【原子力資料情報室声明】11年目の忘却 安全文化を放棄した憂うべき原産協会理事長発言

2022年3月2日

NPO法人原子力資料情報室

ロシアのウクライナ侵攻を受けて、複数の識者からエネルギー安全保障の観点から原子力の利活用を推進すべきだという発言が出ている。特に顕著なものに日本原子力産業協会の新井史朗理事長(元東京電力ホールディングス理事/原子力・立地本部副本部長)の定例記者会見(2月25日)での発言がある。

 「安定的に電力を供給するといった意味で原子力の優位性はあり、注目度は高まる」「原子力の利用に対してブレーキになるのでは、というのもわかる。しかし原子力の効用は非常に大きい」「大きなメリットを考えたとき、戦争状態というデメリットをどこまで考えるかということだと思う」「事業者は破滅的な破損に対して手をつくして対応するが、それを超えて戦争状態になると、事業者、産業界の範疇を超えてしまう。外交努力、国際的な関係改善で努力していただくしかない」[i]

 このようなご都合主義的で人命軽視の発言は容認しがたい。特に、新井理事長発言は、きわめて危険な兆候の表れだ。なぜなら、この発言は原子力産業界が取り組んでいると称する原子力安全文化の底の浅さを露呈しているからだ。

 戦時中に原発を稼働することは安全上、きわめてリスクが高い。自国領内が戦場になっている状況ではなおさらだ。送電網が破壊されれば、外部電源が失われる。ディーゼル発電機を運転するには燃料が必要だが、戦時下では、供給は途絶しがちになる。ジュネーブ条約上、原発への攻撃は禁じられているが、誤射などで施設が破壊されるリスクもある。最悪の場合、意図的な攻撃により原子炉が破壊されうる。運転員への攻撃や退避が発生すれば安全な運転に支障をきたすだけでなく、事故への対処もままならなくなる。戦時下でのメルトダウンによる大量の放射能汚染は、さながら核戦争の様相を呈する。

戦時下で、原発のリスクを低下させる最良の選択肢は運転の停止だ。停止後も長期間にわたって冷却が必要なことは、福島第一原発事故を経験した私たちには周知のことだが、それでも稼働時に比べれば制御は大幅に容易になる。

にもかかわらず、ウクライナの原子力公社エネルゴアトムは、保有する4サイト15基の原発のうち、13基を23日まで稼働させ、侵攻が進んだ3月1日現在でも9基稼働させている。ロシア軍が迫るザポリージャ原発でさえ3基が稼働している。仮に事故があれば、取り返しのつかないことが起きるリスクを抱えてまでなぜ運転するのか。それはウクライナの原発依存度の高さにある。発電電力量の50%以上を原発が占めるウクライナは、原発を停止した場合、別の電源で補うことができないのだ。

他人事ではない。日本はかつて原子力比率50%を掲げていたこともあり、現在も政府や原子力業界は20~22%を目指している。原発のある国での戦争がいかに巨大な潜在的リスクを引き起こすのか、私たちは目の当たりにしたにもかかわらず、さらに稼働をせよと言うのか。核爆弾がなくとも核戦争は起こりうる、これがウクライナの状況が突き付けていることだ。

新井理事長は、このような原発と戦争のきわめて危険な関係性を承知しながら、そのリスクよりもメリットが大きいので原子力を推進すべきだと主張している。営利企業である事業者は、原発を利用する場合、さまざまな電源の中から、比較の上選択しているはずだが、推進しながら、そのリスクについては事業者・産業界ではなく、国が責任を持つべきだとしている。原子力産業界の言う、原子力安全文化とは「『原子力施設の安全性の問題が、すべてに優先するものとして、その重要性にふさわしい注意が払われること』が実現されている組織・個人における姿勢・特性(ありよう)を集約したもの」[ii]とされている。新井理事長の発言は、原子力安全文化がいかに名ばかりの存在であるかを如実に示すものだ。

ウクライナの悲劇が示していることは、原発依存の危険性だ。原発は安全保障上も、エネルギー安全保障上も大きなリスクである。そのリスクをだれが負うべきか、背負いきれるのか。最も深刻な被害をうける市民はそれを含めて原発を受け入れるのか問い直さなければならない。

以上

[i] 新井理事長発言については、

digital.asahi.com/articles/ASQ2S4GDPQ2SDIFI00K.html?fbclid=IwAR0Ue768DplAbTzz5V5HjjkiM30sUea_oz-Vh0v0AnuaHc_WxVwZHlFUTO0, www.jaif.or.jp/journal/japan/11957.html

などを参照した。

[ii] www.fepc.or.jp/nuclear/safety/ikusei/anzenbunka/index.html

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