学者・研究者の倫理を問う -「原子炉構造材の監視試験方法」の制定・改定過程に見る

 運転期間が30年を超えた複数の原子炉の廃炉が取り沙汰されている。その一方で、制度上、規制をクリアできれば、運転期間を60年まで延長することが可能となっており、高浜原発1・2号機など稼動延長を申請しようという動きがみられる。
 運転期間が長期化すると、原子炉で利用されている構造材の健全性が大きな問題となる。高温高圧かつ大量の中性子が飛び交う苛酷な環境下で用いられる原子炉圧力容器は交換することができないので、とくに懸念される。日本の原発の中で、その圧力容器の脆性遷移温度(金属が本来持っている粘りを失い脆くなる温度)が最も高いのは高浜1号機で99℃、次いで玄海1号機の98℃だ。ともに異常に高い値をしめしている。緊急時などでは炉心を急速に冷却する必要があるが、脆性遷移温度が高いと、冷却により生じた衝撃で原子炉が損傷してしまうリスクもあり、危険性が非常に高い。
 日本電気協会規格の「原子炉構造材の監視試験方法」(JEAC 4201‐2007)は、この原子炉圧力容器の健全性を確認するための方法を規定する規格だ。この規格は、原発の運転期間延長を考える上できわめて重要な規格だが、そこには大きな問題があることが指摘されている。
 以下に、金属材料物性学がご専門で、東北大学金属材料研究所教授、京都大学工学部教授を歴任された小岩昌宏さんに、この規格の制定・改訂の深刻な問題点を解説していただいた。


 

『原子力資料情報室通信』第482号(2014/8/1)より

学者・研究者の倫理を問う -「原子炉構造材の監視試験方法」の制定・改定過程に見る

京都大学名誉教授/原発老朽化問題研究会  小岩昌宏

1.はじめに

 国(政府)または地方自治体などの各種委員会・審議会には、大学教授など学者・研究者が“有識者”として参画している場合が多い。委員の人選は官庁の裁量で行うので、恣意的に決定されることがあり、初めから議論の結論が決まっている場合も少なくない。“有識者”委員は、“官庁の意向”に左右されることなく公正中立の立場からの意見を述べることが期待されるのだが、その実態はどうか? 会議の多くは公開されており、オンライン動画配信(youtubeなど)により視聴できる場合もある。会議資料・議事録はネットにより閲覧可能な場合も少なくない。だから、その気になれば個々の委員の発言を追うことも可能である。ここでは一つのケース・スタディとして、「原子炉構造材の監視試験方法」の改定の審議過程における委員の発言・行動に注目して述べる。なお、紙数の関係で出典なども少数にとどめたので、詳しいことは別稿(1,2)を参照していただきたい。

2.原子炉圧力容器の照射脆化

図1 九州電力が2003年12月の高経年化技術評価書で予測した照射脆化予測曲線(JEAC4201-2004によるもの)と監視試験データ

 原子炉の圧力容器は低合金鋼製の巨大構造物であり、鉄鋼材料に共通する延性-脆性遷移挙動を示し、ある温度以下で脆くなる。当初の遷移温度は室温以下(-20℃程度)であるが、核燃料から発生する中性子を浴びて、原子炉の運転年数の増加につれて遷移温度が上昇する。このため、監視試験片を圧力容器内に置き一定の期間ごとにとりだして試験を行なっている。そのようにして蓄積されたデータをもとに、脆化予測式-中性子照射量(原発の運転年数に比例する)と遷移温度の上昇の関係-が作られ、原発操業の重要参考資料として用いられている。
 九州電力玄海1号炉では、2009年4月の定期検査の際にとりだした第4回監視試験片の遷移温度が98℃に達していることが明らかとなった(3)。第3回(1993年2月)までのデータは、予測曲線にほぼ沿っているのに対し、第4回のデータは著しく上に飛び離れている(図1参照)。「高経年化技術評価に関する意見聴取会」(以下、聴取会と略称)*1においては、このデータおよび“脆化予測式の信頼性”をめぐって議論が行われた。 

3.「高経年化技術評価に関する意見聴取会」における脆化予測法の審議

 高経年化技術意見聴取会の第9回(2012年3月6日)において、電気事業連合会・電力中央研究所は「脆化予測法の精度向上に向けた予備検討」と題する資料(4)を提出した。第4回監視試験片(玄海1号炉)のデータに関して、「ミクロ組織変化のモデルに対して直ちに大きな改良を加える新知見はなく、現行予測モデルの係数最適化で対応できると考えられる」とのべた。これについて、井野博満委員は意見書を提出し、「‥‥予測法の基礎として用いた反応速度式には致命的な誤りがあり、現行予測式を廃棄しなければならない。間違った照射脆化予測式をもとに原子炉圧力容器の監視をおこなうことは許されない」と指摘した(5)。これに対して保安院は「学術的な内容であり、学協会で議論すべきもの(だからこの意見聴取会では議論しない)」と回答し、井野委員以外の委員は全員保安院の意見に賛成し、学協会に検討を委ねることになった。

4.電力中央研究所の予測法の誤り

 中性子照射による延性・脆性遷移温度の上昇は、鋼材のCu含有量により大きく影響される。電力中央研究所は、中性子照射の際のCu原子の挙動に注目し、かつ中性子束の影響をとりいれて新たな予測式を開発した。現行のJEAC4201-2007は、その予測式をそのまま取り入れたものである。電中研の論文を検討したところ、別報(1,2)に詳しく記したように、脆化予測式の導き方自体に間違いがあることが明らかになった。ここでは、要点のみ記すことにする。
 溶質原子クラスターの形成速度を表す式について、重要な量のみに着目して、2つの項を比較してみる。

第1項: 

 

 

第2項:

 

 

 

第1項で拡散係数DCu が1乗で入っているのに対し、第2項では2乗で入っている。2つの量を加えるとき、その次元は同じでなければならない。長さと面積を加えることはできないのだ。すなわち、電中研の脆化予測式は、その基本の出発点となる数式に初歩的な誤りがある。

5.意見聴取会における委員の発言

 意見聴取会におけるやり取りの一部を以下に採録する。

阿部弘亨委員(東北大学金属材料研究所教授)
阿部委員 圧力容器の脆化とは関係ない分野で、やっぱり同じようにこういうカイネティクスの式を解いたときの経験からお話をさせていただきたい。この式は、クラスターの濃度を表している式になっている。井野先生が言う一次に比例するというのは、集合する原子の数の時間変化に関するものです。他のシンクの影響もあり大体一次に比例しますが、クラスターの濃度に関しては、先ほど曽根田さんがおっしゃったように一次にはなりません。‥‥こういう離合集散を繰り返していると、‥‥下に凸の関数になりまして、ある程度のところまでは二次関数で包絡されるような、そういう挙動をとります。‥‥ここで、高経年化で考える時間スケール、あるいは照射量の範囲を考えると、下に凸の、二次関数で近似できる妥当な範囲なのではないかなと思います。
井野委員 時間の二次という話と、拡散係数の二乗をとるという話は別だと思いますけどね。
阿部委員 すみません。ちょっと言い間違えていました。拡散係数の二乗です。
庄子委員(司会) 拡散係数の二乗ということですか。
阿部委員 拡散係数の二乗です。それは、はい、そうです。間違えました。
(第14回意見聴取会議事録より)
 阿部委員は、“ちょっと言い間違えた”というが、上述の文章のいずれかの単語を“拡散係数の二乗”で置き換えれば筋が通った話になるわけではない。“言い間違い”ではなく、意味が通じない発言をしたのである。のちに井野委員は、“阿部委員の発言は理解できないので、文書による説明するように要請”したが、保安院はそれを封殺し、また阿部委員も応えなかった。本来、抹消されるべき発言のうちの「先ほど曽根田さんがおっしゃったように一次にはなりません」と曾根田モデルを支持する文章が独り歩きし、次に述べるように、司会を務めた庄子委員 の幕引き宣言を支える役割を果たした。

庄子哲雄委員(東北大学教授)
 庄子氏は意見聴取会において進行役を務め、予測式の誤りに関する議論を打ち切って、学協会に委ねることを主導した。その際、大要以下のように述べた(第15回意見聴取会)。
井野委員は線形物理モデルで考えている。 曽根田さんは線形物理モデルでは合わないから、実際のデータに合わせるために拡散係数を2乗にした。阿部委員も拡散の2乗に比例するような実証があるという。線形物理モデルで説明つくはずという前提は成り立たないから、その考え方に基づいて、規制をどうこうという話はできない。学協会でこれがおかしいということを説明して、皆さん方も理解すればそうなっていくと思う。
 井野委員が指摘したのは 、上述のように“ある項に現れる拡散係数Dの次数が2次ではなく、1次である”ことで、「線形物理モデル」か否かとは全く関係がない。庄子委員はあやまった基本的認識のもとに、また、理解不能の阿部委員の発言を根拠に聴取会の議論を打ち切ったのである。

関村直人委員(東京大学教授)
 関村氏は意見聴取会において、予測式に関してさまざまな発言をした。とくに、反応速度式に関して「拡散係数が1乗、2乗のいずれであっても、それに応じて未定係数グザイ8の値に取り込まれるから、差し支えない」という発言に対して、井野委員から「電中研モデルでは、照射効果として、拡散係数に中性子束が含まれるから、そういう都合のいいことにはならない」と指摘され、次のように発言している。(第14回意見聴取会議事録より)
 確かにそのとおりだと思いますので、二乗だから間違っているということではなくて、こういうフィッティング パラメータをどうやって増やしたほうがいいのか、あるいはもう少し減らして、誤差を減らしていくようなことが考えられるのか、そういうことも含めながら考えていくべき話だというふうに思います。
 ‥‥‥井野先生の御指摘が、ある意味では正しいものになっている部分があるというふうに認めざるを得ないところがあると思いますが、しかしながら、そんな単純な問題ではないということを、どのようにこのような式にして評価していくのか、こういう難しい問題に取り組んでいかなくちゃいけないということを、電気協会等々の議論の場でも進めなくちゃいけないというふうに考えています。

6.日本電気協会における審議

 上述のように、意見聴取会で指摘された問題の審議は、「学協会」(日本電気協会)に舞台を移した。同協会の原子力規格委員会の分科会の一つである構造分科会のもとに設置された破壊靭性検討会で審議された。しかし、保安院が期待した(?)“学術的検討”は全く行われずJEAC4201-2007の脆化予測表の数値のみを全面的に書き換えるJEAC4201-2007 [2013 年追補版]が作成された。これに対する意見受付公告(公衆審査)が出されたので、意見を提出したが 「結論としましては、制定案を公衆審査版から変更する必要はないものと判断致しました」という回答が送られてきた。
 なお、意見聴取会で「学術的検討は学協会で」、「――電気協会等々の議論の場でも進めなくちゃいけない」と発言した関村氏は、日本電気協会 原子力規格委員会の委員長である。ところが、日本電気協会の関連委員会でその種の発言をした形跡はない

7.日本電気協会原子力企画委員会シンポジウム 

 “東京電力福島第一原子力発電所事故を受けた原子力安全の更なる向上の課題と学協会規格”を主題とする 表記のシンポジウム(第1回)が5月16日に開催された。近藤駿介氏の基調講演「原子力規格委員会への期待」のあと、規格委員会の活動報告として2013年度策定の規格:耐津波設計技術規程(JEAC 4629)、火山影響評価技術指針(JEAG 4625)などに関する報告、パネル討論「原子力安全の更なる向上に向けた課題と学協会規格基準」が行われた。*2
 ところで、原子力規制委員会における“学協会規格の活用”に関する審議(平成24年度第11回会議 2012年11月14日)の際には、日本電気協会原子力規格委員会の制定した規格に関連して、
・委員の構成は“身内で身内のことを決めているととられかねない状況”である。
・透明性を謳っているが、議事録が簡単でどの程度詳細な審議で決まっているかわからない。
等の問題点が指摘されている。
 日本電気協会がこの時期にシンポジウムを開催するからには、当然この指摘にこたえる内容の企画をするべきであった。本稿で取り上げたJEAC 4201「原子炉構造材の監視試験方法」の制定・改訂の過程で提起された問題は好個の素材となったはずである。筆者はフロアから発言してこの点を質したが、回答はなかった。

8.おわりに

 本稿で取り上げたJEAC4201「原子炉構造材の監視試験方法」は、学協会規格あるいは民間規格と呼ばれるものの一つで、日本電気協会原子力規格委員会が制定している*3
 JEAC4201-2007の[2010年追補版]までは原子力安全・保安院の所管であったが、2012年からは原子力規制委員会が技術評価を行うはずである。脆化予測式の基礎とする反応式に初歩的な誤りがあるという指摘にもかかわらず、学術的な検討を行わないまま改定案[2013年追補版]を公表した日本電気協会に対し、原子力規制委員会がどのように対応するかを注視していきたい。上記のシンポジウムには、原子力規制委員会の更田豊志委員もパネリストとして参加していた。同氏は原子力規制委員会の民間規格の技術評価担当委員であり、筆者の論考(1、2)も送付してあるので問題の所在はよく認識されているはずである。
 本稿を執筆するに際して、井野博満さんの助言をいただいた。厚く謝意を表する。

 

*1  原子力安全・保安院が設置. 2011年11月~2012年7月の間に18回開催された.その会議資料,議事録は原子力規制委員会のホームページに登載されている.

*2  www.denki.or.jp/committee/nuc/nusc-sympo.html

*3 原子力発電施設の技術基準は日本機械学会,日本原子力学会,3学協会が制定した規格を規制当局が技術評価した上で是認(エンドース)することになっている.

文献
(1) 小岩昌宏:原子炉圧力容器の脆化予測は破綻している―でたらめな予測式をごまかす意見聴取会
 科学(岩波書店),82(2012)10月号 p.1150
(2) 小岩昌宏:続 原子炉圧力容器の脆化予測は破綻している-日本電気協会,電力中央研究所と学者・研究者の姿勢を問う科学(岩波書店),84(2014)2月号 p.152
(3) 井野博満:危険域に達した玄海1号炉圧力容器の照射脆化,原子力資料室通信,440号,2011年2月1日発行.
(4) 第8回意見聴取会 資料10「脆化予測法の精度向上に向けた予備検討」
(5) 第14回意見聴取会 資料10 『原子炉圧力容器の中性子照射脆化について(素案)』(に関する追加意見(その2)(井野委員)