南オーストラリアは世界の核のゴミを受け入れるのか
フィリップ・ワイト(FoEアデレード、元原子力資料情報室国際担当)
多くの日本人にとってオーストラリアといえば、広大な土地、めずらしい動物とBSEに感染していない牛といったところだろう。観光名所はシドニーのオペラハウスや巨大な赤い石。Uluruというのだが、エアーズロックとも呼ばれているものだ。
あまり知られていないが、オーストラリアには一部の人にとってもっと魅力的なものがある。例えば石炭だ。オーストラリアは世界第2位の石炭輸出国で日本はその最大の輸入国だ。経済規模で言えばウランとは全く比べ物にならない。ウランの輸出は、2013~14年のオーストラリアの総輸出の0.2%にも満たない(石炭が総輸出に占める割合は約12%)。それでも2013年、オーストラリアは世界第三位のウラン生産国だった。福島第一原発事故前は日本のウラン輸入に占めるオーストラリア産の割合は20%だった。日本政府は、今後もエネルギー資源として石炭とウランを優先すると決定しているので、オーストラリアは非常に重要な国だと言える。
ところで、日本や諸外国にとってオーストラリアをもっと興味深い国にするアイデアをもった人々がいる。特に、世界一のウラン埋蔵量を誇るオリンピック・ダム鉱山がある南オーストラリア州の人々は、核燃料サイクルに深くかかわることでもっとお金を生み出そうと考えている。
彼らは、州首相のジェイ・ウェザーリルをなんとか説得して、核燃料サイクル王立委員会1)を設立させることに成功した。これは今年の2月8日に突然発表され、委員会への委託内容は3月19日に公表された。
王立委員会委員への専門家助言委員会のメンバーは4月17日に発表された。専門家助言委員会の委員は5名で、3名は熱心な原子力推進派、1名は有名な原子力批判派で元オーストラリア環境保護基金理事長のイアン・ロウ(グリフィス大学名誉教授)、もうひとりは原子力についての態度がよくわからない人物が就任した。なお、ロウ教授は「すでに原子力の拡大についてはいくつかの調査が行なわれているから」王立委員会は時間の無駄だと考えている。
この委員会に課された検討課題は4点だ。
1. 放射性物質を含む鉱物の探鉱、採掘、選鉱の現状からの拡大可能性
2. 天然ウランの転換、ウラン濃縮、燃料加工、再処理を含む核物質の処理可能性
3. 原子力発電所の建設及び運転可能性
4. 南オーストラリア州での放射性廃棄物の管理・保管・処分施設の設置可能性
ウェザーリル州首相は当初から、原子力発電所の建設は「ほとんどありえない」としていた。現在のオーストラリア連邦政府は原子力発電所に反対していないが、1990年代末にオーストラリア国内での原子力発電所建設を禁じる国の法律が制定されている。おそらく、この州では発電の30%は風力で賄われていることや、最大需要が300万kWを少し上回るぐらいのこの州には、100万kW級の原子力発電所は大きすぎるということが、より重要な点としてあるのだろう。原子力信者はトリウム炉や小型原子炉(SMR)などの導入をイメージしているが、このような炉型は世界中でまだ実用化されたことがないし、原子力発電の経験のないこの国がエネルギーの将来を委ねるにはリスクが大きすぎる。
ウラン濃縮はオーストラリアのウランの価値を高める方法の1つとして長年、関心がもたれてきた。しかし、この産業は相当な課題に直面している。技術的困難性や核拡散の問題は別にしても、国際的なウラン濃縮市場はもうすでに飽和状態で、その状態がしばらくは続くと見られているからだ。ある人々は―そのなかには助言委員会のメンバーのジョン・カールソンも含まれる―核不拡散の観点から、オーストラリアは国際的なウラン濃縮センターになることを提案するべきだと主張して、オーストラリアがウラン濃縮を行なうことを正当化しようとしている。しかし、国際的なウラン濃縮能力の供給過剰状態が続く限り、そのような組織は存在し得ないし、そもそもそのような方法で核不拡散に貢献できるかどうかも疑問がある。
以上の理由から、王立委員会の真の目的は、1.ウラン鉱山の拡大と、4.核廃棄物処分だと推測できる。
2012年に鉱業会社のBHPビリトンは、経済的な理由からオリンピック・ダム鉱山の大規模拡張計画を無期限延期した。大規模ではない鉱山の拡張についてはまだ検討している。南オーストラリア州には他にもいくつかのウラン鉱山採掘計画がある。しかし、世界のウラン価格が低迷しているなか、大幅な拡張はありえないだろう。
核廃棄物処分についても、2000年に南オーストラリア州が医療用RI廃棄物と国内の研究炉(シドニーで現在も1基稼働している)の廃棄物処分場として狙われた際に制定された放射性廃棄物処分禁止法を覆さないといけない。当時は州政府も計画に反対したし、地元の先住民も強く反対した。
一方、オーストラリアが世界の使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物を受け入れるべきだという、より野心的な提案もある。その理由はオーストラリアが世界で最も地質的に安定している場所の1つであり、さらにウランを輸出してきた倫理的な責任があるというものだ。この提案は、1990年代にパンゲア・リソーシズという企業共同体2)が発展させたものだ。オーストラリアが高レベル放射性廃棄物を受け入れれば、原子力エネルギーを放射性廃棄物という足かせから解放できるというこの夢を、いまも原子力信者たちは抱き続けている。そうすることによって世界を気候変動から救い出すことができると思っているのだ。
このように主張している人々は、受け入れることになる放射性廃棄物が、オーストラリアがウランとして輸出した時の何百万倍もの強い放射能をもつことを無視している。輸出したのはウランであるのに、どうしてセシウムやストロンチウムやプルトニウムを受け入れるという道徳的な義務をオーストラリアが持つというのだろうか。そして、私たちや先住民族の人々が、ここでウランを採掘してほしくないといってきたことを、そして、その声を誰も尊重しなかったということも考慮していないのだ。
自分たちの州を世界の放射性廃棄物処分場として提案するということは、放射性廃棄物の処分場選定に苦労している日本などの多くの国々からの関心を高めることにはなるだろう。そして、オーストラリアはクリーンな国だという一般的なイメージは失われてしまうだろう。しかしこうした懸念は、世界を気候変動から救うのだと信じ込んでいる人たちと、砂漠の土地を利用して、すき間産業で金儲けしようとしている人たちにとっては、取るに足らないことのようだ。
日本とオーストラリアの間にはより深刻な問題がある。オーストラリアの原子力推進派は、3.11の原発事故で福島の人々が被った被害を軽視する非常に耳障りな発言を繰り返してきた。誰も放射線では死んでいないし、反原発運動がもたらした不必要な避難によって人が亡くなったり動物が餓死したりしたと非難している。原発反対派はこれらの発言に対して反対意見を言わなければならない。また、日本企業はオーストラリアのウランの探鉱・採掘に投資しているので、オーストラリアの原子力情勢のわずかな変化にも関心をよせていることは疑いの余地がない。昨年10月、専門家助言委員会委員のティモシー・ストーン氏は原発事業会社ホライゾン・ニュークリア・インダストリーの社外取締役に就任した(同社は2012年11月に日立が買収)。ストーン氏は以前、英エネルギー・気候変動省原子力開発局の専門家委員会の座長もしていた人物だ。
王立委員会は日本、フィンランド、英国やその他の国々を「原子力産業がどのように運営されているかを検証するために」訪問する予定だ(日程はまだ発表されていない)。FoEアレデードは、王立委員会は産業界や政府当局者だけと会うのではなく、これらの国の反原発派とも会うべきだと要求した。王立委員会がこの要求に前向きな姿勢をとっている。もし彼らが反原発派との面会に同意したとすれば、日本や他の国々の脱原発運動の人々が与えるアドバイスはとても意味あることとなるだろう。
王立委員会は論点書を以下のウェブサイトに掲載している。
http://nuclearrc.sa.gov.au/
http://nuclearrc.sa.gov.au/our-reports/
これらの文書への意見応募は7月24日に締め切られる。世界中の原子力批判派は個人でも組織でも、是非、意見を応募してほしい。
(翻訳:松久保 肇)
1)行政府の要望にもとづき、州総督(女王名代)が設置する調査委員会。
2)英国核燃料会社(BNFL)、コンサルタント企業のゴルダ―・アソシエイツとスイスの放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)が設立。