何も生み出さなかった10兆円 有価証券報告書をもちいた原発のコスト検証結果

『原子力資料情報室通信』第556号(2020/10/1)より

 原子力資料情報室は8月に有価証券報告書をもちいて原発のコストを検証したレポート「何も生み出さなかった10兆円」を発表しました。ここでは、このレポートのダイジェストを報告します。

1.はじめに
 東京電力福島第一原発事故とそれをうけた規制制度の強化に伴い、国内の原発が停止することとなりました。当時、経産省からは、原発の停止分を補うために火力の焚きましが必要になり、2013年度には燃料費が3.6兆円増加したという試算結果が報告されました。一方で、発電しようがしまいが原発を維持するために一定のコストが必要なはずですが、それはどれほどなのかについては、これまで特に言及されてきませんでした。
 そこで、今回、電力各社の有価証券報告書を用いて2005~2019年度の原発維持費を算出することとしました。合わせて、有価証券報告書に基づく原発の発電単価も算出しました。

2.分析手法
 電力各社と日本原電は有価証券報告書に電気事業営業費用明細表を掲載しています。そこでは、たとえば汽力発電費や原子力発電費といった項目別に、それぞれの営業費用が給与、厚生費、燃料費、減価償却費といった形で費目別に記載されています。東京電力福島第一原発事故後、2013年に定められた新規制基準に伴う原発の追加的安全対策費は総額で5兆円を超えますが、これらは、いずれかのタイミングで固定資産に組み入れられ、減価償却費として、この営業費用に計上されています。
 2004年に電気事業連合会は有価証券報告書をもちいた各電源の発電コスト試算を行いました1)。今回の検証ではこの電気事業連合会の手法を用いて2011年度~2019年度までの9電力および日本原電の実際の原子力発電費を算出しました。

*汽力発電:高圧の水蒸気でタービンを回し、電気をつくる発電方式。

3.分析結果
 上記の手法で分析した結果を図1にまとめました。2011年度から2019年度までに9電力と日本原電が費やした原子力発電費は15.37兆円だったことがわかりました。また、原子力発電費の年度別の総額は事故前およそ2兆円でしたが、事故後は1.7兆円となっていました。この差分の多くは燃料費や再処理費が減ったことによるものです。


 この間、新規制基準対応や裁判所による運転差し止め決定などにより多くの原発は発電することができていません(図2)。そこで次に、図1から、1kWhも発電できなかったものだけを抽出して図3にまとめました。 2011年度から2019年度の間で、原子力でまったく発電しなかった電力会社の原子力発電費の合計は10.44兆円に上りました。


 こうした費用は、自由化されて以降も総括原価方式に基づき小売原価に算入され 、電気料金として徴収されています。つまり、電力消費者は、2011年から2019年にかけて、何も生み出さなかった原子力の維持コストを10兆円以上負担させられていたことになります。
 次に、原子力発電費と原子力発電電力量に基づいて、各年度の原発の発電単価を算出しました(図4)。図2にあるマイナス箇所は、発電していない一方、維持のための電力消費により発電電力量がマイナスになっていたためです。


 現在原子力で発電している関西電力、九州電力、四国電力(仮処分停止中)の3社の発電単価は2011年以前と比べて、大きく上昇していることがわかります(2005~2010年度平均:関西6.3円/kWh、四国6.9円/kWh、九州6.3円/kWh、2019年度:関西13.2円/k
Wh、四国13.2円/kWh、九州10.0円/kWh)。
 今後発電単価が大きく下がることは期待できません。2019年の稼働率は2005~2010年度とそん色ない状況となっているため、これ以上発電量を大きく増やすことは困難です。

4.まとめと考察
 2011年度から2019年度の間、9電力と日本原電が費やした原子力発電費は15.37兆円、うち原子力でまったく発電しなかった電力会社の原子力発電費の合計は10.44兆円に上ることがわかりました。なお、電気代の上昇要因のひとつとして挙げられている再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)ですが、FIT賦課金の2012~2019年度総額は11.14兆円でした。FIT賦課金は、太陽光や風力、小水力といった再生可能エネルギーの発電への対価ですが、発電していない原発には対価が存在しません。
 太陽光発電(500kW以上の高圧・特別高圧連系案件)の2019年度下期の落札結果は10.99~13円/kWhでした。一方、原発の発電単価は、2011年以前に比べて2倍程度となりました(2019年度では、10~13.2円/kWh)。この原発の単価は未稼働期間のコストは含んでいません。含めると、未稼働期間が長くなれば長くなるほど単価は高くなります。もはや原発が安価な電源ではないことは明白な事実です。
 原発を廃炉にしても、廃炉に費用が必要なため、維持費のすべてがなくなるわけではありません。しかし、なにも生み出さない原発が、電力消費者にコストを転嫁している現状はやはり異常です。

 

1) 電源単価は損益計算書の電源別費用を各々の電源別発電電力量で除したものであり、一般管理費については各電源毎の損益計算書上の発電費用(直接費)のウェイト、財務費用については各電源毎の貸借対照表上の試算簿価のウェイトにより、各電源に配分することにより算定した。

 

(松久保肇)