「文献調査」にだまされないために

『原子力資料情報室通信』第556号(2020/10/1)より

 北海道(すっつ)町の町長が高レベル放射性廃棄物処分場選定に向けた「文献調査」に応募することを検討すべきと動き出したのに続いて、同じ後志(しりべし)管内の神恵内(かもえない)村で商工会が応募検討を求める請願を村議会に提出し、村議会は9月17日、請願を継続審査とするに至っている。
 「文献調査」に応募することが、あたかも自治体財政の好転や地元産業の景気浮揚につながるかのごとき発言もあるが、果たして「文献調査」とはそんなものなのだろうか。

「調査」とはいうけれど
 「文献調査」に応募できるのは、市町村とされている。市町村が自ら応募する場合と、国からの申し入れを市町村が受諾する場合がある。都道府県は、法令上は関与しない。応募の宛先すなわち「文献調査」の実施主体は原子力発電環境整備機構(NUMO)で、「特定放射性廃棄物」すなわち高レベル放射性廃棄物と長半減期低発熱放射性廃棄物(TRU等廃棄物)の処分を任務とする法定法人である。
 NUMOのパンフレット『地層処分に関する文献調査について』によれば、「文献調査は、地質図や学術論文などの文献・データをもとにした机上調査」だという。調査を受け入れた市町村のどこかの「机上」で、そこでしか入手できない文献を調査するのかと思ってしまうが、「評価に用いる主要な文献・データ」のリストを見れば、東京の本部の「机上」にあるものばかりだ。
 では、受け入れ現地では何をするのか。パンフレットには、こう記されている。「NUMOは、文献調査の実施地域に拠点を設置し、『対話の場』などを通じて、地域と継続的な対話を進め、地層処分事業に関する広報、文献調査の進捗説明、地域の発展ビジョンの具体化など、核となる機能を果たしていきます」。
 資源エネルギー庁のホームページでは「文献調査は対話活動の一環です」と位置付けた。「『文献調査』を通じて、市町村内で、この事業やこの事業が地域にあたえる影響などについて、議論を深めていく。その結果、仮に、次のステップである現地での「概要調査(ボーリング調査)」に進もうとする場合には、法律に基づき、地元の意見を聴く場が設けられます」というわけだ。
 つまり「調査」とは名ばかりで、実のところは処分地選定の次の段階である「概要調査地区」(「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」でこの呼び名になる前の「原子力委員会高レベル放射性廃棄物処分懇談会」の用語では「処分候補地」)に進ませるための地元工作が「文献調査」の正体と言ってよい。

何のための交付金?
 「文献調査地区」には、1年あたり10億円が、調査期間を2年間として20億円を限度に「電源立地地域対策交付金」が交付される。交付が決まった当初は2.1億円、上限は4.2億円だった。というか、それが本来の交付額で、最大20億円というのは、今年度末までに「文献調査」が開始される場合の特例とされている。まるで「今から30分間に限り特別価格」と叫ぶ通信販売のCMのごとくだが、さすがにそれで応募自治体を釣り上げようとしているのではあるまい。これまで期限延長を繰り返してきたし、また延長されるのは確実だ。
 それはともかく、とんでもない高額であり、本来の交付額と特例の差も異様に大きい。金額に何の根拠もないことは明白だ。「ボーリングなどの現地作業は行いません」と、NUMOのパンフレットは明言している。環境に与える影響はゼロなのだから、何のための交付金か。
 よくわからない交付金だから、寿都町の片岡春雄町長のように、ユニークな受け取り方もできてしまう。「議論をテーブルに載せ、二番手、三番手が手を挙げやすくなる。お礼が20億、いいじゃない」(8月24日付『福島民報』)。「国が困っていることを手伝う代わりに、洋上風力では国に協力をお願いする。貸し借りはビジネスの鉄則」(9月2日付『電気新聞』)。 
 再び閑話休題。よくわからなくてもカネはカネ、地域のためになればとは思うのだけれど、交付金をもらうためには使途となる事業と必要経費を申告し認められなくてはならない。2年分という縛りからすれば、けっきょく箱物に落ち着いて、後の維持で泣きを見ることにならないか。「文献調査」終了後に何を残せるかは相当に難しいことに思える。

「文献調査」だけで抜けられるか
 寿都町の片岡町長は、「文献調査」に続く「概要調査地区」、さらには「精密調査地区」(前出の処分懇談会の用語では「処分予定地」)にまで進むこともありとしているが、一方で「文献調査」だけで抜けることもできると強弁している。梶山弘志経済産業大臣から「地元が反対すれば先に進まないって約束で書面ももらっている」そうだが、書面自体は異例なことに公開されていないようだ。
 その梶山大臣は9月8日の閣議後会見で、記者の質問にこう答えている。「一般論で申し上げれば、知事と市町村長はその時々の民意を踏まえて判断をされていると私どもは思っております。国としては、その判断を最大限尊重することとなりますが、その判断が恒久的なものかどうかというのは、国の立場から申し上げることではないと承知をしているということであります」。
 さらに記者が「先に進まないというのは一時凍結なのか、それとももう金輪際外れるのか、そこが一番道民が知りたくて、一番不安なところなんです」と迫っても、「一回文献調査が終わったからということで、自動的にそこに進むということはありません。一回一回それはまた確認をするということになります。その時々の民意ということでもありますけれども、そこまでは私どもは仮定の話で立ち入れないということと、国としては判断できないということになりますので、地域の民意についてですよ。そこは国としてはコメントを差し控えさせていただくということであります」。
 肝心の「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」は、第4条の5ではっきりと答えを出している。「経済産業大臣は、第二項第三号に掲げる概要調査地区等の所在地を定めようとするときは、当該概要調査地区等の所在地を管轄する都道府県知事及び市町村長の意見を聴き、これを十分に尊重してしなければならない」。
 これを国会での政府答弁に翻訳すれば、2000年5月10日の衆議院商工委員会で当時の河野博文資源エネルギー庁長官がこう答えている。「私どもといたしましては、こういった処分方針あるいは処分計画に即しまして、またそれまでに行われた調査に即しまして、地元の御理解と御協力を得るべく最大限努力をさせていただくつもりでございます。しかし、それでもなお、地元の御意見をいただくということでございますから、さまざまな御意見があれば、これを極めて重く受けとめて、国が決定するということでございます」。
 むろん国が強引に、都道府県知事及び市町村長の意見に反して決定することはできない。しかし、都道府県知事及び市町村長の意見を変えてもらうことはできるということだろう。
 仮に寿都町で文献調査が開始され、片岡町長の言う二番手、三番手として神恵内村などが続くなら、「ほら、抜けられるでしょう」と宣伝するために、抜けさせてくれるかもしれない。しかし、必ず抜けられるほど甘くはないのだ。
 もともとの資源エネルギー庁・NUMOの皮算用では、文献調査地区は数ヵ所以上、概要調査地区は数ヵ所、精密調査地区は1~2ヵ所とされていたらしい。すなわち抜けさせていい数と何が何でも逃がしてはならない数は、あらかじめ決まっていると言える。
 「文献調査」という詐欺的「対話活動」にだまされてはならない。            

(西尾漠)

※10月から月1回のペースでオンライン公開研究会を開催します。
 第1回は10月13日 (火曜日)18時30分~寿都町の高レベル放射性廃棄物処分場文献調査応募について、共同代表の伴英幸がお話します。
 視聴申し込みなどは当室ウェブサイトに掲載していきますので、ぜひご参加ください。

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