2014年8月17日付政府広報「放射線についての正しい知識を。」に抗議する
2014年8月17日付政府広報「放射線についての正しい知識を。」に抗議する
2014年8月21日
NPO法人 原子力資料情報室
復興庁、内閣官房、外務省と環境省は8月17日、全国紙各紙と福島の県紙に「放射線についての正しい知識を。」と大書した政府広報を全1面を使って掲載した。“福島県から避難されている方々を対象に、放射線に関する勉強会を開催し、放射線に関する様々な科学的データや放射線量による健康影響などについて専門家からご講演をいただ”いたというもので、中川恵一氏(東京大学医学部付属病院放射線科准教授)とレティ・キース・チェム氏(国際原子力機関保健部長)の講演内容の一部が掲載されている。
中川氏は、まず、福島県の中学校で将来生まれてくる子供に影響があると思っていた女子生徒が56%もいたという話や、鼻血の話をしたあと、100ミリシーベルト以下ではがんの増加は確認されていないので、福島で被ばくによるがんは増えないという。そして、わずかな被ばくを恐れることで、運動不足などにより、生活習慣が悪化し、かえって発がんリスクを高めることは避けなければならないと主張している。
レティ氏は、自然放射線の存在と、X線検査やがんの治療で放射線が使われていることを強調し、原発事故が発生した地域で住み続ける人の被ばく限度は、基準値である年間20ミリシーベルトと主張している。
明言はされていないが、福島県から避難している方々にこのようなことを講演する背景には、100ミリシーベルト以下の被ばくは健康影響がないと説得し、福島に帰還することを促すためと考えられる。
しかし、このような講演者の言葉を「政府広報」として載せるのは、「個人が言ったことをそのまま載せたので政府に責任はない」では済まされないことである。
これに対し、私たちは以下の理由で抗議する。
“リスク・コミュニケーション”は、リスクに関する情報をできるだけ公平に説明し、個人がリスクとベネフィットを判断して行動を選択できるようサポートするものであるべきだ。その判断は説明者が押し付けるものでなく、個人がするものだ。
低線量被ばくリスクに関する情報には、原爆被爆者の調査だけでなく、CT検査のがん影響、自然放射線のがん影響など、数多くの報告がなされている。それらをまったく無視して「100ミリシーベルト以下の被ばくではがんが増加しないことを証明するのは、「福島にパンダはいないことを証明する」ことと同じほど困難」とするのは、不誠実な態度である。また、ベネフィットに関しては、医療行為に使う放射線は被ばくを受ける個人に利益が発生するものだが、原発事故による環境汚染由来の被ばくは、個人が受けるベネフィットはない。選べる前者と、押し付けられる後者の被ばくは比較できない。対立する意見があればそれに言及した上で、リスクとベネフィットの幅広いデータを公平に示し、個人が納得して判断できるようサポートするべきと考える。
被ばくを恐れて運動不足になるとがんリスクが増えるというのは、脅しのようなロジックで使うべきでない。
発がんリスクは、被ばくによるものだけでなく、タバコや肥満や化学物質などによる暴露もある。それらは積算されるため、避けられるリスクは避けた方が良い。福島から避難されている方々は、被ばくを避けるためだけでなく、被ばくを恐れ運動不足になるような生活の制限がない環境をもとめて、避難を決断されたのだと思う。その方たちに対して、上記のような発言は不適切であるし、福島県に住む方々に対しては、解の無い問いを突き付けるようなものだ。政府がするべきなのは、被ばくも運動不足も避けられる避難や移住の選択肢を示し、支援をすることのはずだ。
一般公衆の被ばく限度は年間1ミリシーベルトだが、これは被ばくによるがん死の増加を考慮した上で定められた限度だ。原発事故が発生した地域では一定期間は年間20ミリシーベルトの容認はやむを得ないとICRPは主張している。しかし、事故が起こればなぜ基準が引き上げられるのか、市民が納得する理由を聞いたことがない。
除染の基準も、あいまいに揺れながら長期的には年間1ミリシーベルトを目指すとしている。政府はいつまでにそれを目指すのかをはっきりさせるべきだ。100ミリシーベルト以下で安全というなら、何故年間1ミリシーベルトを目指すのか? 政府は事故後、矛盾にあふれた対応をとってきた。だから、市民は政府からの情報を信用できないのではないか。
いわゆる低線量被ばくの人体影響については、原爆被爆者、原子力施設労働者、医療被ばく等々の調査の結果として、時に互いに矛盾する研究の成果がある。さまざまな貴重な研究成果があるとはいえ、なおわかっていないことが多い。そのなかで何らかの判断をせざるを得ないことこそが、科学的に正しく説明されるべきである。
よって、政府には、以下の対応を求める。
できるだけ被ばくを避けるべきだという基本をきちんと伝えること。
避難や移住についての個人の選択を支えるシステムをつくること。
受けてしまった被ばくへの恐れや悲しみを否定するのでなく、寄り添って心を支える仕組みをつくること。
(以上)