コメント:東京電力、原子力規制委員会はともに福島に向き合うべきだ。そして、東京電力は廃炉会社としてやり直すべきだ

コメント:東京電力、原子力規制委員会はともに福島に向き合うべきだ。そして、東京電力は廃炉会社としてやり直すべきだ

―川村隆東京電力ホールディングス会長「トリチウム水判断済み」発言問題

 

2017年8月8日

NPO法人原子力資料情報室

 

7月13日、東洋経済などとの合同インタビューで、6月に就任した川村隆東京電力ホールディングス会長は、福島第一原発のタンクに貯蔵されるトリチウム水の海洋放出について「もう判断している」「(田中俊一原子力規制委員会)委員長と同じ意見」と発言したと報じられた。これに対して、福島県漁業組合連合会や全国漁業組合連合会、福島の市民グループなどが抗議をおこない、内堀雅雄福島県知事や吉野正芳復興相が懸念を表明した。東京電力は方針を決めたものではないとし、川村会長は、真意が伝わらなかったと述べた。

この川村発言には伏線がある。7月10日、原子力規制委員会が東京電力の新経営陣と意見交換会をおこなったのだが、その場で、原子力規制委員会の考え方として「福島第一原子力発電所の廃炉を主体的に取り組み、やりきる覚悟と実績を示すことができない事業者に、柏崎刈羽原子力発電所の運転をする資格はない」、「福島第一原子力発電所の廃炉に多額を要する中で、柏崎刈羽原子力発電所に対する事業者責任を全うできる見込みがないと、柏崎刈羽原子力発電所の運転を再開することはできない」、「原子力発電については経済性よりも安全性追求を優先しなくてはならない」などからなる7つの項目を提示していたのだ。特に、トリチウム水の海洋放出について国の検討会の結果など踏むべきプロセスを踏むとした東京電力の姿勢について、福島県民と向き合っていないとして厳しく追及、原子力規制委員会は、東京電力が主体的に取り組むよう強く求めていた。

原子力規制委員会は従来からトリチウム水の海洋放出を推奨しており、今回の要求もその点では首尾一貫している。そして、福島県の人々は多くがトリチウム水の海洋放出について反対してきた。一方で、東京電力は柏崎刈羽原発は2基再稼働すれば年1000億円、収益が改善するという。原子力規制委員会は今回、トリチウム水の海洋放出を、柏崎刈羽原発の再稼働と組み合わせて要求した。東京電力はその3日後には、これまでの「プロセスを踏む」という態度から、「すでに判断している」という態度に180度転換した。原子力規制委員会との意見交換会の場で「福島への責任を果たすために存続を許された」と述べ、福島第一原発事故が東電の原点であると表明した東京電力は、柏崎刈羽原発の再稼働のために、トリチウム水の放出について福島県民と向き合うという、福島への責任をかなぐり捨てた格好だ。原子力規制委員会の田中俊一委員長が川村会長の発言について「はらわたが煮えくり返る」と述べたのももっともなことだ。

しかし、ここには、東京電力と原子力規制委員会が抱える極めて深刻な問題が潜んでいる。東京電力は、柏崎刈羽原発の再稼働という経済性のために、福島という原点を置き去りにした。さらに、「踏むべきプロセス」を飛ばした。安全とは多義的な概念だが、日本工業規格(JIS)では「人への危害又は資(機)材の損傷の危険性が、許容可能な水準に抑えられている状態」と定義される。「許容可能な水準」とは社会の価値観に基づき決定される水準のことだ。地元住民はトリチウム水の海洋放出の安全性について、繰り返し懸念を表明してきている。本当にトリチウム水の海洋放出による安全性は許容可能な水準に抑えられるのか、そうした懸念を払拭しないまま、東京電力がトリチウム水の海洋放出を意思決定したとすれば、安全を放棄したということもできよう。

また、原子力規制委員会は、自らが主張するトリチウム水の海洋放出という課題について自らがステークホルダーに率先して説明しようという気はなく、東京電力をある意味では脅迫して対応を強要しようとした。確かに、事故当時者は東京電力であり、東京電力が説明主体となることも当然だ。しかし、原子力規制委員会はその組織理念の中で「国内外の多様な意見に耳を傾け、孤立と独善を戒める」と謳う。その原子力規制委員会がトリチウム水の海洋放出がリスク低減の観点から最も合理的であると主張するのであれば、自らがステークホルダーに対して積極的かつ主体的に説明することになんら不都合はないはずだ。東京電力に対しては地元の厳しい意見と直面しないと言いながら、原子力規制委員会はこれまでそこに直面してきただろうか。自らにこそ問いかけるべきだ。

さらに根本的な問題は、東京電力を福島第一原発事故後に破綻させなかったことにある。東京電力にはこれまで、直接投入されただけで7兆5540億円の国費が注ぎ込まれてきた。福島第一原発の事故収束・廃炉作業や事故に伴う損害賠償は長期に渡って続き、今後も国費は投入され続ける。東京電力はこうした状況を法的整理なしにやり切ろうとしている。そのためには柏崎刈羽原発の再稼働は喉から手が出るほど欲しいだろう。

柏崎刈羽原発再稼働と福島第一原発事故という「東電の原点」が天秤に乗った時、東京電力は柏崎刈羽原発を取ることが今回明らかになった。そのような東京電力には福島第一原発の廃炉をやりきる能力は存在しない。今からでも法的整理を行なうべきだ。

以上

 

―参考

脱原発福島ネットワーク「川村会長のトリチウム水海洋放出発言の撤回とトリチウム水の安全な保管を求める要請書

全国漁業組合連合会「汚染処理水の海洋放出言及に対する厳重抗議について