【原子力資料情報室声明】改めて核拡散防止条約を考える
-2022年運用検討会議の合意失敗を受けて-

2022年8月30日

NPO法人原子力資料情報室

 8月26日、ニューヨークの国連本部で開催されていた核拡散防止条約(NPT)運用検討会議で、ロシア政府が最終文書案の採択に反対、2015年に続き、決裂という結果になった。これを機に改めて核拡散防止条約について考えたい。

 1970年に発効したNPTは、米、露、英、仏、中の5か国を「核兵器国」と定め(9条3)、核兵器国が他国に核兵器を移譲したり、開発を援助してはならない(1条)とした。また、非核兵器国にたいしては、核兵器の受領や製造を禁じ(2条)、国際原子力機関(IAEA)の保障措置受け入れを義務化した(3条)。一方で、原子力の平和利用は締約国の「奪い得ない権利」(4条1)とし、さらに、締約国に誠実に核軍縮交渉を行う義務(6条)を課している(いわゆるNPTの3本柱)。しかしながら、条約の締結から50年超が経過した今日なお、核兵器は世界に大量に存在しており、インド・パキスタン・イスラエルはNPTに加盟しないまま核兵器を開発、北朝鮮も2003年、NPTを脱退したと宣言している。このような環境下で、不満を強めている非核兵器国、市民社会は、核兵器禁止条約を制定(2021年発効)した。核兵器国及び日本を含む核の傘の下にある国と、非核兵器国の間の対立が激化していると言われている。

 では今回、米国の核の傘の下にある日本がどのような対応を行ったか考えてみよう。岸田首相は日本の首相として初めてNPT運用検討会議で演説を行ったが、その内容に新味はまったくなかった。私たちは政府などに対し、米国の先制不使用宣言を後押しすることを求めてきたが[1]、日本政府はむしろ、米国に対して、先制不使用を宣言しないよう強く働きかけてきた。今回も当初の最終文書案には核兵器国に対し先制不使用の採用を求める文言が記述されていたが、改訂版以降は削除された。米国が、「核の傘」の下にある日本や欧州の同盟国の抑止力低下に対する懸念に配慮して削除を求めたためだ[2]

 また、私たちは、中国が米国とNATOの一部の国との核共有に反対し、アジア太平洋地域でのNATO型核共有導入論を強くけん制したことに注目した[3]。故安倍晋三元首相や、石破茂元防衛大臣、稲田朋美元防衛大臣らが、核共有の必要性に言及してきたからだ。関連して、逢坂誠二衆議院議員の提出した質問主意書にたいし、日本政府は、米国のNATO型核共有体制について、米国は、核共有体制に置かれた核爆弾を実際に使用するのは核戦争においてであり、その場合は、NPTは失効しているからNPT違反ではないという米国政府の解釈について、「承知している」と答弁している[4]。つまり、こうした日本政府の要職を歴任してきた人々はNPTの失効を前提とするこのような議論を提唱しているということになる。

 日本政府は核兵器国と非核兵器国の橋渡しを行うと主張している。一方で、核兵器禁止条約については、核兵器国が参加していないから実効性はないと言いながら、核の傘を享受し、さらに米国による先制不使用宣言に反対することで、生物・化学兵器及び大規模通常兵器による攻撃に対しても核抑止を求める態度を示している。また政府要人はNPTの失効を前提とした核共有の議論まで行っている。これで、いったい何をもって橋渡しを行いうるのか。むしろ、足元を見透かされているというべきだ。

 日本政府は、橋渡しを行うと主張するのであれば、まず、自ら一歩踏み出すべきだ。具体的には米国が検討してきた先制不使用に反対しないと明言すべきだ。また、核共有についてもむしろ、冷戦期の遺物として廃止するよう、NATO加盟国に働きかけていくべきだ。

 ところで、NPTの残る柱である平和利用については、大方の国で反対意見は出てこない。これは奪い得ない権利とされているからだ。たとえば、核兵器禁止条約加盟国も多く所属している非同盟運動(Non Aligned Movement、NAM)が会議に提出した作業文書を確認すると、原子力の平和利用の権利を強く訴えている[5]。核兵器禁止条約をリードしてきた国の一つであるマレーシアは最終日のステートメントで「いくつかの国は核軍縮義務を履行するつもりが全くないにもかかわらず、大多数の国に原子力の平和利用へのアクセスに制限を加えるなど、さらなる核不拡散の重荷を課すことを望んでいることが明らかになった」[6]と非難している。また、今回の最終文書案は、持続可能な開発目標(SDGs)や、2015年パリ協定の文脈における気候目標の達成にあたって原子力は重要な役割を果たしうると主張している。

 原子力の平和利用で中心となるのは原発だ。だが、原発が世界中にいきわたった時、どのような状況になるだろうか。核燃料がひっきりなしに世界中を行き交い、大量の高レベル放射性廃棄物・低レベル放射性廃棄物が発生することになる。平和利用の権利は核兵器開発にも転用できる使用済み燃料の再処理によるプルトニウム分離技術やウラン濃縮技術に行きつく。結果、盗難リスクは飛躍的に高まる。核技術者も大量に必要となり、核兵器開発リスクも同時に高まる。ロシア軍のウクライナ・ザポリージャ原発占拠で明らかになった原発攻撃リスクもある。原発の寿命は廃炉も含めれば100年を超えることもある。その間、平和を維持できる国がどれほどあるのか。また原発利用以前に、原発の莫大な建設コストを自国でまかなえる国はそうは多くない。結果、ロシアが自国の原発をバングラデシュやエジプトなどに売り込んだ際に行ったように、借款で賄うことになる。国力に見合わない借金は、つい先日スリランカが陥ったように、国家を不安定化させる。このような状況を回避するためには、原子力の平和利用は、一部の持てる国が謳歌するものと、厳しい制限下で細々と行われるものに分かれることになるだろう。つまり、原子力の平和利用は、事実上の空手形なのだ。

 一方で、原子力の平和利用と核兵器はあたかも分離可能であるかのようにみなされてきた。しかしこれは擬制である。たとえば、米エネルギー省は2020年、「防衛のみの観点では、米国の国家安全保障上の利益を守るために十分な需要を喚起する規模の経済が得られない」として核体制を維持するために、原子力を維持することが必要だとする文書を発表[7]している。つまり、原子力の平和利用と核兵器は車の両輪なのだ。NPT体制が危機に陥りつつある今、私たちは原子力の平和利用と核廃絶の両立可能性について改めて検討しなおすべき時に来たと考える。

以上

当室が注目していた課題についての最終文書案記載状況

Draft Final Document 8月22日付 (NPT/CONF.2020/CRP.1)[8]Second Revised Draft Final Document 8月25日付 (NPT/CONF.2020/CRP.1/Rev.2)[9]
先制不使用para. 15削除
ザポリージャ原発問題para. 34 / para. 35 / para.100 / para.160.6para. 34 / para. 35 / para.99 / para.187.50
平和利用の権利(奪い得ない権利関連)para. 59 / para. 89para. 10 / para. 59 / para.87 / para. 187以下
平和利用(SDGs、気候変動に関するパリ協定関連)para. 65 / para. 103 などpara. 64 / para. 70 など
核分裂性物質製造モラトリアムpara. 152. 20削除
非核兵器国に対する核兵器の使用para. 152. 27(b) not to use or threaten to use nuclear weapons against non-nuclear weapon States Parties to the Treaty under any circumstances.para. 152. 32(b) not to use or threaten to use nuclear weapons against non-nuclear weapon States Parties to the Treaty consistent with their respective national statements.
核共有記述なし記述なし

[1] cnic.jp/7099, cnic.jp/40108

[2] nordot.app/935867208508030976

[3] reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/revcon2022/statements/2Aug_China.pdf

[4] www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/209022.htm

[5] reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/revcon2022/documents/WP25.pdf

[6] reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/revcon2022/statements/26Aug_Malaysia.pdf

[7] www.energy.gov/sites/prod/files/2020/04/f74/Restoring%20America%27s%20Competitive%20Nuclear%20Advantage-Blue%20version%5B1%5D.pdf

[8] reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/revcon2022/documents/CRP1.pdf

[9] reachingcriticalwill.org/images/documents/Disarmament-fora/npt/revcon2022/documents/CRP1_Rev2.pdf

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