日印原子力協力協定 ―協定調印も、いまなお課題は山積―
『原子力資料情報室通信』第510号(2016/12/1)より
日印原子力協力協定 ―協定調印も、いまなお課題は山積―
この間の活動
2016年11月11日、来日したインドのナレンドラ・モディ首相は安倍晋三首相と会談し、日印原子力協力協定の調印に合意、日印両政府は協定に調印した。協定調印後、これまで公開されてこなかった協定の条文が明らかとなった。日印原子力協力協定は、民主党政権下の2010年に交渉が開始された。足掛け6年で妥結に至ったことになる。
インドは核兵器を保有する国であり、核不拡散条約(NPT)にも未加盟であるため、交渉開始当初から、この協定締結は、インドの核開発を助長するのではないか、インドの核兵器保有国としての地位を高めることにつながるのではないか、といった懸念が上がっていた。
原子力資料情報室は、日印両政府が交渉に入る前から、協定締結問題について取り組んできた。また、この間も、コアネット(戦略ODAと原発輸出に反対する市民アクション)やノーニュークス・アジア・フォーラム ジャパン、ピースボートなどと協働して「日印原子力協定阻止キャンペーン2016」(以下、キャンペーン)を展開、政府交渉や集会などを重ね、またインド現地とも協力して協定締結阻止に向けて活動してきた。
キャンペーンでは「日印原子力協力協定を締結しないこと。また、これにかかる一切の交渉を中止すること」を要請する国際署名を展開、31ヵ国から450団体3282名の署名を集め、11日、首相官邸、外務省、インド大使館宛てに送付した。
私たち以外にも、広島・長崎両市長を始め、多くの人々もこの協定には反対の声を上げてきたが、残念ながら、そうした声をよそに協定は調印されてしまった。しかし今後、協定は国会で審議される。キャンペーンでは、協定の問題点を明らかにして、国会での審議を充実したものとするよう働きかけていく予定だ。
協定の問題・再度の核実験の場合どうなるのか?
安倍首相は1月6日の衆院本会議にて「仮にインドが核実験を行った場合には、日本からの協力を停止します」と答弁した。しかし、ようやく開示された協定本文をよんでも、そのような停止条項を読み取ることはできない。ただ、14条1において、書面での通告から1年後に解消すること、14条9で再処理の継続が安全保障上重大な懸念となる場合、一方の要求により再処理の実施を停止すること、とされている。
この14条の解釈につき、協定付属文書「見解及び了解に関する公文」(以下、公文)において、日本政府はインド政府が2008年に発表した通称「約束と行動」と呼ばれる声明(一方的かつ自発的な核実験の停止、核不拡散の約束、原子力施設の軍民分離などを約束した)の記載から逸脱した場合、14条を行使する権利を有すると表明、一方インド政府は2008年の「約束と行動」声明を再確認した。
ここで問題となるのは、この公文の位置づけだ。協定と不可分一体の文書なのか、それとも単に両国政府が表明した内容を記載した文書に過ぎないのか。
日本政府は不可分一体のものであり、両国政府はこれに拘束されるとする。一方、インド政府は、単に交渉者の記録に過ぎないとしている。だが、素直に公文を読む限り、日本政府とインド政府はそれぞれ記載の通り表明したということに両国は合意しただけであって、それ以上の内容ではないと思われる。
さらに問題なのは、仮に協定を解消したとして、どのようにして輸出された原子力資機材や協定対象となる核物質を回収するつもりなのかということだ。仮に日本が輸出した資機材を回収するとしても、それらの資機材は放射化している可能性が高い。そのような機材を日本に輸送するには、極めて膨大なコストや時間を要する。核物質についても日本に置き場はあるのか。極めて疑問が大きい。
協定の問題・再処理の容認
協定は11条2で「この協定に基づいて移転された核物質及び回収され又は副産物として生産された核物質は、この協定の附属書Bの規定に従い、インド共和国の管轄内において再処理することができる」とした。日本が供給国として締結した原子力協力協定において再処理を認めたのはこれが初めてとなる。
インドはかねてより使用済み燃料を再処理する権利を強硬に主張してきた。インドが将来的に、高速増殖炉サイクルに移行する計画を持っていることがその背景にある。しかし、使用済み燃料を再処理することで取り出されるのは核兵器の材料ともなるプルトニウムだ。
インドは前述の通り、原子力施設の軍民分離を宣言し、民生用原子力施設だとした施設については、IAEA保障措置(軍事転用が行われないようIAEAが査察をおこなう)を受け入れることとしている。しかし、このIAEAの保障措置は本当に軍事転用を防ぐことができるものなのかについては疑問が大きい。Wikileaksが暴露した米国公電によれば、インドがIAEAと締結した追加議定書について、当時の米国のグレゴリー・シュルツ在ウィーン国際機関政府代表部大使はこの保障措置は核兵器国の中でも最も弱い保障措置だと指摘している。
協定の問題・南アジアの緊張の高まり
仮に転用がおこなわれなかったとしても、再処理によってプルトニウムが増産されることは南アジア、特に3度の戦争を繰り返してきたパキスタンとインドの間の軍事的な緊張を高めることにつながる。両国は共にNPTには加盟していない核兵器保有国であり、これまで、国際的な原子力協力からは除外されてきた。ところが、インドだけを国際的な原子力協力体制に例外的に取り込んでいくことによって、パキスタンは孤立感を高める。さらに、インドは過去、産出量が少なく、質の悪い国産ウランを軍事用・民生用に振り分けてきた。結果、一時、原子力発電所の稼働率は大幅に低下していた。しかし、今後、民生用について国際的な協力が得られるようになれば、輸入ウランは民生用、国産ウランは軍事用に用いることができるようになり、軍事用のプルトニウムについても増産されることになりかねない。そうすれば、パキスタンとの緊張はますます高まることになる。今回の協定調印は、そうした核兵器保有国間の相互不信に拍車をかけかねない。
他にも、インドで輸入原発建設が計画されている現地住民の反対とそれに対する激しい弾圧や、インドの核軍拡の問題、NPTの形骸化など、この協定の締結は極めて大きな問題を含む。
外務省の北野充在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使は近著で「戦略的考慮や地政学的観点から二国間関係の緊密化が提起されて重要な外交上のテーマとなる時、核拡散防止についての考慮が置き去りにされる(中略)核拡散防止に真剣に取り組む以上、そうしたことはあってはならない」と記している。この日印原子力協力協定は、対中国をにらむ地政学的観点や経済関係を強化したい日本が、核不拡散をそっちのけで調印したものだ。外務省はこの指摘を省みるべきではないか。
(松久保肇)