40年廃炉を見直し、 汚染水の海洋投棄を回避すべき

『原子力資料情報室通信』第552号(2020/6/1)より

本誌548号で満田夏花氏が「多核種除去設備等処理水(以下、汚染水)の取扱いに関する小委員会」(ALPS小委)のまとめと問題点を指摘した。最終報告書は2月10日に公表されたが、海洋放出(以下、投棄)、大気放出、もしくはその組み合わせという内容で、風評被害対策に言及するものだった。これを受けて、東京電力HDが検討素案を公表した。さらに、経済産業省は新型コロナウイルス問題で緊急事態の中、福島県の諸団体や産業界などからの意見聴取会を開催。これまでに3回開かれた。並行して一般からの意見を求めており、こちらは文書・メールによるものである。締め切りは1ヶ月延びて6月15日となっている。政府として8月中にも判断すると推察される。

東電素案の不思議

東電素案には、海洋投棄した汚染水の影響範囲を示すシミュレーションが参考として記されている。経産省はそのシミュレーションは未精査なままであり、説明責任は東電にあると主張。他方、東電は福島の市民グループとのやりとりの中で、経産の指示で作ったと述べていた。結局のところALPS小委最終報告書で、処分後の風評被害を抑えるために「事前に拡散シミュレーション等を行い、周辺環境の安全性に関して問題のないことを示していくべきである」とされており、経産省が事前にそれに沿った考えを示すように求め、東電が応じた。本来なら精査した上で公表するべきで、なし崩し的に既成事実化させようとしていると考えられる。
水蒸気の放出に関するシミュレーションはモデルがないと放棄し、海洋投棄に関する場合のみのものである。本命が海洋投棄だと言える。東電が電力中央研究所に委託して実施した。気象条件は2014年
1~12月の風速、気圧、気温、湿度、降水量を使い、また、福島県沖の潮の流況も入力条件となっているとのことだ。なぜ直近年あるいは数年の平均でなく14年のデータなのか回答はない。そして水平方向は1kmメッシュ、鉛直方向は水深を30層に区分している。水深30mなら深さ1m、縦横1kmの箱を想定し、その中は均質に汚染水が広がる、隣接する箱に来た薄まった汚染水は次の箱の中で均質に広がる、という想定になる。
現状では1リットルあたり平均73万Bqのトリチウムを1,500Bq(約490倍)に薄めて放出する。また、1年間に22兆Bq放出するとすれば、毎秒約480トン流すことになる。まして、年間100兆Bq捨てるとなれば、この5倍程度の放水量となる。それぞれのケースでシミュレーションを行っているが、1Bq/・を超える範囲が極めて限定的とする結果は信頼できない。
東電は、汚染水の投棄を30年程度で完了する計画だ。年間投棄量を加減して、廃炉ロードマップに合わせるわけだ。素案は貯蔵総量860兆Bqを前提に説明されている。しかし、滞留水や燃料デブリの中に存在すると試算している1,200兆Bqについて言及がない。投棄総量は2,000兆Bqに達するだろう。
捨てられるのはトリチウムだけではない、セシウムやストロンチウムなど他の多くの核種が基準の濃度を超えている。それぞれの核種の貯蔵総量はわからないが、そんなタンク群が全体の72%程度ある。投棄に際しては二次処理を行い、法定限度内に収めるとしている。薄めれば良いという考えで進めて良いのだろうか?どのように薄めても、トリチウムに加え他の62核種が捨てられ、それが環境汚染につながることに違いはない。

意見聴取会

これまでに3回開催された。うち2回は4月6日と13日で、福島市内である。13日以降は新型コロナウイルスに対する緊急事態宣言後だったので、ネットでの意見聴取となった。発言者は7分~10分程度発言するだけ。質疑はあるが、意見交換はない。福島では、知事に浜通りの市町村長、農林漁協関係の各団体、旅館・ホテル関係の団体、商工会、スーパーマーケットなどの各長、合計22人が発言した。5月11日には東京で経団連専務理事をはじめ、旅行業界、食品販売業界など5人が発言した。投棄案に積極的に賛成した団体はなかった。多くは、国による情報提供や理解活動による合意、風評被害への補償などを求めるものだった。明確に反対を表明したのは福島県漁業協同組合連合会と福島県森林組合連合会、福島県農業協同組合中央会だった。
どの処分案でも風評被害が発生するとの認識だった。ALPS小委最終報告書も東電素案もそれへの対応として「情報を正確に伝えるためのリスクコミュニケーションの取り組み」や「風評被害防止等に向けた経済対策」の拡充・強化を掲げている。「県産品の新規販路開拓」や「県産品の棚の常設化経済対策」などが中心で、補償は最後の手段のようだ。
経産省の「正しい情報提供」の一例を掲げると、「トリチウム の生物影響に関するQ&A」で、①「生物濃縮しない」と断言、②DNAに取り込まれたトリチウムが壊変して「DNAに損傷があったとしても、普通は修復される」、③原子力施設周辺でトリチウムが原因と考えられる「共通の影響の例は見つかっていない」としている。①では生物濃縮を示す査読付きの論文がいくつかあるが、すべて無視している。②では100%修復されるとは限らない。さらに、トリチウム の1個の壊変で2.1本のDNA切断が観察されるとする論文がある。③そもそも原子力施設周辺での調査がほとんど行われていないから、見つかっていないと断言することはできない。トリチウムを多く排出するカナダの原子力施設の下流域でガンの多発が認められている。両論を掲げるならともかく、都合のよい情報だけを取り上げて「正しい」とか「正確」とか言っても、それは間違いである。

海洋放出をなぜ急ぐ?

東電は2022年までにタンクを増設して137万トンの貯蔵能力を持つ計画だ。しかし、現状平均では日量170トンずつ増えており、22年には137万トンに達して満杯になる計算をしている。また、東電中長期ロードマップでは、25年に日量150トンレベルまで減少させたいとしている。海洋放出をしつつ、空いたタンクに新たな汚染水を貯蔵していくことを考えているようだ。
そもそもこのように汚染水が増え続けるのは、遮水凍土壁が所定の機能を発揮できていないからである。19年10月の台風による大雨の時には、汚染水は一時的に日量約450トンに達した。遮水凍土壁は計画当初からその機能に疑問が出されていた。にもかかわらず、実用化されていないこの方式が採用されたのは、政府の費用で設置できることに目をつけた対応で、東電の負担を減らすことで破産を回避するためだった。この時の目先の対応が逆に汚染水の増加が抑えられない事態を作り出しているのだ。
タンク増設の敷地スペースがないから投棄するとの説明だが、確保できなくはない。例えば、敷地内法面あるいは中間貯蔵施設に第一原発内の汚染土を貯蔵し、計画されている土捨て場の敷地を空けるなど、工夫ができるはずだ。しかし理由をあげつらい、まともに検討していない。40年廃炉ができると考えている人は誰もいない。石棺方式など時間をかけたロードマップにすれば、タンク貯蔵のスペースも確保できるし、その上で、トリチウム分離研究や汚染水のモルタル固化などを実施していけば、環境への投棄は避けられる。40年廃炉がボトルネックであり、これこそ見直されるべきだ。

(伴英幸)

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