三菱重工、トルコ・シノップ原発建設計画から撤退 ―廃炉時代にむけて、原発メーカーは現実路線へ方向転換を―

『原子力資料情報室通信』第535号(2019/1/1) より

三菱重工、トルコ・シノップ原発建設計画から撤退 ―廃炉時代にむけて、原発メーカーは現実路線へ方向転換を―

12月4日付日本経済新聞は「トルコ原発、建設断念へ三菱重工など官民連合」と報じた。三菱重工のシノップ原発からの撤退を歓迎する。しかし撤退自体への驚きは少ない。
三菱重工は黒海沿岸の風光明媚なシノップに4基の112万kW級ATMEA-1(仏Framatome(旧Areva)との合弁企業ATMEAが開発した加圧水型炉)を導入することを計画し、事業可能性調査を進めていた。しかし、2013年当時2兆円と見込んだ建設費は、今年4月時点で5兆円近くに高騰、三菱重工とコンソーシアムを組んだ伊藤忠商事は事業計画から離脱していた。電力の買取価格は2013年に日・トルコ政府間で締結した政府間協定により、燃料費を除くものの、20年間10.80~10.83セント/kWhに据え置かれた。運転費や維持管理費をかんがえれば、コスト回収が困難なことは明らかだった。当初、今年3月には完了するとしていた事業可能性調査は、7月までずれ込んでいた。各種報道によれば、三菱重工側はトルコ政府に対して、買取価格の引き上げなどの支援を要請していたが、トルコ政府側はコスト見直しなどを要請。結果、三菱重工は採算性が見込めないと判断したようだ。導入される予定だったATMEA-1はシノップで建設されていれば、世界初の稼働ということであったが、ベトナムに続き、2度目の失注ということになる。

トルコの原発予定地・建設地

三菱重工を取り巻く状況はそもそも厳しかった。2017年には大型客船事業で2,500億円の損失を計上して撤退、ジェット旅客機事業についても開発費は当初想定の4倍超の6,000億円にのぼる。2014年に日立製作所の火力発電部門を統合した三菱日立パワーシステムズ(MHPS)も事業環境の悪化で収益が伸び悩む。さらに日立製作所が統合前に受注した南アフリカでの発電所向けボイラーの建設コストが膨れ上がり、同社に対して7,743億円を支払うよう、日本商事仲裁協会に仲裁を申し立てている。
ATMEA-1開発で提携してきたAreva社(当時)も厳しい状況だった。欧州加圧水型原子炉(EPR)をフランスとフィンランドで1基ずつ建設していたが、いずれも工期は大幅に遅延し、巨額のコストが発生した結果、事実上倒産状況に追い込まれ、政府保有のEDF(フランス電力公社)の支援、三菱重工の出資などで、核燃料サイクル・再生可能エネルギー部門を統合したOranoや原子炉部門のFramatomeなどに再編されていた。

現地トルコの事情も悪かった。2013年当時50円程度で推移していた通貨リラは2018年には20円前後まで下落。クーデターやエルドアン大統領の強権化が進む中で、経済状況は低迷していた。
原子力を取り巻く環境も厳しい。国際原子力機関(IAEA)が先ごろ出したレポートによれば、2017年時点で総電力供給の10.3%(2,503TWh)を占めている原子力発電は低位予測の場合、2030年には7.9%(2,732TWh)、2050年には5.6%(2,869TWh)に低下する。IAEAは10年前の2008年には原子力は低位でも、2030年に12.4%(3,522TWh)を発電すると予測していた。設備容量も2008年予測では2030年時点で少なくとも473GWeと予測していたが2018年予測は352GWeへと、原発100基分に相当する大幅な下方修正となっている。
世界の原発建設をこの間リードしてきた中国でも、電力需要の低迷と再生可能エネルギーの急速なコスト低下、そして東京電力福島第一原発事故後の安全対策費の上昇などから、原発建設スピードは緩やかになってきた。政府は最新の第13次5ヵ年計画で、原発設備容量を2020年に58GWeとする目標を立てたが、現在の設備容量は38.2GWeであり、建設中は合計でも15.4GWeだ。建設中の原発が全て完成した場合でも、目標達成にはおよそ原発3~4基分不足する。着工についても、IAEAのデータベースによれば、2016年以降、原発の新規着工はない。
日本の原発メーカーと経済産業省は国内の原発新増設が進まない中、2000年代に海外市場を展望した。しかし、トルコのほか、ベトナム、リトアニア、フィンランド、UAE、米国などでも繰り返し失注してきた。東芝は子会社ウェスティングハウスが受注した米国での4原発で巨額の赤字を抱え、倒産寸前まで追い込まれる結果となった。英国で進められている原発輸出計画についても、東芝は原発子会社NuGenerationの解散を選択した。日立製作所も中西宏明会長がインタビューで状況の厳しさを認めている。三菱重工が受注した米国サンオノフレ原発への蒸気発生器では、細管が減肉して破断、同原発は最終的に廃炉が決定した。日立と東芝が原子炉を、三菱重工がタービンを担当した台湾の第四原発も、ほぼ完成していたが、市民の大規模な抗議活動、政権交代などもあり、稼働できないままだ。台湾電力は今年、未使用の燃料を米国に返還している。

12月12日、三菱重工の宮永俊一社長はメディアとのインタビューで、シノップ案件の現状について、トルコ側から事業可能性調査について「ものすごく細かい質問をいっぱい受けている最中」、「経済合理性の範囲内での対応はいつでもできる」、「まず政府間(での協議)があって、政府間で何かあれば、われわれに問い合わせがあり、お答えするということになる」、もはや現段階は「私どもが判断できる範囲ではないと思う」と答えている。原発輸出が企業側の経営判断だけでは決定できない、いびつな構造になっていることを端的に示す発言だ。
民生用原発が世界で初めて稼働してから今年で62年が経過した。この間、明らかになったことは、原子力は国の支援がなければ、商業ベースに乗らない、そしてひとたび事故が起きれば大惨事を引き起こすという電源だということだった。一方で、既存の原発454基の平均稼働年数は29.5年、稼働から40年以上経過している原発も95基存在し、大量廃炉時代の到来は待ったなしだ。国内でも23基が廃炉を迎えた。
原発メーカー各社は東京電力福島第一原発事故を直視すべきだ。そして、もはや世界に原子力ルネサンスは到来しないという現実を踏まえて、原発新設から撤退するべきだ。

(松久保肇)