合意なき海洋放出を断念し、固化処理へと方針転換すべきだ

『原子力資料情報室通信』第578号(2022/8/1)より

東京電力HDは2021年11月17日にALPS処理水の海洋放出に係る放射線影響評価報告書を公表し、1ヶ月間のパブコメを実施した。東電がパブコメを行うことは珍しいことだった。しかし、パブコメ結果を公表することなく、12月21日に原子力規制委員会に海洋放出関連設備の許可申請を行った。正式には、福島第一原子力発電所特定原子力施設に係る実施計画の変更申請だ。この中で東電は先の放射線影響評価を改定している。

 なお、東電のパブコメ結果は2022年5月31日に最終版が公表された。136件が記載されているが、代表的な質問を記載し、趣旨に合わない意見はカットしたとしているので、応募意見総数は不明だ。東電はパブコメを受けて、4月28日に許可申請の変更をおこなった。この日はパブコメ結果の最初の発表日でもあった。規制庁ではALPS処理水審査会合において議論され、審査書案が2022年5月17日にまとまり、6月17日までパブコメが実施された。その結果はまだまとめられていない※。ここでは、後者のパブコメへの意見書を中心に問題点をまとめた。

※記事は7月20日時点。その後、7月22日の第25回原子力規制委員会で、パブコメの結果が公表された。

 

海洋環境を放射能で汚すべきでない

 海洋環境の放射能汚染はどう考えても理に反する。海洋環境の保護は「廃棄物その他の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(通称、ロンドン条約1972年、日本は1980年に締結)に謳われている。沿岸からの放出は投棄の定義に含まれていないが、前文には「海洋環境及び海洋環境によって維持される生物が人類にとって極めて重要である」との認識を示し、「海洋汚染が投棄並びに大気、河川、河口、排水口およびパイプラインを通ずる排出など多くの原因から生じること、並びに諸国がそのような海洋汚染を防止するための実行可能な最善の手段を講じる」ことを求めている。海洋放出を避ける他の方法(例えば、固化処分)があるのだから、そちらを採用するべきだと考える。そして固化処分は浅地中処分と深地中処分の2ケースがトリチウム水タスクフォースでも検討されたものだ。

 

漁民の合意のないままに許可する?

 小早川智明東電社長が野崎哲福島県漁業協同組合連合会会長に送った文書の中に「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と明記されている(2015年8月25日付)。さらに同様の文書確認が宮沢洋一経産大臣(当時)との間で行われ、JF全漁連との間でも交わされている。22年6月23日JF全漁連の通常総会で「ALPS処理水海洋放出の方針に関する政府回答の確実な遵守を求める特別決議」を採択し、同月27日に坂本雅信JF全漁連会長は経産省と農林水産省を訪れて萩生田光一大臣ならびに金子原二郎大臣への要請行動を行った。 規制委は12年11月7日に福島第一原発に対して「措置を講ずべき事項」を決定している。その「VII.実施計画の実施に関する理解促進」において「地元住民や地元自治体をはじめ広く一般に説明や広報・情報公開を行い、その理解促進に努める」ことを求めている。15年の文書から7年が経過しているが、いまだに理解が得られていない。にもかかわらず審査書案は「適切な取り組みがなされ」ており、講ずべき事項を「満たしている」としている。もともと東電は事故を起こした当事者であり、汚染水の海洋放出に関しては国の責任で決めてほしいと考えていた。海洋放出の閣議決定(21年4月)もその流れにある。通りいっぺんと推察される東電の努力に対して、理解が得られてなくてもよしとする審査はあまりにも形式的で、審査とは言えない。すくなくとも海洋放出に対して関係者の理解が得られたことを確認してから許可を出すべきだ。

 

放出設備と計画

 東電が規制委に提出した申請書によれば、5号機側に角形の穴を掘り、そこからトンネルボーリングマシンを使って沖合1kmまで海底を掘り進み、放出口を設置する。タンクは既存タンク10群を1バッチとして、3バッチを放出のために使用するタンク群として、バッチごとにタンク内で撹拌しさらに10タンクを繋いで撹拌することで均質化し、トリチウム量などを測定して、希釈量=海水流量を計算する。海水は5号機の取水口から取り入れ、海水が流れる配管に処理水を注入する。処理水と海水は管内で混合し、次に放水立坑でさらに混合される。1バッチの放出には約2ヶ月をかけるという。

 

海洋放出は約30年つづく

 申請書によれば、海洋放出が終了するのは2051年としている。これは福島廃炉の終了時期と合わせている。もっとも、廃炉が建屋の解体までなのか、放射性廃棄物のどの状態を意味するのかは明瞭ではない。トリチウムや他の63核種の放出総量は示されていない。これは汚染水の発生期間に依存していると考えられる。中長期ロードマップ(2019年5訂版) では2025年には汚染水発生量を平均日量100m3に抑えたいとの方針が示されている。20年の平均日量は140m3。25年で発生が終わるとは書かれていないが、その後の発生量の減少についてもなんら言及がない。

 ここで新たな疑問が生じる。遮水凍土壁は機能し続けるのか?設置当時、東電は7年間の利用を想定していた。完成して機能を始めたのが2016年だったから、23年には想定期間に達する。すでに凍結管からの冷媒漏れが2度発生している。従って、これからはトラブルが多発していくのではないか。機器類の交換で対応するのだろうが、汚染水発生量が増加する恐れもある。汚染水の増加が続く限り、それに含まれる放射性物質の量も増えることになる。

 

64核種以外にも放射性物質がある

 これまで汚染水にはトリチウム以外に62核種があると説明されてきた。その後、炭素14が取り除けてなかったと追加した。もともと、多核種除去設備は放射性物質の排水中の基準値をベースにその100分の1以上含まれている放射性物質を取り除くことを目的として設計されていた(取り除くと言っても100%は取れない)からそれら以外の核種が含まれているのは当然だ。規制委の審査の中ではこれが問題となり、どのような核種があるのか調べておくことが東電の宿題となっているが、いまだに公表していない。問題となるのは、半減期の長い核種である。量的には少ないとしても、約30年の放出による積算となる。それらは環境中に長くとどまり、海洋環境の放射能汚染の元凶となりうるからだ。半減期の長い核種とその半減期を( )内に列記すると、炭素14(5,700年)、ヨウ素129(1,600万年)、テクネチウム99(21万年)、スズ126(23万年)、セシウム135(230万年)、プルトニウム239(24,000年)、プルトニウム240(6,600年)、アメリシウム241(430年)、アメリシウム242m(140年)、アメリシウム243(7,400年)。64核種以外で考えられるのは、セレン79(65,000年)、ジルコニウム93(150万年)、モリブデン93(3,500年)、パラジウム107(700万年)、ネプツニウム237(210万年)、ウラン235(7億年)、ウラン236(2,300万年)、ウラン238(45億年)などである。アルファ線を放出する核種はさらに娘核種へと崩壊していくことになる。

 

拡散計算の問題点

 海洋中での放射性核種の拡散にROMSという計算式を使用している。近海では海に箱を想定(200m四方で高さは深さを30層に分ける)し、そこに放射性物質が入ると瞬時に均一化し、次の箱へと拡散すると再び瞬時に均一化する形で拡散していく。海底については「海水と海底土等が平衡状態になり、それ以上吸着が起こらない状態を模擬している」と説明している。被ばく線量の計算においては海水と海底堆積物の分配係数を使用している。例えば、海水中のプルトニウム239が1Bq/lとすれば海底堆積物は50万Bq/kgとなる。3つのタンク群(それぞれ10タンクを1群としている)についてそれぞれ単年度の放出量とそれによる被ばく線量しか出していない。

 海水中の浮遊粒子に放射性物質が付着し、比較的大きな粒子は沈澱して海底に蓄積されることになる。一部は再浮遊するかもしれないが、全てが再浮遊するわけではない。従って、30年にわたる放出による海底への蓄積を評価するべきである。

 

(伴 英幸)

 

 

 

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