被災原発を再稼働させて大丈夫なのか ―女川原発2号機の新規制基準適合性審査に異議あり―

『原子力資料情報室通信』第546号(2019/12/1)より 

仙台原子力問題研究グループ 篠原弘典

 2019年9月27日に原子力規制委員会(以下、規制委)で開かれた女川原発2号機の新規制基準適合性審査会合で、東北電力は地震・津波分野の審査内容をまとめた資料を説明、規制委の石渡明委員から「おおむね妥当な検討がなされた」との総括が出され、実質的な審査が終了した。今後、規制委は審査書案の作成を進め、年内にも「合格」となる見通しになっている。
 東北電力が女川原発2号機の再稼働を目指して規制委に設置変更許可申請を行ったのは2013年12月27日だったから、審査に要した年月は5年9カ月に及んだ。開かれた審査会合の回数は、10月1日に「原子炉設置変更許可申請に係る補正書の概要」という資料を提出して説明を行った会合を含めて175回になった。これはこれまで最多だった柏崎刈羽原発6、7号機の151回を大幅に超えている。
 女川原発は東日本大震災の大地震の震源から最も近く、567.5ガルの揺れに襲われた。これは福島第一原発で記録された550ガルを超えている。原発が立地する牡鹿半島は1m地盤沈下し、敷地高さが13.8mになっていた所に13mの津波が押し寄せた。原子炉建屋の耐震壁に幅1ミリ未満のひびが1,130カ所見つかり、地震への剛性が最大70%低下していることが指摘されている。この被災原発であることが審査を長引かせた要因になっている。
 確かに最新の知見を反映し、新規制基準に適合しているかどうかの「おおむね妥当な検討がなされた」のだろうが、その新規制基準そのものが追加されたり修正されたりしている現状では、田中俊一前規制委委員長が言ったように、女川原発の安全が認定されたことにはならないと思える。何よりも福島原発事故の全容が解明されていない現状では、新規制基準そのものが不十分ではないのか。
 この審査の過程でもっとも大きなポイントとなったのは、東北電力の威信をかけた「安全対策」のシンボルとして建設した海抜29m、全長約800mの防潮堤に関する審査だった。東北電力は、女川原発1号機の設計時に最大津波を3mと想定し、2号機設計時には9.1mに見直したが、東日本大震災で13mの津波に襲われ、審査会合に臨むに当たって基準津波を23.1mとして29mの防潮堤の建設を始めた。2017年9月にほぼ完成したとしてマスコミ等にも公開したが、2018年1月の審査会合で新規制基準に適合していないとの指摘を受けた。原発の重要施設は基礎が岩盤まで届いていることが求められているのに、168本の鋼管杭を地盤に打ち込み壁としている構造の防潮堤の杭が、下にある設備のために岩盤まで届いていないものがある。そのため地震によって不等沈下する構造を規制委が問題にしたのだ。
 この指摘に対して再稼働を急ぐ東北電力は、審査を長引かせないために、1ヵ月後に規制委が要求した防潮堤直下の地盤改良工事を受け入れた。しかしこの敷地海側の地盤改良工事のために、山側からの水によって地下水位が上昇するという新たな問題も起こってくる。それへの対策も議論されているのだが、想定通りに解決できるのかが問われている。
 女川原発の敷地は、海側の防潮堤直下はほとんどが盛土のため、すでに完成した防潮堤の直下を均一な地盤強度に改良する工事は難工事だと思われる。この追加工事や耐震設備の追加を含めて安全対策費が膨大に膨らんでいて、東北電力は2019年3月、これまで女川原発2号機と東通原発を合わせて3千数百億円と見込んでいた費用が、女川原発2号機だけで3,400億円程度になると公表した。
 原子力規制委員会で年内にも「合格」が出されようとしている段階になって、宮城県が設置した「女川原子力発電所2号機の安全性に関する検討会」で東北電力が説明した格納容器破損防止対策のうち、「水蒸気爆発が発生する可能性は極めて小さい」として示した説明資料のデータに関して、改ざんがあるのではとの疑いが浮上してきた。水蒸気爆発の大規模実験は4つあるが、そのうち東北電力はTROI実験のデータを資料に掲載している。そのデータがTROI実験報告書からの引用ではなく外国の研究者の論文から「孫引き」されており、測定温度が不正確な数値になっている。これは規制委の審査会合にも提出されている資料なので重要な問題だろう。
 チェルノブイリ原発事故を経験して、炉心溶融に対してコアキャッチャーを設置して効果的に冷却することが世界の趨勢になっているが、新規制基準ではその設置を求めておらず、各電力会社は格納容器下部に水を張ったり炉心溶融の際に水を投入して冷却する対策を説明して、水蒸気爆発は起こらないと主張し、パブコメ等で専門家から自発的な水蒸気爆発が発生していたTROI実験報告があることを指摘されても、規制委もそれを了承し認可してきていた。
 各電力会社の対策もまちまちで、柏崎刈羽原発6、7号機では格納容器下部の水位を2mと深くしないようにしているのに対して、女川原発2号機では4.2mを管理水位とするとされており、規制委の判断が問われなければならないのだ。


 福島第一原発を超える加速度に襲われた女川原発では、主要設備への61件の軽微な被害しか発生していないと東北電力は主張してきた。そしてその被害への対応(補修工事)は2015年7月の「2号機タービン建屋外壁のひび割れへのエポキシ樹脂注入の補修で完了した」と発表している。はたして起こった被害はこれだけなのかとの疑問が湧くのだが、規制委の審査会合を含めてこれらの被害とそれへの対応の検証が十分になされてはいないと言える状況だ。タービン建屋では軸受台の取付けボルトの変形、損傷やタービン動翼各部に接触傷が確認されたが、その復旧工事でタービンに繋がる主蒸気配管などを全数切断し、クレーンで車室を持ち上げる大工事がなされている。これが軽微な被害と言えるのか。他の箇所で行われた復旧工事についても明らかにし、検証する必要があるだろう。


 「日本の原発は五重の壁と多重防護で守られているから炉心溶融事故は起こらない」とされていた事故が福島第一原発で起こり、従来の規制基準では深層防護の層数が3層であったのを新規制基準では5層に増やしていて、第4層はシビアアクシデントの影響緩和、第5層は放射性物質重大放出による放射線影響の緩和(住民避難)とされているが、避難計画の有効性は審査会合では審査されていない。原子力規制庁は「避難計画は内閣府の原子力防災が担当である」とし、一方で内閣府は「現在の法律では、避難計画の策定は国の責務とされていない。市町村や県がつくる避難計画の中身については、国も災害対策基本法上、助言、指導、勧告をおこなう」としており、国は責任を回避している。
 原子力規制委員会は女川原発2号機の再稼働に「合格」を出そうとしているのだが、地元の自治体の避難計画には多くの問題があり、現状のままでは女川原発2号機の再稼働は認められない。
 そこで地元石巻市の住民たちはこの避難計画の不備を理由として、11月12日、村井宮城県知事と亀山石巻市長を相手として女川原発2号機の再稼働に同意しないよう求める仮処分を仙台地裁に申請した。
 東北電力は安全対策工事を2020年度に終わらせて再稼働に持ち込みたいという計画を発表しているのだが、10年間停止していた原発を立ち上げて運転開始するのは、それなりの問題もはらんでいる。しかも巨大地震に襲われて目視点検では見つけられない多くの損傷を負っていることが予想される被災原発を新規制基準に「合格」したからといって再稼働させていいのか、疑問は尽きない。 

(11月13日記)