さらなる過酷事故を想定しての被曝限度の引き上げは許されない! 原子力規制委員会 緊急時作業者の被曝線量引き上げの検討へ

『原子力資料情報室通信』第484号(2014/10/1)より

 7月30日に開催された第18回原子力規制委員会で、予定されていた議事の終了後、田中俊一委員長は、原子力施設で重大事故など緊急事態が発生したときに収束作業に当たる作業者の放射線被曝線量の上限について、現行の100ミリシーベルトから引き上げることを含め見直しの検討を提案し、了承された。
 規制委員会では今後、国際原子力機関(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)などの国際的な基準を踏まえながら、緊急時の作業者の被曝線量の上限をいくつにするか、緊急作業に当たる作業者の意思を事前に確認する方法、作業者の研修や訓練、事後の健康管理のあり方などについて検討を進め、法令の改正が必要な場合は、放射線審議会に諮るとしている。
 私たち原子力資料情報室は福島原発事故後、全国労働安全衛生センター連絡会議など多くの市民団体とともに、福島原発事故における被曝労働に関して厚生労働省、経済産業省、原子力規制庁、防衛省、消防庁など関連省庁に対し交渉を重ねている。その中で、3.11福島原発のような重大事故が起き、大量の放射能が漏れたとき、だれが原発事故の対応をし、救命活動に従事するのかを問うてきた。労働安全衛生法では、第25条に「事業者は、労働災害発生の急迫した危険があるときは、直ちに作業を中止し、労働者を作業場から退避させる等必要な措置を講じなければならない」と定めている。私たちは、緊急時の法整備や組織態勢などのあり方について各省庁の認識を問い、省庁を超える幅広い議論が必要であることを訴え続けてきた。
 原子力規制委員会設置法が成立した2012年6月20日、同法律に対する参議院環境委員会が発した付帯決議には「政府は、東日本大震災により甚大な被害が生じたことを踏まえ、原子力災害を含む大規模災害へのより機動的かつ効果的な対処が可能となるよう、大規模災害への対処に当たる政府の組織の在り方について、米国のFEMA(連邦緊急事態管理庁)なども参考に抜本的な見直しを行ない、その結果に基づき必要な措置を講ずるものとすること」と規定されている。
 この間、私たちが問いかける問題に対して、原子力規制庁には自らが取り組むべき課題としての認識はなく、厚労省など他の省庁も従来の枠組みで対応できるとの答弁に終始してきた。しかし、7月10日に行なった第12回目の交渉で、規制庁規制部企画課は、「平成23年1月、放射線審議会基本部会の第2次中間報告の『緊急作業について』で、100ミリシーベルトが妥当か、緊急作業従事者の要件について、健康リスクを理解してもらうとか、訓練を受けたものという提言がなされた。規制庁としても緊急作業のときの放射線の線量がどれくらいか、作業従事者のリスクの受け入れについて考えることが重要だと思う。法整備等については、国際機関、関係省庁、関係機関等と協議して、今後検討する必要がある」との見解を初めて示した。
 そして、7月30日の規制委員会での委員長の提案となった。「原子力規制委員会は現在、緊急作業時の被曝限度を100ミリシーベルトとして規制を行なっている。しかし、それを超えるような事故が起こる可能性を完全に否定できない」などの発言は、着々と進めている原発再稼働の準備の一環であろう。さらなる過酷事故を想定しての対策をしようというものである。
 9月4日に開催された第128回放射線審議会では、前放射線審議会基本部会委員であった甲斐倫明氏(大分県立看護科学大学)から「ICRP2007年勧告の法令取り入れに関する放射線審議会基本部会の検討状況」の説明を受け、緊急時の作業員の被曝線量限度について議論することが確認された。放射線審議会、基本部会は2011年1月に発表した第二次中間報告で「緊急作業に従事する者に許容する実効線量を100ミリシーベルトを上限値として設定する必要がないことが国際的にも正当化されている中で、その上限値を100ミリシーベルトとする我が国の現行の規制は、人命救助のような緊急性及び重要性の高い作業を行ううえで妨げとなる。(中略)国際的に容認された推奨値との整合を図るべきである」と提言している。

労働者被曝は軽んじられ続けてきた

 ICRPは1990年勧告で、それまで100ミリシーベルトだった緊急時作業の線量限度を一気に5倍の500ミリシーベルトに引き上げ、さらに救命活動の場合、制限なしとした。当時チェルノブイリ事故の経験を<悪く学んだ>結果だと、驚きと怒りをもって受け止めた。
 ICRP1990年勧告の日本の法律への取り込みについての放射線審議会でのさまざまな議論の結果、緊急時作業の上限を100ミリシーベルトとしたが、きびしい福島事故の収束作業などで国際的に容認された推奨値を受け入れるべきと迫られているのだ。
 ICRP1990年勧告では、1985年のパリ声明を受け、公衆の年間の線量限度を5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げた。当然、職業人の線量限度も5分の1にしなければならないのに、年間50ミリシーベルトと据え置き、ただし5年間100ミリシーベルトとした。放射線被曝の危険性評価は年々高まっているのに、ICRPは労働者被曝の影響を一貫して軽んじている。そうしなければ原子力産業はやっていけないのである。なお、女性の職業被曝について、日本は5ミリシーベルト/3ヵ月としているが、これも男女差を排除することが検討されるであろう。
 今回、原子力規制委員会では、緊急作業時の線量限度を国際基準の500ミリシーベルト受け入れを前提とした議論になりそうだ。こんなことは断じて許されない。
 吉田調書などから当時の混乱した現場の状況が明らかにされつつある。事故収束、廃炉と、それを担う作業者の安全と健康をどう確保するかなども含め、一部の専門家や官僚だけでなく、福島第一原発の収束作業に従事した作業者らも交えた幅広い議論こそが必要だ。
 第二次中間報告は緊急作業に従事する者の要件として、志願した放射線業務従事者で「当該作業で発生する可能性のある健康リスクを理解し、それを受け入れる者」とすべきと提言するが、そのような法整備は果たして可能なのか。脱原発の道筋を明確にし、廃炉や放射性廃棄物の処理をどう進めるかの議論の方が、はるかに重要だ。 

 (渡辺美紀子)