原発労働裁判を提訴
原発労働裁判を提訴
福岡南法律事務所 弁護士 椛島敏雅
配管業者の梅田隆亮さん(1935年3月24日生まれ)は44歳の時、良い仕事があると誘われて1979年2月から6月にかけて延べ44日間、島根原発と敦賀原発の定期点検で四重下請けの作業員として働きました。仕事を終え北九州の自宅に帰った時、腹痛、吐気、全身倦怠感、めまい、鼻血等の症状が出現しました。吐き気が特にひどく1日のうち3?4回、突然胃がむかつき出し胃液がこみあげてくるといった症状が2ヵ月近く続きました。病院を受診しましたが、改善せず仕事もできなくなりました。
原発労働が原因だろうと考え、労災申請に着手しましたが、激しい労災潰しを受け申請を断念しました。その後、生活のため単発のアルバイトを続けましたが、怠けているように見え、現場責任者からは怠け者などと罵られています。さらに追い打ちをかけるように、2000年3月、急性心筋梗塞で倒れてしまいました。手術で一命を取り留めましたが、まったく働けない身体となり、生活はさらに困窮。妻のパート収入では生活費を賄えず、親類から援助を受けました。そのうち妻も過労で倒れてしまい、やむなく自宅を売り払いましたが、現在も生活困窮状態が続いています。
梅田さんはあるきっかけで、2008年7月、長崎大学病院を受診し「心筋梗塞後遺症、糖尿病、甲状腺腫瘍疑い等」の診断を受けましたが、同病院には1979年7月に受診した時のホールボディカウンターの測定データの記録が残っており、コバルト、マンガン、セシウムなど放射性核種が検出されていることがわかりました。そして、同病院から強く勧められ、2008年9月、原発労働中の被ばくにより心筋梗塞を発症したとして、松江労働基準監督署長に対し労災の申請をしました。しかし、いずれの段階でも棄却され、このたび多くの人々の支援を受け、労災給付不支給処分取り消しの行政訴訟を提起しました。
原発の定期点検とは
原発での定期点検は、放射能を含んだ機器類の埃をウエスという布きれで拭き取りながら、原子炉格納容器の除染、炉内の諸計器類の点検・修理、水や蒸気系配管のピンホールやひびの有無の点検・修理・取り替え、諸機械の点検等を行なうものです。作業現場には強い放射能汚染があるため長時間作業はできず、短時間で被ばく量を低く抑えながら作業員を次々と交代させる人海戦術を取らざるを得ません。このため1基の定期点検に3000?4000人の大量の労働者が関わると言われています。原告の梅田さんもこのような作業環境の中で原発労働に携わった1人です。
被ばく隠しによる労災棄却
労災を棄却した裁決書は、梅田さんは低線量の箇所で働いており、被ばく線量は8.6ミリシーベルトだと言っていますが、これらは被ばく隠しであると弁護団は考えています。前述のように、自宅に帰った時の梅田さんには明らかな急性放射線障害の症状が出ています。吐き気が出る線量は500ミリシーベルトぐらいと聞いています。また、梅田さんの体内からはコバルトやマンガンの核種が検出されていますが、これらの放射性物質は高線量の炉心近くで働いていた証拠ではないかと考えています。
また、梅田さんの被ばく線量が仮に8.6ミリシーベルトであったとして「国際放射線防護委員会(ICRP)の基準に照らし、因果関係はない」と言い切るのは、誤りだと考えています。近時の原爆症認定裁判やチェルノブイリ被ばく者調査によって、心筋梗塞の放射線起因性が次第に明らかになり、厚生労働省でも原爆症認定の「新しい審査の方針」で、晩発性の心筋梗塞について、放射線起因性を認める疾患としています。
以上について、専門家の先生方から、ご助言、ご教示をいただけたら幸いです。原発労働者は、いわゆる原子力安全神話の下で、原発労働が原因でがんなどの健康障害を起すことはないという前提で働かされてきました。それを示すのは、原発労働者の労災認定率が異常に低いことです。これまで数十万人を超える原発労働者が働いて被ばくしているにもかかわらず、東海村JCOの3人の被害者を除くと2011年度までに認定されたのはわずか10 件です。非がんの疾患に至っては認定ゼロというのが実態です。原発労働者は重層下請け構造の下で働き、放射線被ばくで生活を破壊され、生命や健康を冒され続けてきました。
梅田さんの裁判は、原発労働者が安全に働き、健康と命が大事にされ、安心して暮らしていくための闘いです。それにしても44歳で被ばくして、現在、労災認定を受け得てもこれまで梅田さんが受けた放射線被害の一部しか回復することはできません。放射線被害者の救済の難しさを痛感します。
私たちが求める原発の廃炉が実現したとしても、この先、何十年にもわたって原発労働は不可避です。梅田さんの裁判を闘うことで、これらの問題を明らかにしていきたいと思います。皆様のご支援をどうかよろしくお願いします。
〈梅田さんに関する本誌掲載記事〉
30年目の真実、死亡扱いされていた原発親方 樋口健二(フォトジャーナリスト)
https://cnic.jp/843 423号(2009/9/1)
白血病、がん以外の病気でのはじめての検討
梅田さんの検討会はこれから
https://cnic.jp/849 425号(2009/11/1)
多発性骨髄腫、悪性リンパ腫が疾患リストに例示される
https://cnic.jp/863 427号(2010/1/1)
2月8日の市民と議員の院内集会と政府交渉報告 梅田さん、厚労省に直接申し立て
https://cnic.jp/886 429号(2010/3/1)
梅田さんの労災認定、いまだ決まらず
https://cnic.jp/896 430号(2010/4/1)
梅田さんの申し立てに対する聴取など
https://cnic.jp/905 431号(2010/5/1)
きびしい原発被曝労働者の実態を明らかにし、救済に取り組もう!
https://cnic.jp/943 435号(2010/9/1)
梅田さんの労災補償不支給決定 被曝した敦賀原発の現場の調査はないまま
https://cnic.jp/963 437号(2010/11/1)