期評価にもとづいて福島県沖にも大地震を想定して津波対策を講ずるべきであったかどうかである。議決は、「推本の長期評価は権威ある国の機関によって公表されたものであり、科学的根拠に基づくものであることは否定できない。」「大規模地震の発生について推本の長期評価は一定程度の可能性を示していることは極めて重く、決して無視することができないと考える。」とした。
原発事故は、放射性物質を大量に排出させ、その周辺地域を広範囲に汚染し、長い期間そこには何人も出入りすることができなくなってしまう。加えて、放射能が人体に及ぼす多大なる悪影響は、人類の種の保存にも危険を及ぼすと事故の重大性を明確に指摘した。
そして、伊方原発訴訟最高裁判決(最判平成4年10月29日)が、原発は、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させ、その安全性が確保されないと、原発の従業員や周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染する深刻な災害を引き起こすおそれがあるとしていることを引用している。また、2006年9月に策定された新しい耐震設計審査指針において、津波について、原子力発電所の設計においては、「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと」が要求されていることを引用している。
原発事故の甚大性と非可逆性から出発し、議決は行政訴訟における最高裁の判示や、安全審査指針の文言に基づいて、まれな自然現象も考慮しなければならない根拠を明らかにしたものといえる。
原子炉が浸水すれば致命的であることはわかっていた
東京電力では、1991年10月30日、福島第一原発において海水の漏えい事故が発生し、タービン建屋の地下1階にある非常用ディーゼル発電機等が水没したという事故を経験した。2007年7月に発生した新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原発1号機の消火用配管の破裂により建屋内へ浸水するという事故を経験した。
海外では、1999年12月のフランスのルブレイエ原子力発電所の浸水事故、2004年12月のスマトラ島沖地震の津波によるインドのマドラス原子力発電所2号機の非常用海水ポンプが水没する事故が発生していた。これらの事象は2015年6月のIAEA総会に提案された、福島原発事故に関する最終レポートにおいて、東電の責任を基礎付ける事実として引用されていたものであり、告訴団がレポートを翻訳して提出していたものが議決に活かされている。
東電役員には具体的な予見可能性があった
このような認識のもとで、議決は、勝俣、武藤、武黒の三名について具体的な予見可能性があると判断した。「東京電力では、2009年6月には耐震バックチェックの最終報告を行い、それを終了させる予定であったところ、2007年11月ころ、土木調査グループにおいて、耐震バックチェックの最終報告における津波評価につき、推本の長期評価の取扱いに関する検討を開始し、関係者の間では、少なくとも2007年12月には、耐震バックチェックにおいて、長期評価を取り込む方針が決定されていた。」
この点は、これまでの政府事故調の報告では、曖昧にされていた部分である。政府事故調中間報告では、この部分は次のように判断されている。当時の武藤原子力・立地副本部長及び吉田昌郎原子力設備管理部長は、三陸沖の波源モデルを福島第一原発に最も厳しくなる場所に仮に置いて試算した結果にすぎないものであり、ここで示されるような津波は実際には来ないと考えていた。東京電力が2007年7月の新潟県中越沖地震に見舞われた柏崎刈羽原発の運転再開に向けた対応に追われており、地震動対策への意識は高かったが、津波を始めとする地震随伴事象に対する意識は低かったと判断していた。そして、武藤副本部長と吉田部長は、念のために、推本の長期評価が、津波評価技術に基づく福島第一原発及び福島第二原発の安全性評価を覆すものかどうかを判断するため、電力共通研究として土木学会に検討を依頼しようと考えた。しかし、あくまで「念のため」の依頼であって、その検討の結果がかかる安全性評価を覆すものであるとされない限りは考慮に値しないものと考えていた。しかし、この間に明らかになっている事実は、これまで説明したように、このような報告書の内容とは全く異なる。政府事故調は、重大な証拠を隠し、真実の隠蔽に手を貸してきたと言わざるを得ない。
被疑者武藤と武黒は長期評価に基づくシミュレーションとこれに基づく対策を先送りしたこと自体は認めていたが、このことを知らなかったとして容疑の前提を否認していた勝俣氏についての判断も注目されていた。議決は、地震対応打合せは、被疑者勝俣への説明を行う「御前会議」とも言われていたこと、津波対策は数百億円以上の規模の費用がかかる可能性があり、最高責任者である被疑者勝俣に説明しないことは考えられないこと、2009年6月開催の株主総会の資料には、「巨大津波に関する新知見」が記載されていたこと等を根拠に強制起訴の結論を導いたのである。
予見可能性を補強した新証拠の数々
2014年7月の第1回の検察審査会の議決以降も、津波対策に関する新たな証拠が次々に明らかになった。まず、1997年には福島沖の津波地震の想定が政府から指示されていた。それは、7つの省庁がまとめた津波想定方法「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査」で、日本海溝の津波地震を予測していた。このことは、2014年7月に添田孝史氏(岩波新書『原発と大津波 警告を葬った人々』)の情報公開によって明らかになった。2000年電事連報告では福島第一は日本一津波に脆弱であることが示されていた 。電事連の「津波に関するプラント概略影響評価」(国会事故調参考資料編41頁)は、1997年6月の通産省の指示に対応して、2002年2月に電事連内の総合部会に提出された。全国の原発の中で、想定値の1.2倍で影響があるとされているのは福島第一と島根1、2号の二原発だけであり、福島第一原発の津波に対する脆弱性は顕著であった。
検察審査会は、第1回の起訴相当の議決においても、東電の役員たちは、対策が必要であることはわかっていて、途中まではその検討や準備もしたのに、改良工事のために原発が長期停止になることをおそれ、時間稼ぎのために土木学会に検討を依頼して、問題の先送りをしたと認定した。 このことを裏付ける証拠が、東電役員の民事責任を問う株主代表訴訟を通じて入手された。それは、2008年9月10日「耐震バックチェック説明会(福島第一)議事メモ」 である。この1枚目の議事概要の中に、「津波に対する検討状況(機微情報のため資料は回収、議事メモには記載しない)」とある。福島第一原子力発電所津波評価の概要(地震調査研究推進本部の知見の取扱) が、まさに回収された資料である。その2枚目の下段右側に、「今後の予定」として、「○ 推本がどこでもおきるとした領域に設定する波源モデルについて、今後2~3年間かけて電共研で検討することとし、「原子力発電所の津波評価技術」の改訂予定。」「○ 改訂された「原子力発電所の津波評価技術」によりバックチェックを実施。」「○ ただし、地震及び津波に関する学識経験者のこれまでの見解及び推本の知見を完全に否定することが難しいことを考慮すると、現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され、津波対策は不可避。」と記載されている。
このように、福島第一のバックチェックの最高の難問は、津波対策であった。東電幹部らは、いずれ推本の見解に基づく対策が不可避であることを完全に認識していたのである。しかし、被告らは老朽化し、まもなく寿命を迎える原子炉の対策のために多額の費用の掛かる工事を決断することができなかった。そして、このことが外部に漏れることを警戒し、所内の会議でも、津波対策に関する書類は会議後に回収するという徹底した情報の隠蔽工作がなされていた。強制起訴後の報道では、過去の強制起訴事案の多くが無罪となったことを指摘し、今回も無罪になるのではないかと予測する解説記事が散見された。しかし、以上に説明した証拠によれば、東京電力幹部に対しては有罪判決が下されるものと確信している。
検察審査会議決の意義と今後の展望
福島原発事故に関してはたくさんの事柄が隠されてきた。この議決の根拠となった東電と国による津波対策の怠慢に関する情報の多くは2011年夏には検察庁と政府事故調の手にあったはずである。しかし、これらの情報は徹底的に隠された。この隠蔽を打ち破ったのが、今回の検察審査会の強制起訴の議決である。市民の正義が政府と検察による東電の刑事責任の隠蔽を打ち破ったのである。
議決を受けた記者会見で武藤さんが涙ぐんでおられたのが、忘れられない。私も強制起訴を確信しつつ、議決を待つ間、東電を中心とする原子力ムラや検察からの圧力の前に検審の委員11人のうちの8人の起訴議決への賛同を得ることは、かなりハードルが高いと感じ、不安を感じなかったと言えばウソになるだろう。検察審査会からの電話連絡を受け、待機していたさくら共同法律事務所から、武藤代表、河合弁護士と共に東京地裁の検察審査会事務局に向かった。審査会の扉を開いて、担当事務局の我々を迎える笑顔を見た瞬間「勝った!」と確信した。そして、原発事故で人生を根本から変えられた皆さんの切実な思いに答えることができ、心からホッとした。本心を言うと、今回の強制起訴は奇跡のように貴重なものだと思う。今回の議決は、本当に真剣に願えば、そして正しく求めれば、私たちの願いは叶えられることがあるのだということを示している。海渡雄一ほか著「朝日新聞吉田調書報道は誤報ではない」(2015 彩流社刊)の第四章ではこの津波対策の問題を取り上げ、告訴団が出してきた多くの新証拠を克明に記載した。貞観の津波をめぐって東電と保安院の間で繰り広げられた暗闘についてなど、この原稿には書ききれなかった情報も多い。併読をお願いしたい。
今後開かれる公開の法廷において、福島原発事故に関して隠されてきた事実を明らかにする作業が可能となった。強制起訴は弁護士会の推薦を受けて、裁判所が任命した検察官役の弁護士が行う。長期の裁判を遂行するため検察官役を市民が物心両面で支えるネットワークを作り、裁判の過程を時々刻々と市民に知らせていく体制も作りたい。被害者とされた人々の委任を受けて、裁判に参加する途も追求したい。市民の正義を現実のものとするために、多くの市民の支えが必要だ。これまで以上の支援をお願いする。
【編集部追記】
東京地裁は7月21日、第二東京弁護士会が推薦した石田省三(68)、神山啓史(ひろし)(60)、内山久光(51)の三弁護士を、検察官役の「指定弁護士」に選任した。
石田弁護士は、ロッキード事件、リクルート事件など多くの刑事事件に携わった重鎮。神山弁護士は、東電女性社員殺害事件の主任弁護人として、石田弁護士と共に被疑者の冤罪を晴らす再審無罪を勝ち取るなど、難事件に強い刑事事件の専門家。山内弁護士は第五検察審査会の2度目の審査で、審査員(市民)に法的アドバイスをする審査補助員を務めている。
福島原発告訴団
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