大間原子力発電所建設差止訴訟 大間マグロが原発を止める

『原子力資料情報室通信』第441号(2011/3/1)より

※『通信』紙面に掲載した地図の地名に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

大間原子力発電所建設差止訴訟
大間マグロが原発を止める

大間原発差止訴訟弁護団 森越清彦

 「何があっても土地を手放してはいけない。海と畑があれば人は生きていける」。青森県下北半島西突端の大間町は、真っ青な海に突き出した漁業の町である。かつては大間原子力発電所に反対する地権者は多数いたが、この約30年の間に行政や被告電源開発(株)の圧力、金銭的誘導により不本意ながらほとんどが買収に応じ、残ったのは冒頭の言葉を支えに抵抗し続けた熊谷あさ子さんただ1人であった。
 彼女の口ぐせは大間の海は「宝の海」。土から、そして海から命をもらい育ってきた彼女は、本能的に原発建設に強い危機意識を持っていた。彼女は本件提訴を見ずに2年前に不慮の死を遂げたが、残された4人の子どもたちはその遺志を引き継いだ。「大間の海と土地をきれいなまま、子や孫の世代に残すために、大間原子力発電所の建設に反対します」と。
 重大な原発事故がおきたとき、最も深刻かつ甚大な被害を受けるのは大間であり、原発から直線距離で約18kmと近距離に位置する函館市とその周辺の道南市民38万人余である(大間―青森の直線距離は約75km)。
 核暴走事故や炉心溶融等の重大事故が発生した場合、下北半島は当然ながら、何の遮蔽物もない対岸の函館・道南地域が被る被害の時間的、空間的広がりは想像を絶するものであり、函館市は一挙に壊滅し廃墟と化す。
 熊谷あさ子さんの遺志は引き継がれ、広がり2010年7月28日、大間マグロ・戸井マグロの2匹と168名の函館・道南市民を中心に原告団が組織され、国と電源開発を被告とする大間原子力発電所建設差止訴訟が函館地方裁判所に提訴された。

大間原発の主要な問題点

1 世界初のフルMOX商業炉による巨大な実験

 大間原発は138.3万キロワットの世界でも最大級の原子力発電所で、しかもプルトニウム・ウラン混合燃料を全炉心で使用するフルMOX炉である。フルMOXについては、唯一フランスで小規模の研究炉がデータを取得し、その安全性を検証しようとしている段階であるにも拘わらず、被告電源開発は実験炉、実証炉による検証もなく、そのデータが不十分なままで、巨大かつ危険な実験を試みようとしている。
 日本で計画され、一部実施が開始されている「プルサーマル」は、最大で炉心の3分の1までの燃料をMOX燃料に置き換えるものである。プルトニウムを原発で燃やすことはMOX燃料がウラン燃料とその物理的・化学的特性を大きく異にしていることから炉心の特性を大きく変える。
 プルサーマルにおいてさえ、MOX燃料の使用経験は実証的には十分と言えない。現段階で、国は大間原発にフルMOX稼働を求めた。そして、原発の運転経験を持たない被告電源開発がこれを引き受けた。核兵器の材料であるプルトニウムの保有を許されないことが国際的に義務付けられている日本の「国策原発」であることは余りにも明らかである。
 MOX燃料を普通の原発で燃やすことは、融点の低下、熱伝導度の低下、制御棒価値の減少、炉心内での出力のかたより等々、原発の運転に危険な要素を新たに付け加えることになる。そして、最悪の場合は、ウラン燃料だけを使用していた原発では避けられたようなケースでも、MOX燃料を装荷していたために深刻な事故に至ることが十分考えられる。
 例えば、燃料ペレットの中では、プルトニウム濃度の高い数十ミクロン程度のかたまりが不均質に存在する。プルトニウムの含有量が多いかたまりでは局所的に燃焼度が高くなり、出力分布に局所的な変化が生じる。さらに、出力異常などが起こったときに、燃料ペレット表面近くにプルトニウムのかたまりがあると、被覆管が破損し燃料が粉々に壊れる恐れがある。このように、MOX燃料を普通の原発で燃やすことによって、原子炉の不安定さも増すため、チェルノブイリ原発事故のような巨大な事故の可能性も高くなることが明らかなのである。

2 新耐震審査指針以降、初めての原発設置許可(巨大な活断層・地震を考慮せず)

 2006年9月19日、「発電用原子炉施設に関する耐震設計指針」が改定された(新指針)。 以降、既設の原発54基については新指針に基づく耐震安全性再評価(バックチェック)が実施され、各電力会社は旧指針の「限界地震動」(S2)の1.2倍から1.98倍の新指針に基づく基準地震動(Ss)を設定した。
 このSsの設定に当たって特徴的なことは、他の施設に比して何故か青森県下北半島地域の3つの施設(大間原発、東通原発、六ヶ所村核燃サイクル施設)だけは、全国の最小値450ガルが設定されている。
 大間原発は新指針が出される2年半前(2004年3月)に設置許可申請をしていたが、新指針策定後、初めての安全審査の対象となった。そして、経済産業大臣は2008年4月23日、本件許可処分を出した。
 この間、2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震(M6.8)は、柏崎刈羽原子力発電所に甚大な被害をもたらした。この被害の重大さに驚いた原子力安全・保安院は東京電力にこの被害状況を勘案した柏崎刈羽原発のSsの見直しを指示した。
 柏崎刈羽原発1号機においては、従前設定されていたS2の450ガルを遥かに超える1699ガルが観測されたことから、この地震後東京電力は同原発のSsをS2(450ガル)の5倍を超える2300ガルと修正した。
 しかし、なぜか大間原発は全国最小値である450ガルを見直しすることはなかった(なお、中越沖地震を踏まえた耐震バックチェックは全国の電力会社に指示されたが、ほぼSsは従前の設定値に止まったままである)。
 大間原発の安全審査においては、新指針に基づく検討がなされたが、実際に本件原発施設に最も影響を与えると評価された活断層は極めて小さなもの(近海海底長さ3.4km)であり、当然ながら想定された地震動はSs450ガルで十分と判断された。
 しかしながら、2008年11月および2009年10月、日本活断層学会で、いずれも変動地形学者である渡辺満久教授(東洋大学)、中田高教授(広島工業大学(当時))、鈴木康弘教授(名古屋大学)らは、下北半島西北部の詳細な調査データをもとに、下北半島大間崎沖から南方向に延びる50kmの活断層と、東北東方向に延びる約45kmの2本の巨大な活断層が存在する可能性が大きく、この付近の地形を見ると過去にM7クラスの地震が2度発生していると発表した。
 この大間原発近海の活断層の存在は、本件設置許可処分後に指摘・発表されたことから、原子力安全・保安院は直ちに被告電源開発に調査を命じたが、未だこれを明確に否定する調査結果は得られていない。


中田高教授らが存在を指摘する海底活断層
(地質・地盤に関する安全審査の手引き検討委員会第10回配布資料所収の図に加筆)

3 日本で初めて火山帯のど真ん中に

 大間原発の敷地は、青森県側で15~28kmの範囲に3つ火山(恐山等)、北海道側にも北側約26?39kmの範囲に2つの火山(恵山等)が存在し、かつ敷地内には、現に溶岩の貫入や火山堆積物が厚く堆積している。また、周辺の段丘堆積物の中には厚さ20cmにも及ぶ洞爺火山灰が堆積しており、過去に何度も周辺火山活動の強い影響を受けていた地域であることが明らかである。
 日本には、現在合計54基の商業発電用の原子力発電所が稼働しているが、本件大間原発のように、火山帯のど真ん中に建設された原子力発電所はこれまでになかった(九州電力・川内原発は桜島から50km、霧島連山の新燃岳から65kmの位置にある)。
 しかも、国は、地震以上に事前に予知することもその規模を想定することも困難な火山の爆発現象が原発に与える影響について、なんら定量的な科学的根拠を示して安全性を確認する審査基準を定立することなく現在にいたっている。即ち、火山に関する審査基準・指針が存在しないのである。
 伊方原発訴訟の最高裁判決は、原発設置許可が争われる場合に事業者に要求される立証の対象および立証の程度について、(イ)安全審査に用いられた審査基準(安全審査指針類)に不合理な点がないこと、(ロ)当該原発についてこれら指針類の要求事項に適合した安全確保対策が講じられていることが安全審査で確認されていること(審査基準適合性)、との2点について、相当の根拠を示し、必要な資料を提出したうえで立証する必要があるとした。火山による原発の安全性への影響は、極めて重大であるにもかかわらず、そもそも、国はその審査基準すら定めていない。そして本件原発は火山帯のど真ん中に建設されようとしている。大間原発の建設が許されて良いはずはない。

4 道南の中核都市函館・道南が廃墟に

 京都大学原子炉実験所の小出裕章氏は、フルMOX運転時の大間原発における事故災害評価を行なった。それによれば、フルMOX原子炉は超ウラン元素の炉内蓄積量が多く、大間原発は1年間の稼動で、広島型原爆の約1250倍の死の灰を蓄積すると計算される。そして、チェルノブイリ級の事故が起きれば、蓄積されたその死の灰の70%が放出される。
 何の遮蔽物もない対岸には38万人余を抱える函館・道南市民が暮らしており、風向き、風速によっては事故後20数分で死の灰は到達する。
 数万人が急性死し、すべての住民はやがてがんなどで死亡し、函館市周辺は廃墟と化する。試算によればその風向きによっては、東京周辺、青森、そして札幌周辺にも死の灰は飛散し、多数のがん死が広範囲に分布すると予測されている。
 日常的な運転による毎秒91トンもの温排水流出(石狩川年間平均流量の7割相当)による海の生態系の深刻な被害、小さな事故によっても生じる漁業、農業、観光への「風評被害」に加えて、本件原発の近郊に住む私たちは地震が起こるたびに死の恐怖を持って生き続けなければならない。重大事故がこの地域にもたらす被害は「深刻」と評価するには足りない程に甚大にすぎると言わなければならない。

大間原発訴訟の特徴と現段階

 大間原発訴訟が被告国、電源開発に対して問う主な点は、本件原発の特徴として挙げられる上記の4つとなるであろうが、「大間マグロ」「戸井マグロ」を原告にしていることや、設置許可処分の取消請求(行政訴訟)に加えて、国に対する慰謝料請求(国家賠償)、被告電源開発に対する建設、運転差止請求と慰謝料請求という4つの「フル請求」訴訟として提訴されたことがこれまでの原発訴訟にはない特徴であろう。
 クリスマス・イブの2010年12月24日に指定された第1回口頭弁論前後には、被告国、電源開発から「移送申立」「弁論分離の上申」等、訴訟の入り口から激しい抵抗があった。全件青森地裁へ移送される危険性を回避するために、残念ながら行政訴訟の取下げをしたが、国家賠償を残すことにより、国の「許可処分」の違法を断罪するテーマはそのまま残された。
 弁護団は、これまで多くの原発訴訟に関わって来た東京在住の7名に加えて、地元函館からは10名の弁護士が参加した。私を除き、若き新進気鋭の弁護士らが国の原子力行政、エネルギー政策の誤りを正すという大きな課題に取り組むことになった。今年5月19日、奇しくも熊谷あさ子さんの命日が第2回口頭弁論期日に指定されている。
 これまでの数多くの原発訴訟において集積さて来た成果に学び、全国の先輩訴訟の諸氏の知見とご協力を頂きながら「最後まで絶対に勝ち抜く」訴訟活動を展開していきたいと考えている。是非とも多く方々のご支援を。

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