用語解説 基準地震動(Ss)

『原子力資料情報室通信』第518号(2017/8/1)より

用語解説 基準地震動(Ss)

「基準地震動」ってなんですか?

簡単にいうと、設計ないしは安全確認の基準となる模擬計算でつくられた地震のゆれの大きさ・強さ、のことです。目に見える形としては、地震波形(時刻歴波形)や固有周期ごとの応答値(応答スペクトル)のグラフであらわされることがあります。ゆれの大きさの最大値(最大加速度)を、「最大加速度は1000Gal(ガル)」などといって、指標として代表させることもあります。水平方向、鉛直方向それぞれつくりますが、1組だけの施設もあれば、20組以上も地震波形を作成するサイトもあります。

 

「基準地震動」ということばの出所は?
「基準地震動」ということばを、原子力規制委員会はどう定めているでしょうか、規則・告示などをみておきましょう。
原子力規制委員会が決定した規則「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」(2013年6月28日)の「地震による損傷の防止」の内容が書かれた第4条3項に「基準地震動」ということばがでてくるのが実質的に最初です。そこには、「耐震重要施設は、その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(以下「基準地震動による地震力」という。)に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならない」とあります。「供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度」が「基準地震動」らしいと推測できます。
別のところにある記述としては、2013年6月19日の原子力規制委員会決定に「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」という原子力規制庁職員が原発の審査の際の指針として使う内規がありますが、そこに直接「基準地震動」を定めているものはなく、用語の定義のなかに紛れて、基準地震動は「『発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針 平成18(2006)年9月19日 原子力安全委員会決定』における基準地震動Ssの規定と同様」とされています。
2006年の耐震設計審査指針を確かめると、「5.基準地震動の策定」の見出しのすぐあとに「施設の耐震設計において基準とする地震動は、敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切なものとして策定しなければならない。(以下、この地震動を「基準地震動Ss」という)」と定義されています。

 

なにに使うの?
原子力発電所や核燃料関連施設の耐震性の評価につかいます。本来なら、施設の耐震設計の評価計算につかうものでしょうが、現在は新基準適合性審査においての耐震性のチェック用の地震動となっています。
すべての原発・核燃料関連施設で、建設したときよりも大きな地震動をつくって基準地震動として設定しています。それらの基準地震動に耐えられると評価された施設は、以前より耐震性があがって安全になったのでしょうか? なかには配管類に支持装置を増やしたり、壁を補強したりして実物の耐震性を高めたケースもあります。しかし、計算に使うモデルを変更したり、ゆれに対する抵抗係数(減衰定数)をより大きなものに変更したりして計算し直した結果、より大きな基準地震動に対してもクリアできたという、見かけ上の耐震補強である場合が多いようです。

 

だれがどうやって決めるの?

電力会社などの事業者が施主となって、地質・建設のコンサルタントが基準地震動を策定する作業を請け負い、地震の調査、活断層の調査、敷地内外の地質の調査などをおこなって、想定する地震の規模、震源から敷地へのゆれの到達経路(減衰)、敷地の地下から施設の床面への伝達状況などを順々に決めていきます。
「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」には、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」と「震源を特定せず策定する地震動」が「応答スペクトルに基づく方法」ないしは「断層モデルに基づく方法」とよばれる方法によってつくられて、審査される流れ図が載っています。「敷地ごとに…」の場合には、地震の発生するメカニズム(海洋プレート境界、海洋プレート内、内陸地殻内)ごとに,それぞれ検討することになっています。
具体的な基準地震動のつくりかたはいろいろあり、地震の規模であるマグニチュードを決めるにも過小評価になるケースがあります。活断層の長さからマグニチュードを決めるには、これまでの経験から統計的に作成した計算式(回帰式)をつかいます。物理的な理論背景をもった計算式ではないのでドンピシャの値はでてきません。こういう式をつかって計算すると中間的・平均的な値がでてくるので、それを原発での安全評価に用いようとするなら、もっと大きな規模のマグニチュードの地震が起こりうることにつねに配慮する必要があります。
活断層から地震規模を求める方法に対して、断層面積から地震の規模を推定する方法があります(三宅・入倉の式など)。地震は、地下での岩石の破壊現象です。地下での岩石の破壊は面的な広がりで起こり、平面的ではなくでこぼこした曲面に沿って破壊し、しかも破壊のしかたも不均質です。地震動を計算するには、平面的な断層面を破壊面として仮定し、不均質性はアスペリティ(強震動発生領域)などを配置することで想定します。断層面積から地震規模を求める場合、地震観測結果がある場合には、その断層面がどのような傾斜で、深さと長さ,不均質の程度などの情報がえられ、地震規模を再現することができます。
しかし、事前の情報として活断層の長さしかわからない場合には、地震規模を大きく過小評価する可能性が指摘されました。
前原子力規制委員会委員長代理の島崎邦彦さんは、電力会社(関西電力,九州電力、四国電力)がそのような方法のひとつを採用して基準地震動を策定した結果、大きな過小評価がなされていることに気がついて規制委員会に是正を求めました(島崎邦彦さんの問題提起に関しては2016年9月1日発行の『原子力資料情報室通信』第507号に、その後の経過なども含めて長沢啓行さんが詳しく書かれています)。
活断層から基準地震動をつくる手順のひとつに地震調査研究推進本部の地震調査委員会がつくった「震源断層を特定した地震の強震動予測手法(「レシピ」)」というものがあり、最新のものは2017年4月に改定されたものです。地震断層(面)の情報が地震の以前に詳しくわかっていない場合には、活断層の長さだけから推定する方法(松田の式など)を使うべきで、当てずっぽうに断層面積から推定すると大きな過小評価を招くことがあきらかになったため、そのような注意喚起の上、修正されました。電力会社は、まだこの手法を採用する気配はありません。過小な評価のままです。

【断層のモデル図】

(上澤千尋)