原発被曝労働者に発症した多発性骨髄腫を労災に認定せよ!! ――長尾さんの労災申請の意義――

『原子力資料情報室通信』350号(2003年8月1日発行)より

原発被曝労働者に発症した多発性骨髄腫を労災に認定せよ!!
――長尾さんの労災申請の意義――

阪南中央病院内科部長・検診センター長 村田三郎

 福島第一原発2・3号機、浜岡原発1・2号機、新型転換炉ふげんで、配管工事や現場の監督をして放射線被曝した、元石川島プラント建設正社員である長尾光明さん(77歳)が、1998年に骨髄の癌の一種である多発性骨髄腫を発症した。長尾さんは、「多発性骨髄腫の発症は原発内の被曝労働に起因する」として、昨年11月、福島県富岡労働基準監督署に労災認定を申請した。
 長尾さんの労災申請にかかる『医学的意見書』作成に関わった医師として、今回の労災申請の意義と申請に至った経過、被曝と多発性骨髄腫発症の因果関係の妥当性について解説し、直ちに「業務上疾病」として認定すべきであることを述べたい。

1.長尾さんの労災申請の意義

 我が国で原子力発電所が稼動して以来、原発労働者が被曝労働に起因する疾病に罹患したとして、労災申請をした事例は、長尾さんを除けば、1975年の岩佐嘉寿幸さん以後わずかに13名に過ぎない(このうち3名は、JCO臨界事故関連である)。原発稼動から30年以上を経過して、労災申請が極めて少ない理由は、原発労働者は被曝したという事実を証明する「放射線管理手帳」を持っていない、系統的な健康管理がなされていない、被曝の記録保存期間が極めて短く(わずか5年間)、被曝と健康障害との因果関係を証明することが困難であるからであり、これを容認してきた労働行政のずさんさにある。
 また、業務上疾病として労災認定された5名はいずれも白血病であり、白血病以外の疾病には、労災申請は極めて狭い門戸しか開放されていない。このような中で、長尾さんが過去に申請されたことのない「多発性骨髄腫」という疾患で労災申請をしたことは、労災認定の狭い門をこじ開ける意味をもち、切り捨てられてきた多くの被曝労働者の救済のためにも大きな意義がある。

2.長尾さんの被曝労働と病歴

 長尾さんは、1977年から1982年1月までの4年3カ月間に、現場の監督、熟練労働者として、福島第一原発2号機で原子炉建屋の配管追加工事、応力腐食割れ対策改良工事、建屋遮蔽工事、MSSR弁補修・モノレール新設工事に従事し、また新型転換炉ふげんの定検期間の作業に従事し、浜岡1・2号機濃縮廃液系改良工事に従事した。この間に、外部集積線量として1977年度に16.7mSv、78年度に10.7mSv、79年度に13.0mSv、80年度に5.6mSv、81年度に24.0mSv、合計70mSvの被曝をした。この被曝線量は、その当時の各原発における社員の年平均被曝線量の最低3倍から最高8倍も多い。また、その他の臨時・下請け労働者は正社員と比較して被曝線量が高い区域での労働を強いられているが、その下請け労働者と比較しても最低1.5倍、最高3.5倍の高さになっている。
 この時期の長尾さんの健康状態について、長尾さんの「放射線管理手帳」と自身の克明な被曝・健康記録をたどると、白血球数が被曝労働の開始前後に徐々に増加していることが分る。すなわち、1977~1978年に6700―6800/μの間であった白血球数が1979年には7500―10300―8200/μになり、1981年には8600/μに増加した(基準値は5000-8300/μ)。この白血球数の増加が直ちに放射線被曝の結果であるとは断定できないが、原発内での作業による慢性的な放射線被曝が徐々に長尾さんの骨髄に影響を及ぼしていた可能性は否定できない。

3.多発性骨髄腫の原因と

 放射線被曝との関連
①多発性骨髄腫はどのような病気か
 骨髄腫は骨髄の中の免疫に関係する形質細胞が増殖する腫瘍性の疾患で、骨髄に局在しつつ全身の骨髄に多発するため多発性骨髄腫といわれる。日本では年々高齢者に増加しており、慢性に経過して貧血や疼痛、腎不全を起こし、その後急速に死亡にいたる例もある。骨髄腫細胞から産生されるM蛋白が多くの臓器に障害をもたらし、骨では腫瘍細胞から遊離する物質のために全身的な骨破壊が起こる。そのために、転倒や打撲をすることなく骨折したり(病的骨折)して突然発見されることが多い。
②その発症の原因として、遺伝説、胆嚢炎や骨髄炎などの慢性的な刺激説が挙げられ、広島・長崎の原爆被爆者に発生率が高いことから放射線・放射能説、遺伝子変異説が唱えられている。今日、広島・長崎の原爆被爆者に多発性骨髄腫が多く発生していることは、遺伝子変異の物理的要因である放射線と多発性骨髄腫の間に関連があることを裏付ける。また、国内外の原子力労働者に多発性骨髄腫が多く発生しているという疫学調査結果が報告されている。

4.我が国における原子力労働者の

 多発性骨髄腫発生の実態
 我が国における原子力労働者の多発性骨髄腫発生の実態は、原子力発電施設等放射線業務従事者に係る疫学的調査結果(財団法人放射線影響協会)の第Ⅰ期(平成7年3月)、第Ⅱ期(平成12年12月21日付け)報告において、その深刻な実態を不十分ながら、垣間見ることが出来る。その第Ⅱ期報告によれば、調査対象になった期間内(平成7~12年)に、8人の原発労働者が多発性骨髄腫で死亡している(白血病は60名)。その内訳は10mSv未満で6名、50-100mSvで1名、100mSv以上で1名であった。被曝線量ごとに分類された集団における多発性骨髄腫での実際の死亡者数/死亡期待値(O/E値)は、線量が増えるごとに増加している。調査結果報告書は、「多発性骨髄腫は、住所地を調整した解析では有意な傾向性を認めたが、症例数が極めて少ないので放射線との関係を論ずる段階にはない」と結論づけている。一方で、報告書が英文で公表されており、Iwasaki Tらは、要約で「白血病を含む多くの癌では集積線量と死亡率の間に量反応関係は認めなかった。但し、食道・胃・直腸・多発性骨髄腫では正の相関関係があった」と報告している。
 現時点において、原子力労働者に関する国内の唯一の「公的な」疫学調査結果からみても、多発性骨髄腫は放射線被曝線量と死亡率の間に相関関係がある悪性新生物であるということは明白である。

5.原爆被爆者に発生している

 多発性骨髄腫
 広島・長崎の原爆被爆者に多発性骨髄腫が多く発生していることは、原爆被爆者の寿命調査や成人健康調査結果からも明らかである。
 被爆者の癌・白血病をはじめとする健康影響を広範囲に記述している成書である「原爆放射線の人体影響1992」(放射線被爆者医療国際協力推進協議会編)には、「高齢化社会に入りつつある現在では本症(筆者注;多発性骨髄腫)は増加傾向にある造血器腫瘍の一つであり注目されている」と記載され、「骨髄形質細胞への放射線障害による腫瘍発生は、病変の場が同じ骨髄である白血病が被爆者に多発したことを考え合わせると放射線による晩発障害の一つとして念頭におくべきである」と総説している。
 さらに、京都原爆症訴訟公判で明らかになった「厚生省原爆医療審議会による認定基準(内規)」によれば、「原爆放射線起因性のあるとみなせるもの」として、胃癌、結腸癌、卵巣癌につづいて多発性骨髄腫が記載されている。このように、放射線被曝集団としては最も多数で、長期的に疫学調査がなされている原爆被爆者において多発性骨髄腫が多発し、これを放射線に起因する血液疾患としてみなしていることは明らかである。

6.諸外国における原子力労働者の

 癌(特に多発性骨髄腫)の実態
 米国エネルギー省関連施設労働者の疫学調査とその救済策に関するクリントン/ゴア調書によれば、核兵器関連施設の従業員の疫学調査で、22種類の癌が一般国民と比較してより高率に発生している(標準化死亡率が高い)ことが確認された。その労働者の累積線量の平均値は30mSvであった。このなかで、ハンフォード原子力施設労働者の集計では、膵臓癌と多発性骨髄腫については線量と死亡率の間に統計学的に有意な相関がみられたと記載されている。
 また、オークリッジ国立研究所の労働者における低線量放射線被曝と死亡率の間の関係についての調査(Richardson, Wingら)では、45歳を過ぎて被曝した線量が多ければ多いほど、また潜伏期間を長く仮定すればするほど、死亡原因が癌であることが明らかとなった。全癌死亡率は、10年間の潜伏期間を考慮して、45歳以後に被曝した集積線量、10mSv当たり4.98%増加する。20年の潜伏期間を考慮すると、45歳以後に受けた累積線量、10mSv当たり7.31%増加する。このことは、低レベルの電離放射線の外部被曝を受けることと、癌死亡率の増加の間には相関関係があることを示唆し、高齢(45歳以後)になって被曝すると、電離放射線被曝の癌原性効果に対して、より高い感受性を示す可能性があると報告したものであった。
 その後、ノースカロライナ大学のWingらは、累積被曝線量が 50mSv を超すと多発性骨髄腫の発生率が高まり、累積線量が50mSvを超える者と10mSv以下の者では、多発性骨髄腫のオッズ比に約3.5倍の開きがあると報告した。
 以上に述べたように、アメリカの原子力施設労働者のなかでも多発性骨髄腫は、労働者の線量限度とされている年間50mSvという集積線量でも、被曝線量の低い労働者と比べて、発生率が高いことが示されており、特に比較的高齢(45歳以上)から被曝労働に従事した場合に、放射線に高い感受性を示すことが示されている。

7.長尾さんの疾患と放射線被曝との因果関係について

 我が国の被曝労働者では、過去に白血病に罹患した5人が業務上認定されており、累積線量は40-129.8mSvである。長尾さんは累積線量が70mSvで、これを超えている。前述のようにアメリカの調査結果では、その累積線量が50mSvレベルの集団で10mSv集団より多発性骨髄腫の発症には3.5倍の差がある。
 長尾さんの場合は、5年間の総被曝線量は70mSvであり、年間平均被曝線量は16.47mSvであった。これは、白血病の労災認定基準の一つである、年平均被曝線量基準の3倍以上に達する線量であると同時に、これまで白血病で業務上認定されている人たちの年平均被曝線量を超える数値を示している。
 以上のように、長尾さんが罹患している多発性骨髄腫は、骨髄の癌(血液疾患)として考えられるべき悪性疾患であること、長尾さんの累積被曝線量が、白血病で業務上認定された労働者の累積線量よりも多いことと、これが、多発性骨髄腫の発生頻度、死亡率を上昇させるに足る線量であること、年平均線量も白血病として業務上認定された被曝労働者よりも多いこと、当時の他の放射線業務従事者よりも多くの放射線被曝を毎年のように受けていたことを重視して、長尾さんの多発性骨髄腫は、原発内での被曝労働によって発症した「労災」として認定されるべきである。

8.厚生労働省は、労働者保護の立場にたち、長尾さんの労災申請 を業務上疾病として認定せよ。

 クリントン/ゴア調書は、以下の3条件が揃っておれば補償を行なうという結論に達した。
①その労働現場で癌が標準化死亡率で有意に 高い頻度で発生していること
②被曝をする労働現場で働いていたこと
③被曝が原因で生じる癌に罹っていること
 その理由は、「調査を行なった全期間中で発生した3000人の発癌者・癌死者が、放射線被曝以外の原因で発生したとどうやって証明できるのか。被曝線量の測定や保存が不適切であり、データそのものが残っていないという不公平も存在する。全期間の集積線量をもとに、100人Sv/年で1名の癌死者が出ると予想すれば、約440人の過剰死が生じると計算される。この440人を選別し、一人一人の癌死が被曝に起因することを証明しようとするために極めて厳格な高い線量基準を設定せざるを得ないし、そうしてきたという現実がある。しかし、それでは労働者の補償に関して不公平が生じる」という大きな反省からである(筆者注;100人Sv/年で1名の癌死者の発生という評価は過小評価であるが)。
 長尾さんの多発性骨髄腫が放射線作業に起因する業務上疾病であることは、これまでの「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準」に則っても明らかである。これまでの日本の原子力労災行政は、被曝労働者の救済よりも、健康被害の隠蔽・切り捨てという側面が強かった。厚生労働省は、認定業務をクリントン/ゴア調書と同様の観点で行なうべきであり、長尾さんの労災申請を業務上疾病として即刻認定すべきである。