原子力小委員会革新炉ワーキンググループの中間とりまとめを批判する
『原子力資料情報室通信』第581号(2022/11/1)より
8月24日、岸田文雄首相肝いりの会議体である GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議 の第二回会合で岸田首相は、原子力政策について、 次世代革新炉の開発・建設、既設炉の再稼働、寿命 延長、再処理・廃炉・最終処分のプロセス加速化と いう4つのテーマについて検討するよう、経済産業 省や与党に指示している。これまで政府は原子力を クリーンとはしてきたが、グリーンでくくったのは 初めてだと思われる。また、特に次世代革新炉の開 発建設や原発の寿命延長は、原発依存度低減や、安 全最優先の原発利用といった、福島第一原発事故後 の原子力利用の在り方とは大きく異なる。
検討指示を受けた経産省は諮問機関である原子力小委員会(以下、原子力小委)及び革新炉ワーキン ググループ(以下、革新炉WG)に、この課題を投 げかけた。私はこの2つの審議会に参加して脱原発 の観点から発言している。今年委員に就任して、これまで原子力小委は24回~32回まで計9回、革新 炉WGは計4回開催された。事務局は経済産業省資源エネルギー庁原子力政策 課が担当しており、多くの審議会同様、委員長や委 員の選任・議題選定・ほとんどの資料作成まで事務 局が一手に握っている。その結果、脱原発の観点か ら発言しているのは原子力小委では委員18名・専門委員3名中、2名、革新炉WGに至っては委員10名・ 専門委員3名中、私のみという委員構成で議論が進んでいる。国民世論を二分するどころか、圧倒的多 数が将来の脱原発を望むなかで、原子力推進派ばか りで議論を進めていることに、常に大きな違和感を 覚えながら議論に参加している。
原子力小委・革新炉WGで事務局は、原子力の「良かったところ探し」に懸命になっている。その象徴的な資料が、6月30日の28回原子力小委に提出されたので紹介しておきたい。この資料では、日本原子力文化財団が毎年行ってい る原子力に関する世論調査の傾向を紹介している。要約文では「近年、『即時廃止』は減少。『増加』や『維持』 は大きな変化はない。」「若年層ほど『増加』や『維持』が多く、高齢層ほど『徐々に廃止』や『即時廃止』が 多い。」と紹介されているが、ここで大きな欠落があることに気が付く。経年変化・年代別ともに最も比率が多い「徐々に廃止」を全く無視しているのだ。良かったところだけを探して、見たくないものは見ない、という経産省の姿勢を浮き彫りにしていると言えるだろう。
図 1 28回原子力小委資料3
◆◆革新炉WG中間論点整理
経済産業省は7月29日、4回革新炉WGで、8月 25日には30回原子力小委で中間論点整理を報告、 委員の多くは整理に賛意を示した。ここで注目した いのは、革新炉WGの中間論点整理である「カーボ ンニュートラルやエネルギー安全保障の実現に向け た革新炉開発の技術ロードマップ(骨子案)」、そして、「革新炉」の開発・建設スケジュールが明記された別 添資料「導入に向けた技術ロードマップ」だ。
岸田首相は「次世代革新炉」の開発・建設を指示したが、GX実行会議に提出された資料に「次世代 革新炉」が何かは示されていない。だが、革新炉 WGの中間論点整理では、革新軽水炉、小型軽水炉、 高速炉、高温ガス炉、核融合炉の5つの炉型を次世 代革新炉として提示している。これがGX実行会議 で「次世代革新炉」と表現されたものだと思われる。 「導入に向けた技術ロードマップ」ではこの5つの炉 型それぞれの開発スケジュール、建設開始、運転開 始時期を具体的に示している(表1)。
表1 次世代革新炉の概要と経済産業省の導入見込み
革新炉WGは4回議論が行われたが、その間、次 世代革新炉がこの5つの炉型になるということ自体 議論されていない。またスケジュールについても具 体的な議論は何ら行われておらず、突然、事務局で ある経産省が提示してきたものだった。
この文書の位置づけについて、事務局に確認したと ころ、「政府の方向性をこれをもって定めるですとか、 従って今回でこれを取りまとめとして行いパブリックコメントに掛けるというものではございません」「ひととおり議論、議題として設定させていただいた議題が一巡を一旦いたしましたので、その段階での皆さまからいただいたご意見の中間的なあくまで整理」との回答 があった。筆者はこの中間論点整理に対して、4回革 新炉WGで意見書を提出している。しかしわずか1回 の議論で、一言の修正もなく、原子力小委員会に報告された。原発新設という新たな方針を打ち出した文書 にしてはあまりに強引な会議の進め方だと言える。GX実行会議の首相指示では、これまでほとんど 使われていなかった「革新炉」という表現が用いられている。唐突な首相指示は、革新炉WGの整理を 前提にしたとしか考えられない。
◆◆革新軽水炉
スケジュールを見れば明らかなとおり、次世代革新 炉の本命は「革新軽水炉」である。2030年代前半に は建設が開始され2030年代半ばには運転開始すると されている。では、この革新軽水炉とは何か。中間論 点整理を確認すると、「自然災害、航空機衝突といった外部ハザードへの対応強化」「自然法則を安全機能 に採用した受動的安全炉」「重大事故時も環境影響を防ぐコアキャッチャーや、放射性希ガスの分離・貯留 設備等の緊急時の避難や土地汚染を防止する対策も 可能」という点にあるようだ。しかし、このような機 能の大半は現在、中国で稼働、欧州・米国で建設中 のEPR(欧州加圧水型炉)やAP1000と呼ばれるタイ プの原子炉にも導入されたということになっている。
原子炉はよく世代で分類される。米国が提唱し、 日本も参加する「第4世代原子力システム国際フォー ラム(GIF)」の分類では、上述のような機能をもっ た軽水炉は「第3世代原子炉」や「第3世代+原子炉」 に該当する。筆者が革新軽水炉の革新性について経 産省に質問したところ、こんな回答が返ってきた。「(GIFの分類では)直近のBWRの発展系と同じよう にカテゴライズをされるような向きもございます。 そういう意味でいうと、革新軽水炉は革新性がない というようなご意見も拝見いたしますが(中略)新 たな安全メカニズムが組み込まれている(中略)次 世代革新軽水炉という形で評価」できる。要するに、 国際的には現行世代だと区分されるが、若干機能が 追加されているから国内向けには「次世代革新炉」とカテゴライズするということだ。「革新」とか「次 世代」と呼ぶと抜本的に改善されたかのようにみえ るが、これは単なる宣伝文句に過ぎない。
◆◆小型軽水炉
その他の炉についても、例えば小型軽水炉につい ては、すでに1982年に原子力委員会が改訂した原 子力長期計画で「中小型軽水炉の利用を含め、条件 によっては比較的早期に実現する可能性があり、所 要の調査等を経て民間主導の下で進められるべきもの」と整理されていた。以来40年、小型軽水炉が建設されることはなかった。当然だ。原発立地には非 常に時間を要する。だから立地した地点に小型軽水 炉を設置するメリットはよほど安価に建設できるの でなければ、原子力事業者には存在しない。
海外向け需要はどうだろうか。送電網が整備されていない途上国や、今後廃止される火力発電所の代 替などが、よく話に上る。しかし、原子力は廃止も 考えれば100年にわたる事業である。その間、特に 途上国が安全に原子力を維持できるのか。よくよく 検討されなければならない。また、火力発電所の代 替としての小型原子炉についても、結局はコストの 問題が出てくる。例えば、小型軽水炉の発電コスト は将来的には$60/MWh(1ドル145円の場合、8.7 円/kWh)になると推定されている。しかしながら、蓄電池付きの大規模太陽光は$45/MWh、風力は $30/MWhとされている現状を鑑みれば、もはや小 型軽水炉の出番は海外においても存在しない。
◆◆高温ガス炉
GIFが第4世代と分類している高温ガス炉もそう だ。高温ガス炉は軽水炉に比べて高温を取り出すこ とができるので、水素ガスの生成に利用できる。この点をつかって、来るべき水素社会に高温ガス炉は 役に立つのだということが謳われている。しかし本 当にそうだろうか。
革新炉WG第1回(4月20日)の資料によれば、高 温ガス炉1基あたりの水素製造量は、コジェネ(発電と 水素製造を併用)の場合7~9億N㎥/年、水素製造 プラントとした場合、~28万N㎥/時(単純に年に換算 すると24.5億N㎥/年)とされている。一方で、2050 年の水素需要は2000億N㎥/年、水素製鉄に必要な 水素量は高炉1基あたり27.2億N㎥/年とされている。
つまり、水素需要2000億N㎥/年に対して、高温 ガス炉1基の寄与度は水素製造プラントとした場合 でも約1%、コジェネの場合は0.3~0.4%に過ぎな い。1基あたりの高温ガス炉の寄与度は極めて限定 的だ。高炉1基に必要な水素量でも、水素製造プラ ントとして使った場合でも1基では若干不足、コジェ ネの場合は3基以上必要になる。国内に現在24基あ る高炉は2050年までにほとんどなくなるとみられ ているが、需要はあるのか。また需要があっても高 温ガス炉を一体どこに建設するのだろうか。
水素という観点以外にも、高温ガス炉の建設費・ 運転費・また特殊な燃料を使うのは、燃料サイクル のコストなどを考えたときに、他の水素製造方式と 比べて、経済的に成立しうるか、きわめて疑問だ。高温ガス炉に過剰な期待を持つ/持たせることは、 国の産業政策自体に悪影響を及ぼしかねない。
◆◆高速炉
革新炉WG中間論点整理では高速炉について、循環型エネルギーへの挑戦という項目で、「核燃料サイク ルの効果を更に高める高速炉サイクルでは、高レベル 放射性廃棄物から潜在的有害度の高いプルトニウムや マイナーアクチノイドを抽出して燃料として再利用する ことで、潜在的有害度を自然界並に低減する期間を 10万年から300年に短縮することが可能。放射性廃 棄物の発生量も1/7、必要な放射性廃棄物の処分場の 面積も1/10に低減」できると称している。だが、そもそもこの前提として「高速炉再処理」が必要だ。しかし、 国策としての高速炉再処理サイクル路線は、「もんじゅ」 開発中止に伴い事実上消滅した。再処理工場について は、軽水炉燃料用の六ヶ所再処理工場の建設は遅れ に遅れている。高速炉再処理用の工場は新設となり、 高速炉燃料用の技術開発と多額の建設費が必要とな る。つまり、有害度や廃棄物の低減は理論的には可能 だが、現実には、分離も燃料製造もできていない。
◆◆司令塔機能・事業環境整備
革新炉WG中間論点整理では「開発プロジェクト マネジメント強化のため、ステークホルダーと能動 的に調整を行いつつ、システム全体を一貫性をもって管理する、研究開発プロジェクトの『へそ』となる機能(司令塔)を創設」する方針が示された。しかし、革新炉開発がこれまで失敗してきたのはそう いう問題だろうか。切実なニーズを持ったエンドユー ザーが存在しないからこそ失敗してきたのではない か。そういう意味では、大型軽水炉以外のニーズは そもそも存在しないだろう。
一方、原子力事業はビジネスとしての予見性低下が課 題になっており、事業者が原子力に投資できるよう事業 環境整備が必要だとも整理されている。要するに、事 業者が原子力に投資できるよう、国または電力消費者 がコストを負担する仕組みを導入したいということだ。
原子力は安価だというのであれば、事業者が負担 すればよいし、事業者が負担しきれないリスクがあるのであれば、それはあきらめるしかないというの が普通のビジネスの常識だ。そこに国が介在してあえて国民負担で高い電源を導入しようとしている。
革新炉WGも原子力小委もGX実行会議もそうだ が、総じて国民不在のまま議論が展開されている。 由々しき事態だ。
(松久保 肇)