原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査「どこまで被曝させてもだいじょうぶか」の調査であってはならない

『原子力資料情報室通信』第440号(2011/2/1)より

原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査
(第3期 平成17年度~21年度)
「どこまで被曝させてもだいじょうぶか」の調査であってはならない

 原子力発電施設、原子力研究開発施設などの放射線業務従事者を対象とした疫学調査の第Ⅳ期調査結果報告書がまとまり、昨年11月に報告会が開催された。これまでに第Ⅱ期調査については本誌323号(2001.4.30)、第Ⅲ期調査は385号(2006.7.1)で報告した。
 この調査は、(財)放射線影響協会が文部科学省(開始当時は科学技術庁)の委託を受けて、1990年度から実施しているもので、調査目的は「低線量域の放射線が健康に与える影響に関する科学的知見を得るため」とある。これまでの調査の概要を表1に示した。
 第Ⅳ期調査までの結果は「低線量域の放射線が悪性新生物の死亡率に影響を及ぼしている明確な証拠は認められなかったと言える」
と評価されている。
 この調査のデータの収集、解析方法は多くの専門家の批判的な目を経ており、得られた情報にもとづく「科学的事実」の記述に不備はないのかもしれない。観察された結果が示され、有意な関連が見られないもの、見られるものを列挙している。
 そして「考察のまとめ」で、有意になったものについて、ほとんど「喫煙等による生活習慣等の交絡による影響の可能性を否定できない」、また、累積線量との有意な関連を示したものについては、「偶然示した可能性についても否定できない」としている。
 しかし、私たちはこれらの記述が「影響を及ぼしていない」と言っているわけではないことを改めて確認し、労働者に不利にならないようしっかり内容把握し、批判したい。

表1 疫学調査の概要

第Ⅳ期調査
 第Ⅳ期調査の対象者数は、1999年3月31日までに原子力事業者等から(財)放射線影響協会放射線従事者中央登録センターへ登録され、実際に放射線業務に従事した日本人の男女合計約27万7000人である。
 中央登録センターから提供された調査対象者の個人識別情報をもとに調査した住所情報にもとづいて、市区町村長から調査対象者の住民票の写し等の交付を受けて生死を確認した。厚生労働省から人口動態調査死亡票(CD-R転写分)の提供を受け、住民票の写し等により確認した死亡者を照合することによって死因を調査した。
 解析対象者は、前向き(表1の注1参照)に生死を確認できた男性約20万4000人。前向き観察期間(1991~2007年)の主として悪性新生物の死亡率と放射線業務上の被曝線量との関連を検討するため、①一般の日本人男性との死亡率との比較(外部比較)と②累積線量と死亡率との関係(内部比較)の統計学的解析が行なわれた。解析結果で、死因と放射線被曝との関連が有意となった疾病だけをピックアップして、表2と表3にまとめた。

報告書にある「考察のまとめ」から
(1) 外部比較の結果について(表2参照)
「白血病を除く全悪性新生物の死亡率は、全日本人男性死亡率に比べ有意に高かったが、これは肝臓、肺の悪性新生物の死亡率が有意に高いことが寄与しているものと考えられ、喫煙、飲酒等の生活習慣等による影響の可能性を否定できない。」

表2 全日本人男性死亡率と従業者の死亡率との比較
(2) 内部比較の結果について(表3参照)
 「……白血病を除く全悪性新生物の死亡率には有意の増加傾向が認められた。しかし、白血病を除く全悪性新生物から、肺の悪性新生物を除外した場合には、累積線量にともなう有意の増加傾向は認められなかった。

※O/E比とは、観察死亡数(O:observed)と期待死亡数(E:expected)の比。
表3

 また悪性新生物(固形がん)を喫煙関連および非喫煙関連の悪性新生物に分類した調査では、累積線量にともなって、喫煙関連の悪性新生物の死亡率に有意の増加傾向が認められた。しかし、喫煙関連の悪性新生物から肺の悪性新生物を除外した場合および非喫煙関連の悪性新生物の死亡率には有意の増加傾向は認められなかった。
 このようなことから、累積線量にともなって白血病を除く全悪性新生物の死亡率に有意の増加傾向が認められたのは、喫煙等による生活習慣等の交絡による影響の可能性を否定できない。(中略)
 食道、肝臓および肺の悪性新生物の死亡率、また非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫の死亡率に、累積線量にともなう有意の増加傾向が認められた。(中略)
 この放射線疫学調査では、1人当たりの平均観察期間が10.9年と短いため、これらの悪性新生物の死亡率は、累積線量との有意の関連を偶然示した可能性についても否定できない。特に非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫は、死亡数が少なく不確実性が高いと考えられ、また欧米の放射線疫学調査においても累積線量との有意の関連を示す事例は多くない」

何のための検定か?調査か?
 この調査の解析で行なわれた検定はすべて関連がなくても有意の関連を偶然示す可能性(確率p値)を求め、これが十分小さいという結果を得て初めて有意だとしている。この確率が小さかったら、関連があると判断しよう、偶然でないと判断しようと考えるからこそ判断の材料として検定したのであり、これこそが検定の目的である。
 上記の考察にあるように、有意になってもまだこのようなことを言うのなら、何のために検定したのかわからない。

交絡因子の影響を除外した分析は可能か?

※交絡因子とは、曝露と対象疾患の明らかな関連を撹乱する第3の因子。

 また、報告会の講演で秋葉澄伯・放射線疫学調査評価委員会委員らが強く主張し、課題(報告書p.73)で「今後は直接的に交絡因子の影響を除外した調査分析を行う必要がある」と述べているが、このような分析は可能なのだろうか。どのような方法で行なうのか、ぜひ明らかにしてほしい。
 この記述の前に「解析対象者の一部については、既に交絡因子調査を実施しており」とあるが、「交絡因子調査に回答した者からの死亡数は全死因で1900人」(同p.59)で、今回の解析対象の中の死亡数1万4000人の中のごく一部であり、「今後のデータの蓄積に努め」(同p.59)と言っても、十分なデータを蓄積することはまずできないだろう。
 報告書の「はじめに」で、青木芳朗・放射線影響協会理事長は「喫煙等の生活習慣情報にもとづく調整が可能なサブグループを有することが特徴である」と述べ、巽紘一・放射線疫学調査センター長は「生活習慣情報つきコホートにおける死亡数が十分に増加した時点で、喫煙習慣による直接的調整を伴う検定が行えれば、本調査からより明確な結論が期待できる」(2010年放射線疫学調査講演会講演要旨p.8)としている。今後何年データを蓄積すれば可能となるか、示す必要があるだろう。
 有意に出た関連については「喫煙が交絡因子として働いた可能性が否定できない」とかたづけているが、交絡因子の影響を取り除いた解析はできない調査方法となっている。このようなやり方では、この調査から健康影響があるという結果は将来も決して出てこないだろう。喫煙が交絡因子である可能性を考察するなら、これについて解析可能であるように調査方法を改善する責任があるだろう。

罹患情報は不可欠ではないのか?
 また、この調査では死亡データしか扱っていない。罹患情報の導入が必要である。筆者は2001年、第Ⅱ期調査の報告会で、罹患調査がないことの欠陥を指摘し、いつから導入するのか質問したところ、「条件が整えばすぐにでも開始したい」とのことだった。しかし、10年が経過したいまも実現していない。罹患情報を得るためにどのような準備をしているかを明らかにしてほしい。
 この調査の目的は、労働者の健康を守ることや健康影響をできるだけ早く発見することではないことははっきりしている。「電離放射線被ばくはがんの原因となるが、どの程度までの電離放射線被ばくが、リスクを増加させるかは不明である。……」(講演要旨p.11)ということが関心の対象であり、これはどこまで被曝させてもだいじょうぶか、健康影響が証明されないかと、ということである。健康影響の「明確な証拠」が得られるレベルまでは被曝してもよいことにしようという態度、方針が一般に受け入れられている、これが前提の研究である。
 この調査報告の結果は、新原子力政策大綱の検討資料や私たちが取り組んでいる原発労働者の労災認定の枠を拡げる省庁交渉の場でも堂々と示される。低線量域の放射線の健康影響の「明確な証拠」を認めることは、きわめて困難な作業で、この疫学調査は、このような影響の「明確な証拠」を認めるために、十分に有効な方法ではない。「明確な証拠を得るには不十分な方法によって、やはり明確な証拠は得られなかった」と解釈しておくべきだ。

(渡辺美紀子)

※報告書は、放射線影響協会のホームページからダウンロードできる。
 www.rea.or.jp/ire/pdf/report4.pdf

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