六ヶ所村再処理工場から放出される放射能

六ヶ所村再処理工場から放出される放射能

古川路明(名古屋大学名誉教授)

※原子力資料情報室通信366号(2004.12.1)に掲載
※図版は省略

1.再処理工場の安全の問題

 再処理工場運転についての主な安全の問題として(1)再処理工場運転の際の安全問題、(2)施設外に放出される放射能による放射線影響があるが、ここでは(2)を取り扱う。環境汚染は起こるのだから、わかっていることとわかっていないことをはっきりと区別し、広く公表することが重要である。

2.再処理工場から放出される放射能

 現在行なわれている再処理では、固体の核燃料ペレットを硝酸に溶解して溶液にせねばならない。溶液からは揮発性物質が逃げやすいので、原発の場合よりも放射能が外に放出されやすい。再処理工場の日常運転の際にも、揮発性元素の放射能が放出されている。以下に、代表的な放射能について、天然における存在と再処理工場からの放出について記す。
 運転中の再処理工場からの放射能放出では、揮発しやすい元素として水素、炭素、クリプトンとヨウ素が特に問題となる。表に、六ヶ所村での管理目標値とフランスのラ・アーグ再処理工場からの放射能放出量を示す。前者はあくまでも目標値であり、本当のところは工場を運転してみなければわからない。一方、後者は規模はやや大きいが、ほぼ同じ設計で建設されている工場からの放出の実績に基づく情報であり、六ヶ所の場合にも参考になると思う。

以下に、各々の放射能について述べる。

1)トリチウム 
 大気中で宇宙線によってつくられ、現在の雨水中濃度は1リットルあたり1?2ベクレル(1?2Bq/l)であるが、1960年代前半には大気圏内核兵器実験の影響で100Bq/l以上になっていた。
 原子炉運転中に、主としてウラン235に中性子があたったときに起こる3体核分裂(2個の大きな原子と1個の小さな原子が生じる現象)によって生じる。再処理を行なうと、主に水素分子と水の形になる。水素分子は大気中で速く拡散するので、影響は大きくはないと予想できる。水の形であれば、主として排水中に入り、最後は生体中の物質に含まれる水素と交換する可能性があるので、放射線影響を考えるときにはより重要である。
 ラ・アーグでの放出量は六ヶ所村の管理目標値とほぼ一致しているが、液体としての放出が多いことに注目したい。液体状の放出が多ければ、海水が汚染され、海産生物の汚染が心配される。

2)炭素14 
 大気中で宇宙線によってつくられ、大気中の二酸化炭素に含まれる炭素1グラムあたりの放射能は0.22ベクレル(0.22Bq/g)であるが、1960年代前半には大気圏内核兵器実験の影響で0.4Bq/gを超えていた。現在でも0.25Bq/g程度である。
 原子炉運転中に、窒素などに中性子があたったときにつくられ、使用済み核燃料中の存在形態として、無機態のものと有機態のものがある。いずれにしても揮発性のものが多く、再処理を行なえば気体または液体として放出される。
 ラ・アーグの放出量と六ヶ所村での管理目標値は、ほぼ一致しているとみてよい。トリチウムより量は少ないが、その影響はより大きいと考えている。ラ・アーグ再処理工場の近くで採取された牧草、海藻や巻貝の中に含まれる炭素中の炭素14濃度は平常値の3~4倍に達している。このような炭素を含む食品を摂取すれば、わずかではあっても内部被曝を増加させることは確かである。ただ、排水が放出される海の状況が大きく異なることは考慮する必要がある。

3)クリプトン85
 宇宙線によってつくられ、大気中濃度は1立方メートルあたり0.0001ベクレル(0.0001Bq
/m3)以下と推定されている。再処理の拡大によって濃度は増加を続け、現在では1Bq/m3になっている。
 核分裂生成物の一つで、再処理を行なうと全量が排気筒を通って大気中に放出されている。従って、再処理される使用済み燃料の履歴と量がわかれば、放出量はかなり正確に知ることができる。
 六ヶ所村での管理目標値は33万テラベクレルであるが、他の放射能の放出量と比べて非常に大きい。クリプトンの生体濃縮が起こらないことから人体影響は重要と考えられてはいないが、皮膚はベータ線によって被曝され、気道などでも皮膚の場合より低いが被曝は起こる。
 クリプトンの沸点は-153.35℃であるから、液体窒素(沸点、-196℃)で冷却すれば放出ガスから除去できる。しかし、水分の多い排気からは回収できず、回収には吸着財の利用も必要であろうし、建設が終わった工場に回収設備を追加することは容易ではない。
 ラ・アーグの工場周辺で、10,000Bq/m3を超える濃度も報告されている。クリプトン85の大気中濃度の測定を続けている気象研究所(つくば市)の研究者によると、時々平常値を大きく超える値が記録されることがあり、これが東海村再処理工場の稼動と関連していることが明らかになった。つくば市と東海村の距離が約50キロメートルだから、六ヶ所村の場合でも青森市、弘前市や八戸市にも汚染された大気が到達するはずである。
 放出されたクリプトン85は、10年程度で全地球大気に広がると考えられる。非常に被曝線量は低いとはいえ、全人類に被曝を強いる放出には問題がないとはいえまい。このような汚染を考えてか、アメリカ環境保護庁(EPA)が再処理工場からのクリプトン85排出量の90%削減を考えたこともあった。

4)ヨウ素129
 核分裂生成物の一つで、天然には存在しないと考えてよい。再処理を行なうと、排気または排水の中に入る恐れがある。
 六ヶ所村の管理目標値とラ・アーグの放出量は一致していない。六ヶ所村ではヨウ素の除去装置を設置しているためであるが、有効に働くかは運転するまでわからないであろう。
 ヨウ素の揮発性が高いために放出されやすく、ラ・アーグでは液体としての放出が多い。ヨウ素は甲状腺に集まる性質をもつために、原子力施設からの放出は特に注目されている。北海に広がっている汚染は、イギリスとフランスの再処理工場から放出されたものによると考えられている。日本でも、東海村の再処理工場周辺で採取された環境試料から検出されたことがあった。

3.再処理問題と「長計」

 開催中の「原子力委員会新長期計画策定会議(以下、「長計」)の傍聴者の1人としての私の印象も書いておきたい。
 「長計」で伴委員から提出された「六ヶ所再処理工場から多くの放射能が放出されるのではないか」との意見に対して、「(前略)環境影響評価では、参考論文に示された各核種(代表的な核種:トリチウム、炭素14、クリプトン85、ヨウ素129)が放出されることを前提に行っており、大気放出及び海洋放出による周辺住民の受ける線量は年間0.022mSvで、これは、法令で定める周辺住民の線量限度である年間1mSvを十分に下回るという評価を安全評価において妥当と判断しております。なおこのうち気体廃棄物による線量は0.019mSv、液体廃棄物による線量は0.0031mSvとなっています。なお核燃料サイクル政策の論点整理でも「放出による公衆の被ばく線量は安全基準を十分に満足する低い水準であることはもとより、自然放射線による線量よりも十分に小さいことを踏まえると、このことがシナリオ間に有意な差をもたらすとはいえない」と記述しています」と答えている。
 また、「六ヶ所再処理工場からの気体状放出量はラアーグ工場の放出量よりも多くなるのではないか」という意見に対して、「ご意見の趣旨が不明ですが、処理量や廃棄物処理系の異なる再処理工場からの放出量を単純比較することは意味がないものと考えます。(後略)」と答えている。
 私は、この対応に満足することができない。放射線による周辺住民の被曝については「法令で定める周辺住民の線量限度である年間1mSvを十分に下回る」という評価では不十分である。このような微妙な問題については、最終的な結論のみを出すのではなく、評価の基礎となるデータとその解析の過程のすべてを公表し、判断を住民にゆだねるべきである。そのような態度が住民の信頼を得る道につながると思う。
 最後に付け加えたいことは、再処理前の使用済み核燃料の貯蔵期間である。時間を長くかければ放射能問題の多くがよい方向に進むことは当然であるが、再処理の場合もその通りである。期間を100年とすると、トリチウムは初めの量の250分の1以下、クリプトン85は500分の1以下となる。あわてて再処理する必要がどこにあるのだろうか。再処理を急がねばならない理由の多くは、原子力を推進してきた人たち、特に政府関係者が生み出してきたのではないだろうか。
 終わりにあたり、ラ・アーグの再処理工場に関する情報をお伝えくださったグリーンピース・ジャパンの方々に厚く感謝します。

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