高浜1・2号機の寿命延長問題 ―原子炉圧力容器のお粗末な監視試験方法―

『原子力資料情報室通信』第492号(2015/6/1)より

井野博満(原発老朽化問題研究会、東京大学名誉教授)

 

 関西電力4月30日、高浜1・2号機の20年の運転期間延長(60年運転)を原子力規制委員会に申請した。
 稼働延長には、特別な点検をおこない保守管理方針を策定しての保安規定変更と、新規制基準に対応した原子炉設置変更などの許認可を得なければならない。そのなかの重要な論点のひとつが、原子炉圧力容器の健全性である。中性子の照射により、圧力容器は脆くなっていく。その目安が「脆性遷移温度」だ。脆さが増すと脆性遷移温度は高くなり、原子炉事故時に注水される水の温度や圧力容器内面のき裂の大きさによっては圧力容器が破壊されてしまう。
 そこで圧力容器の材料と同じ鋼材の試験片を原子炉内に置き、ときどき取り出して脆性遷移温度の変化を調べている。それにより圧力容器そのものの脆性遷移温度を予測するのだが、正しく予測することができるのか。金属材料学の井野博満さんに、「原子炉構造材の監視試験方法」の問題点と、高浜1・2号機の原子炉圧力容器の健全性について解説いただいた。なお、この問題については、本誌482号にて、小岩昌宏さんにべつの観点から解説いただいている。合わせてお読みいただきたい。                            

 (松久保肇)

 

 原子力規制委員会は,「原子炉構造材の監視試験方法の技術評価に関する検討チーム」を今年の1月に発足させ(注1)、1月26日、2月24日、3月16日と3回の会合が開かれた。1月7日に示された規制委員会の方針(第1回検討チーム会合参考資料1-1)には、「……監視試験方法については平成27年3月を目途に技術評価書及び基準解釈文書案をとりまとめる。」とあり、3か月の審議で片づけるつもりだった。しかし、さまざまな議論が起こり、審議は4月以降も継続することになった。このように、多少なりとも慎重審議をせざるを得なくなったのは、原子力資料情報室が開いた院内集会1)や篠原孝衆議院議員の規制庁ヒアリングと規制委員会への質問書提出などで、筆者らの主張が伝わったことも影響していると思われる。

 

 (注1) 原子力発電施設に関する技術規格については,日本機械学会,日本原子力学会,日本電気協会の3学協会が制定したものを規制当局が技術評価した上で是認(エンドース)し,活用することになっている.

 

 この審議は、40年を超える老朽化原発の20年延長問題と密接に関係している。関西電力は、4月30日、高浜1号機・2号機の運転延長申請を規制委員会に提出した。そのなかの重要項目である原子炉圧力容器の健全性評価に、この検討チームの結論が影響する。これらの2基は、1974年と75年に運転開始された老朽化原発である。高浜1号機の圧力容器内に置かれた監視試験片の脆性遷移温度は2009年の取出しにおいて99℃に達し2)、この値は玄海1号機の98℃を超えて日本で最悪である。
 鉄鋼は、通常使われる温度では靱性(ねばり強さ)があり、大きく変形してから割れる(延性破壊)が、低温では脆くなって小さな力でいっきに割れてしまう(脆性破壊)。脆性破壊による事故例としては、タイタニック号での船体外板破断⇒沈没、米輸送船(リバティ船と称した)で多数生じた船体破断、神戸大地震での高速道路橋桁の破断などがある。タイタニック号では、事故後の調査で、脆性遷移温度が27℃という質の悪い鋼材が使われていたことが分かった。
 原子炉圧力容器の鋼材は、炉心からの中性子を浴びて組織が破壊され硬化し、脆性遷移温度が上昇してゆく。それにつれ、圧力容器は衝撃に弱くなってゆく。運転延長をおこなおうとする場合、圧力容器鋼板が緊急時に急冷される熱衝撃による破壊に耐えられるかどうか、審査を受けねばならない。その審査に必要となるのが鋼材の脆性遷移温度の予測であり、日本電気協会の技術規程「原子炉構造材の監視試験方法JEAC4201-2007」が使われている。
 「JEAC4201-2007」には、脆化予測の数表が示されていて、この予測値と実測された監視試験データとからこの先の脆性遷移温度の予測上限値を推定する。その温度を使って破壊靭性値(材料が、ひび割れの先端に働く力にどれだけ耐えられるかを示す量)を求め、加圧熱衝撃に圧力容器が耐えられるかどうかを判定する。その判定には、別の規程「原子炉発電用機器に対する破壊靭性の確認方法JEAC4206-2007」が使われる。
 さて、今回、規制委員会が検討をおこなって民間規格として採用しようとしているのは、JEAC4201-2007の[2013年追補版]である。実は、原子力安全・保安院時代の「高経年化技術評価に関する意見聴取会」(2011年11月-2012年8月)で、このJEAC4201-2007にケチがついた。この予測式では、玄海1号機監視試験の脆性遷移温度98℃を予測できなかったばかりか、そこで使われている反応速度式に単純な間違いがあることが指摘されたのである(注2)。意見聴取会では、この予測式でも工学的には問題ないという委員もいて、結論はお預けとなり、学協会の審議に委ねるということで議論が打ち切られた3-5)。

 

(注2)中性子照射を受けた鋼では、不純物の銅原子などが原子空孔を媒介として動き回り、クラスター(微細な集合体)を形成する。このクラスターが塑性変形を阻害し、鋼材を硬化させて脆性遷移温度を上昇させる。銅原子の動く速さを決めるのが拡散係数と呼ばれるものである。二つの銅原子が出会う頻度(反応速度)は、銅原子の数の2乗と動く速さ(拡散係数)の1乗に比例する。ちょっと考えると、双方の原子が動くから拡散係数の2乗に比例するように思えるがそうではない4-6)。ランダムウォーク(原子の動き方が無作為(ランダム)なこと。酔っ払いの歩き方に似ているので「酔歩」とも訳す)において出会う頻度は、一方の原子が動こうと動くまいと変わらず他方の原子の動きだけで決まる。この初歩的なことを、予測式をつくった電力中央研究所の著者たちはうっかり間違えてしまったようだ。この間違いを認めて予測式を作り直すべきなのだが、間違いを認めることの影響の広がりを恐れてか、著者の曾根田直樹氏は、意見聴取会で、「2乗は理論的に出たものではない……プロセスを記述するのにこのモデルを使うのがよく合いますという風に申し上げている」などと強弁した。

 

 ところが、それを引き取った日本電気協会は、ほとんど実質的な審議をせず6)、予測式の元となる反応速度式のパラメータを実測値に合うように変えて[2013年追補版]を制定したのである。規制委員会が検討チームに検討項目として提示したのは、「すでに技術評価されている2007年版……と2013年追補版との相違点について技術的妥当性を評価する」(第1回会合参考資料1-1)、「……したがって、予測法の適切性は予測結果の妥当性で評価する」(同資料1-6)というもので、2007年版自体についての議論を封じるものであった。
 このような制約のもとではあったが、検討チームの3人の外部専門家のうち2人が予測法への批判的意見を述べている7)。予測式をつくる際の反応速度式などの係数の決め方が結果しか示されておらず当事者以外がチェックできない、科学論文ならばリジェクトだ、確認できるようデータや計算プロセスを公開すべきだという意見、データが追加されるたびに係数を変えるようでは予測式とはいえず相関式にしか過ぎない、データの観測範囲を超えて予測するのは危険ではないかという意見などである。
 第3回会合では、規制庁から「JEAC4201-2007[2013年追補版]に関する技術評価書(案)」が示され、いくつかの重要な問題が議論された。
 問題点の一つは、実測値と予測値のずれをどうみるかという問題である。実測値には測定にともなう誤差があり、それは統計学的に標準偏差で表される(JEAC4201-2007ではMRと表記)が、それ以外にプラントごとの偏差(MCと表記)を加算すると予測が大きく改善されるという。しかし、MCの正体は、測定のばらつきではなく、予測式の不十分さからくる偏りである。MCを入れると改善されるということは、言い換えると、予測式に間違いがあるか、考慮しなかった未知の因子があることを示唆している。再検討が必要なことは明らかだ。
 問題点の二つ目は、「この予測式が予測に使えるか」という深刻な問題である。測定値が加わるごとにがらがらと式の係数が変わるような式は、単なる相関式でしかなく外挿はできないという意見が外部専門家から強く出された。規制庁の平野審議官も、「(40年から延長するには)20年先のフルエンス(照射量)に相当する照射脆化量が欲しい……」と述べた。それに対し、青木技術基盤課長は、「……40年のときに60年取れるかというのは、必ずしも条件ではない……」と述べ、意見が割れた。その意味するところは、寿命延長を決める際に、20年先の予測値が内挿で得られていなくても、延長期間中に監視試験データを追加取得すればよいということである。日本電気協会の出席者は、外挿を封じる意見すべて(規制庁意見を含む)に強く反発した。
 今、問題になっている高浜1・2号機では、20年後の予測データが取れているのか?炉内の監視試験片は、圧力容器内壁より炉心に近く置かれているので、多少の「先読み」ができる。しかし、高浜1号機では、図1に示すように、最新の第4回監視試験データは、中性子照射量5.6(×1019n/cm2)に相当するもので、運転開始60年時点(20年延長後)の圧力容器内表面位置での推定照射量7.07(×1019n/cm2)より少ない。つまり、外挿しないかぎり脆性遷移温度(関連温度)は推定できない。図に示した予測曲線どおりになる保証はなく、むしろ、データ点の傾向を見ると上に飛び出してしまう恐れがある。
 筆者は、小岩昌宏氏と連名で、この検討チームの座長である田中知規制委員会委員に意見書を提出し8)、上記問題点などについて慎重な審議を求めた。今後の審議の行方に注目している。
 日本電気協会は、個人会員はわずかでほとんどが原子力関連の法人会員から構成されていて、実態は業界団体そのものである。原子力学会などよりさらに閉鎖的である。民間規格に求められている「公平性、公正性、公開性を重視した規格策定プロセス」を担うことができるとは思えない。このような団体が制定したものは民間規格として採用すべきでない。

 

1)圧力容器の老朽化を問う[高浜1・2号機稼働延長問題],2015年4月9日、衆議院第一議員会館,呼びかけ議員:阿部知子衆議院議員,篠原孝衆議院議員,江田五月参議院議員,呼びかけ団体:原子力資料情報室
2)関西電力「高浜発電所1号炉 容器の技術評価書 [運転を断続的に行うことを前提とした評価]」2015年4月30日 
3)井野博満:「原発の経年劣化―中性子照射脆化を中心にー」,金属,83(2013),141,251,343.
4)小岩昌宏:「原子炉圧力容器の脆化予測は破綻しているーでたらめな予測式をごまかす意見聴取会」,科学,82(2012),1150. および「続原子炉圧力容器の脆化予測は破綻しているー日本電気協会、電力中央研究所と学者・研究者の姿勢を問う」,科学,84(2014),152.
5)小岩昌宏:「学者・研究者の倫理を問うー「原子炉構造材の監視試験方法」の制定・改定過程に見る」,原子力資料情報室通信,482(2014),7.
6)小岩昌宏:「原子炉圧力容器の照射脆化―脆化予測法JEAC4201-2007は誤っている」,金属,85(2015),87.
7)原発規制庁審議ウォッチ・グループ:「不適切な予測式のままで老朽化原発の寿命延長=再稼働の地ならしが進む」,科学,85(2015),338.
8)井野博満,小岩昌宏:「JEAC4201-2007【2013年追補版】に関する技術評価書(案)についての意見」,2015年4月28日付.『科学』6月号に掲載予定

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