「プルトニウムの分離を禁止する」
「核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM)」https://fissilematerials.org/
調査レポートNo.20 (2022年7月発行)
翻訳改訂版
プルトニウムの分離を禁止する
高速増殖炉・再処理の夢の実態と核拡散の恐怖
フランク・N・フォンヒッペル 田窪雅文 (田窪雅文訳)
概観
人工の元素プルトニウムがキログラム単位で最初に原子炉で製造され、使用済み燃料から化学的に分離されたのは、80年近く前のことだ。米国の核兵器プログラムの中でのことだった。最初の核爆発は、1945年7月。6キログラムのプルトニウムを使った設計の実験だった。これと同じ設計の核爆弾が翌月、長崎市を破壊するのに使われた。それ以来、プルトニウムは、ほとんどすべての核兵器で重要な役割を果たしてきた。いくつかの国々では、発電用原子炉の燃料で使われている。今日、世界全体の分離済みプルトニウムの量は、約55万キログラム(約550トン[1])に達する。さらに、何千トンものプルトニウムが保管中の使用済み燃料の中に入っている。
冷戦終焉時の1990年、世界の分離済み(未照射)プルトニウムの量は300トン強だった。その3分の2以上は兵器用プルトニウムだった。この95%以上はソ連と米国で製造されたものだった。この時点までに、米国、ロシア(ソ連の核兵器と核分裂性物質を継承)、英国、フランス、中国は、核兵器用プルトニウムの製造を中止していた。しかし、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮は、製造を続けた。もっとも、最後の4カ国がこれまで製造した量は、冷戦の遺産の量の約1%に過ぎない。
1993年、国連総会は、「核分裂性物質生産禁止条約(FMCT:Fissile Material Cutoff Treaty)」の交渉を義務付けた。核兵器用のプルトニウムその他の核分裂性物質の製造を禁止する条約だ。しかし、本格的な交渉はまだ始まっていない。
一方、世界の民生用の――だが核兵器に利用可能な――分離済みプルトニウムの量は、大幅に増えた。冷戦終焉時約100トンだったものが2021年末には310トン以上に達している。さらに、米国とソ連/ロシアの核兵器用プルトニウムの合計100トン近くが「余剰」と宣言されている。このため、民生用プルトニウムと、核兵器以外の用途に使える核兵器用「余剰」プルトニウムを合わせた総量は、約410トンになる。この増大を続ける「民生用に使用可能な」プルトニウムの量は、2021年末現在、核兵器の中あるいは核兵器プログラム用に留まっているプルトニウム(推定約140トン)よりずっと多くなっている。
米「科学アカデミー(NAS)」の1994年の研究報告は、すべての分離済みプルトニウムは、民生用と軍事用とを問わず、「米国の、そして、国際的な安全保障に対する『今そこにある危機』を意味する」との結論を下した1。8㎏のプルトニウムがあれば単純な設計の核兵器1発の製造に十分とする国際原子力機関(IAEA)の保障措置上の想定に従うと、上述の「民生用+軍事用余剰」のプルトニウムの合計量410トンは、長崎型核爆弾5万発の製造に十分な量だ。
民生用プルトニウムの分離は、1960年代から70年代にかけて、発電用原子炉の使用済み燃料を化学的に「再処理」することによって始まった。その目的は、将来の液体ナトリウム冷却プルトニウム「増殖炉」の初期装荷用燃料を入手することにあった――増殖炉の大規模な商業利用が1990年代に始まると予測されていた。増殖炉は、プルトニウムを燃料として使用しながら、連鎖反応を起こさないウラン238を「核変換」させて連鎖反応を起こすプルトニウムに変える。消費したプルトウム以上の量のプルトニウムを生み出すのだ。したがって、最終的には、ウラン238が増殖炉の燃料となるということだ。天然ウランには、連鎖反応を起こすウラン235の140倍の量のウラン238が含まれている。現在の発電用原子炉のエネルギーのほとんどを生み出しているのはウラン235の核分裂だ。
理論的には、増殖炉は、普通の岩石に含まれる微量のウランを燃料とすることもできる。平均的な地殻岩石にはトン当たり3グラムのウラン238が含まれている。この3グラムは、プルトニウムに転換された後に核分裂すると、10トンの石炭の燃焼と同量のエネルギーを生み出す。このため、原子力のパイオニア達は、実質的に、「岩を燃やす」ことができると主張した。彼らは、現在のエネルギー消費のレベルで人類の文明を何百万年も維持できるエネルギー源を開発できたと考えた2。
1970年代を通して期待されていたのは、電化のますます進む世界において原子力が支配的なエネルギー源になり、2010年以降は原子力において増殖炉が支配的になるという展開だった。だが、この期待は間違っていたことが明らかになる。世界の原子力発電容量は、2000年以降、横ばいとなり、退役する容量が新しい容量をほぼ帳消しにした。そして、増殖炉はいまだ商業化されていない。資本コストと燃料サイクル・コストが高く、信頼性が低いためだ。
今日、原子力は伸びを続ける世界の発電量の約10%を提供しているが、これは、1996年の約18%というピークより低くなっている。一方、太陽光パネルや風力タービンを使った低コストの発電は、原子炉による発電とほぼ同レベルに達しており、化石燃料後の世界の発電においては支配的になると見られている3。現在の原子炉の総発電コストの数%にしか達しないウランは、低コストで入手可能な状態が続くと予測されている。原子力を現在のレベルで少なくとも100年間は維持することができるだろう。
2021年に運転中の増殖原型炉は世界全体で2基しかない。どちらもロシアにある。古い方は、40年ほど運転されていて、プルトニウムではなく濃縮ウランを燃料にしている。世界でこの他、3基が建設中だった。2基が中国、1基がインドだ。だが、どちらも二重目的炉のようだ。電力に加えて、核兵器用プルトニウムを製造する目的を持つということだ。
名目上は「民生用」のプルトニウム・プログラムが核兵器の獲得に使われる可能性について世界が初めて気づいたのは、1974年のことだった。インドが米国の「アトムズ・フォー・ピース(平和のための原子)」プログラムの援助を得て分離したプルトニウムの一部を使って核実験を行い、核兵器プログラムを開始したのだ。そして、ブラジル、パキスタン、韓国、台湾が――当時すべて軍事政権下にあった――同じ道を歩もうとしていることが判明した。
米国「原子力委員会(AEC)」が世界で促進してきた民生用プルトニウム・プログラムが核兵器の拡散を招いているという認識は、1976年の大統領選挙の争点となった。そして、1983年、数年間の激しい国民的論議と、米国の計画中の増殖「実証」炉の費用予測の急騰(当初予測の5倍)の末、米国議会は、米国の増殖炉商業化プログラムに終止符を打った。これによりプルトニウムの市場がなくなった結果、米国の原子力発電電力会社は使用済み燃料の再処理を放棄し、深地下処分場における直接処分のための法案を支持した。処分場はエネルギー省が建設するという計画だ。同省は、議会が1974年にAECを解体した後、その原子力関連の責任のすべてを――規制部門を除き――継承していた。
カーター政権(1977-80年)は、継続中の民生用プルトニウム・プログラムを持つ国々に対し、それを中止するよう説得することには成功しなかった。ドイツは、最終的には中止するに至った。そして、英国の再処理事業は2022年7月に終了となった。だが、中国、フランス、インド、日本、そしてロシアは、民生用使用済み燃料再処理プログラムを続けている。
フランスと日本は、増殖炉「実証プログラム」を「中断」しているが、紙の上での研究を続けている。フランスは、分離済みプルトニウムを劣化ウランと混ぜて薄め、「混合酸化物(MOX)」燃料にして、従来型の発電用原子炉用低濃縮ウラン燃料の10%に代えて使っている――プルトニウムを分離し、MOX燃料を製造するコストは、それで代替する低濃縮ウラン燃料と比べ、一桁多くなるにも拘わらず。日本は、数千トンの使用済み燃料の再処理を英仏両国に委託した。日本はまた、2023年現在、国内で大型の再処理工場の運転をまもなく開始しようとしている。この工場は、約30年に亘って建設中となっているものだ。日本は、フランスの例に倣って、プルトニウムをMOX燃料にして従来型の発電用原子炉で「リサイクル」しようとしている。
フランスと日本の原子力「研究・開発(R&D)」エスタブリッシュメントは、その非経済的なプルトニウム・リサイクル・プログラムを正当化するために次のように論じる。使用済み燃料からプルトニウムを分離すると、深地下で処分される放射性廃棄物が環境にもたらす危険の寿命を短縮できる。だが、米国とスウェーデンでの公式の研究では、酸化プルトニウムは、地下深くの使用済み燃料処分場からの放射線リスクにおいて支配的ではないと結論づけられている。なぜなら、酸化プルトニウムは、比較的、水に溶けにくく、食物連鎖で濃縮されず、ヒトの胃腸による吸収もわずかだからだ。
高いコストに加え、使用済み燃料の再処理は事故のリスクを伴う。ロシアの亡命者によって明らかにされるまで、20年間に亘って秘密にされていたが、1986年のチェルノブイリ事故以前の世界最悪の核事故は、1957年にソ連で起きたものだ。ソ連の最初の軍事用再処理工場の高濃度放射性廃液のタンクが干上がって爆発した。汚染された風下1000平方キロメートルの地域の住民の避難が必要となった――2011年に起きた日本の福島事故の後に住民が避難を強いられたのとほぼ同じ広さだ。
英国は、現在、世界最大の量の分離済み民生用プルトニウム――約140トン――をどう処分するかという問題に直面している。この中には、日本のために分離され、英国に置き去りになっている約22トンが含まれる。フランスや日本の政府と異なり、英国は、分離済みプルトニウムをMOX燃料として使用することを電力会社に強制していない。このため、英国では、プルトニウムを安定した形の廃棄物にして深地下処分するという代替案が検討されている。
英国のプルトニウム製造・分離サイトの除染コストは、1000億ドル[1ドル=140円換算で14兆円]相当以上に達すると推定されている。使用済み燃料の空気冷却式容器での貯蔵――将来深地下処分場が使えるようになるまでの間――のコストとリスクは、これと比べると小さい。
日本は、現在再処理をしている唯一の非核保有国だが、他の非核兵器国が日本の例に倣うことになるのではと懸念されている。近年では、韓国が米国に対し、その原子力協力協定を書き換えて、日本と同じ再処理の権利を韓国にも与えるよう迫っている。米国は2011年に10カ年共同「フィージビリティ・スタディー(実現可能性研究)」に同意することでこの要求を暫定的にかわしたが、近いうちにまた議論が始まるかもしれない。
プルトニウム239――ウラン238が中性子を捕獲することで作られる主要な放射性同位元素――の半減期は2万4000年、製造した国々より長く生き続ける。この事態はすでに起きている。1991年、ソ連が崩壊した時のことだ。ロシアが継承した大量の核兵器利用可能物質の保安状態を確保するため世界的な支援が試みられた。
本報告書は、使用済み燃料再処理の終焉を加速するとともに、近い将来に使用する計画のない既存の分離済みプルトニウムを処分するために、以下の二つの方策を提案する。
- 提案されている「核分裂性物質禁止条約(FMCT)」の対象を広げ、如何なる目的のものであれ(軍事用及び民生用)プルトニウムの分離を禁止するものとし、未照射の民生用プルトニウムと非軍事化された兵器用プルトニウムの両方をIAEAの保障措置下に置くこと。
- 再処理及び再処理廃棄物の深地下処分と比較して見た場合に、使用済み燃料の深地下直接処分が環境に与える危険についてコンセンサスを得るための国際的研究プログラム、それに、余剰プルトニウムの処分に関する国際協力を立ち上げること。
[1] この報告書においては、「トン」は[ポンド・ヤード法のロング・トンやショート・トンではなく]メートル・トンを指す。
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