JCO臨界事故住民健康被害訴訟1審判決
昨日(2008年2月27日)水戸地裁において言い渡されたJCO臨界事故住民健康被害訴訟の1審判決は住民側の主張を全面的に退ける不当なものでした。
伊東良徳弁護士のコメント
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判決要旨
【事件番号及び事件名】
平成14年(ワ)第513号 損害賠償請求事件
【当事者】
原告 大泉恵子、大泉昭一
被告 株式会社ジェー・シー・オー、住友金属高山株式会社
【事案の概要】
1 平成11年9月30日午前10時35分ころ,被告JCOの東海事業所内の転換試験棟において,沈殿槽内の硝酸ウラニル溶液が臨界に達し,中性子線等の放射線が放出される臨界事故(本件事故)が発生した。
原告らは本件事故発生当時,事故が発生した転換試験棟から数百メートルの位置に所在する大泉工業株式会社の東海工場において稼動していた。
2 本件は,原告らが,本件事故の際に発生した放射線に被曝したことなどに起因して身体に変調が生じ,また,工場での営業ができなくなった等と主張して,被告JCO及びその親会社である被告住友金属株式会社に対し,主位的に民法709条及び715条1項(被告住友金属鉱山については,さらに債務引受ないし保証)に基づき,予備的に原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)3条1項に基づき,原告大泉恵子につき合計4619万7379円,原告大泉昭一につき合計1142万5350円の損害賠償を求めた事案である。
【当裁判所の結論】
原告らの本訴請求は理由がないから,いずれも棄却する。
【争点】
(1)被告住友金属鉱山に対する請求の適否
ア 主位的請求の適否((民法上の不法行為の規定が適用されるか。(イ)被告JCOの賠償責任につき債務引受・保証をした事実が認められるか。)
イ 予備的請求の適否(原賠法に基づく損害賠償責任を負うか。)
(2)被告JCOに対する主位的請求の適否(予備的請求である原賠法による請求とは別に,民法上の不法行為の規定が適用されるか。)
(3)原告らに本件事故と相当因果関係がある損害が発生していたか。
【判断の骨子】
1 争点(1)(被告住友金属鉱山に対する主位的・予備的請求の適否)及び(2)被告JCOに対する主位的請求の適否)について
(1)被告らに対する民法上の不法行為に基づく請求及び被告住友金属鉱山に対する原賠法3条1項に基づく請求について
本件事故による損香賠償に関しては,民法上の不法行為に関する規定の適用はなく,原賠法3条1項によってのみ賠償を請求しうるものであるから,原告らの被告らに対する民法709条及び715条1項の適用ないし類推適用に基づく請求は失当である。また,原賠法3条1項に基づく被告住友金属鉱山に対する請求は・原賠法4条1項の規定により原子力損害に関する賠償責任を負うのは原子力事業である被告JCOに限られるから,同様に失当である.
(2)被告住友金属鉱山に対する債務引受ないし保証に基づく請求について
仮に被告住友金属鉱山の代表取締役が,記者会見において,本件事故に関して誠意をもって対応し,補償をバックアップする旨述べた事実があったとしても,法人の代表者が記者会見においてそのような見解を述べたこと自体から,原告らという特定個人との間で債務引受ないし保証契約が締結されたことになるわけではないから)原告らの主張は失当である。
2 争点(3)(本件事故と相当因果関係のある損害の存否)について
本件においては,原告らの被告JCOに対する予備的請求(原賠法に基づく請求)の当否のみが問題となるが,これは理由がない。
(1)原告らの被曝線量
原告らが本件事故により被曝した放射線(中性子線とガンマ線との合計)に関しては,科学技術庁が,当時の放射線防護こ関する法令に則って実効線量当量を用いて算定し,それぞれ6.5mSvと推定しているが,これは合理性を有するものであり,原告らの実効線量当量がこの推定値を超えることはないものと認められる。また,日本原子力学会による本件事故に関する調査・分析に基づいて,この実効線量当量を実効線量に換算すると,それぞれ多くとも11.7mSv(中性子線とガンマ線との合計)ということになる。
中性子線の生物影響に関する知見を踏まえると,本件において,中性子線による皮膚影響を問題とする場合のRBE(生物学的効果比)は,高くても10を超えることはないものというべきであるが,これをもとに皮膚影響を問題とする場合のグレイ当量を算出すると,線質係数を10として算出された実効線量当量の値を超えることはないということになるから,原告らのグレイ当量はいずれも6.5mGyEqを超えることはない。
(2)原告恵子に本件事故と相当因果関係のある損害が生じていたか否かについて
訴訟上の因果関係(相当因果関)の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は・通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきところ(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決同48年(オ)東517号・民集第29巻9号1417貫等参照),経験則に照らして本件全証拠を総合検討しても,本件事故ないし事故による被曝が原告恵子に健康被害ないし損害を発生させた関係を是認し得る高度の蓋然性の証明はないから・原告恵子の希求は理由がない。
ア 原告恵子は,本件事故による被曝に起因して下痢,口内炎,胃潰瘍及びPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したと主張するが失当である。
(ア)原告恵子は,PTSDの診断基準であるICD-10又はDSM-Ⅳの要件を充足しないから,PTSDを発症したとは認められない。
また,PTSDの点を別としても,本件事故後の精神症状は,本件事故前に既にうつ状態が疑われる状況にあったのが遷延化して生じたものとみる余地があり,また,原告昭一が仕事や家庭を顧みずに,本件事故後に結成された臨界事故被害者の会の活動に傾倒していることに関するストレスが影響していた疑いが強いことなどから,本件事故ないし事故による被曝によって発症ないし悪化したものと認めることはできない。
(イ)原告恵子の下痢,口内炎及び胃績瘍の発症については,その被曝線量からして,本件事故ないし事故による被曝と関係したものであると推認するのが困難であり,かえって,従前から同様の症状が存在していたなどその関係を疑わせる事情が存在するから,その発症が本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものと認めることはできない。
イ 原告恵子の被曝線量が,一般人に関する線量限度(実効線量及び実効線量当量のいずれによっても1年間に1mSv)を超えるものであることからすると,放射線に曝されたこと自体によって生じる精神的苦痛を観念しえないではないが一原告らは,被告JCOから,営業損失として請求したものとして49万2000円の支払を受けたほか,各3万円の見舞金を受け取っており,さらに,健康面に関しては,被告JCOによって定期的な健康珍断が継続して実施されているから,この苦痛に対する慰謝の措置は既に講じられているというべきである。
(3)原告昭一に本件事故と相当因果関係のある損害が生じていたか否かについて経験則に照らして本件全証拠を総合検討しても,本件事故ないし事故による被曝が原告昭一に健康被害ないし損害を発生させた関係を是認し得る高度の蓋然性の証明はないから,原告昭一の請求は理由がない。
ア 原告昭一は,本件事故による被曝に起因して紅皮症及び糖尿病が悪化したと主張するが失当である。
(ア)本件事故後の紅皮症の悪化は,紅皮症の治療経過や被曝線量などからして,本件事故ないし事故による被曝と関係したものであると推認するのが国難であり,かえって,衆議院議員らの来訪に備えての素手による草刈り並びにマスコミ対応及び臨界事故被害者の会の活動に起因する過労・ストレスなど本件事故と関係のない要因が影響していた疑いも存することなどから,本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものと認めることはできない。
(イ)原告昭一は,平成13年5月末ころに糖尿病が悪化しているが,その原因は,肺炎の治療のためにステロイド剤の大量投与を受けたことにある。
この大量投与は,肺炎による炎症を抑制するために行われたものであり,投与自体が本件事故による被曝と何ら関係ないことが明らかであるから,糖尿病の悪化と本件事故とは何ら関係のないものというほかない。
イ 大泉工業の廃業については,その原因となったと主張されている入院が,過労・ストレス等の安静・休養による緩和を目的としたものであり,本件事故と特段関係のないものである。また,原告昭一は,それ以前にも,3度長期間にわたって入院ていたことがあるが,それにもかかわらず,大泉工業の営業には大きな影響は生じていなかったというのであり,さらに,大泉工業の売上自体が減少傾向にあったことがうかがわれ,大泉工業の廃業が上記の入院と関係したものであるか否かには疑義がある。
以上