2007年へ希望をもって
2007年へ希望をもって
『原子力資料情報室通信』391号(2007.1.1)より
西尾漠・伴英幸(ともに共同代表)
2006年から07年へ。六ヶ所再処理工場はアクティブ試験に入り、遅れながらも営業運転の開始を目指している。プルサーマル計画が動き出し、高レベル廃棄物処分場の候補地が名乗りをあげるかもしれない。「原子力立国計画」がまとめられ、「原子力ルネッサンス」がさらにかまびすしく語られそうだ。
2007年が厳しい年になると、覚悟をする必要はあるだろう。私たち原子力資料情報室としても、いっそう気を引き締めて新しい年を迎える。
とはいえ、そうそう悲観的になることはない。水口憲哉さんの訴えや坂本龍一さんの呼びかけや鎌仲ひとみさんの映画『六ヶ所村ラプソディー』に触発されるなどして、六ヶ所再処理工場を止めようとの声が、新たな地域で新たな人びとの間から、さまざまに聞こえてきている。プルサーマル反対、もんじゅの運転再開反対の声は、依然として強い。
高レベル廃棄物処分場の候補地に手をあげようとするのは、「交付金だけもらって候補地になって、なおかつ処分場は誘致しない」と考えているようなところばかり。それすらたちまち反対の声に包囲され、応募断念に追い込まれている。再処理工場や低レベル廃棄物の処分場、高レベル廃棄物の中間貯蔵施設を引き受けた青森県でさえ、高レベル廃棄物の最終処分場だけは拒否する姿に、処分場のもつ負のイメージの大きさがよく示されていよう。
■「原子力立国計画」の裏側
総合資源エネルギー調査会電気事業分科会の原子力部会が2006年8月にまとめた「原子力立国計画」は、「『中長期的にブレない』確固たる国家戦略と政策枠組みの確立」をうたい、「国・電気事業者・メーカー間の建設的協力関係を深化」と強調する。
それは、本文に「ここ数年、原子力政策については、電力自由化、核燃料サイクルを巡る論争等があり、官民一体となった明確な方針を打ち出せなかった」とある通り、現実の裏返しでしかない。「論争」が、いわゆる「反対派」との間のそれでなく、国・電気事業者・メーカー間のものであることは、指摘するまでもないだろう。いや、実際には国の中も電気事業者の中もメーカーの中も割れての論争だった。
ともかくも六ヶ所再処理工場を動かすことで論争の1つに決着をつけ、また、「原子力発電に特有な投資リスクの低減・分散」など「国が一歩前に出る」諸策を講じて電力自由化がもたらす原発離れを食い止め、当面の新増設計画(13基)を着実に進めたいと決意を示している。だが、火種はいまもくすぶっている。原発への投資を後押しする電気事業分科会の原子力発電投資環境整備小委員会の制度整備への電力業界の反応は「後押し有難く。でも造れば売れる訳では」(2006年10月5日付電気新聞「デスク手帳」)というものだった。
原子力部会の顔ぶれは、そんな現実に無知な原発推進派を多く抱えていたから、それなりに大変ではあったらしい。『エネルギーフォーラム』2006年11月号の座談会「原子力立国計画は『21世紀の羅針盤』になれるか」で、委員の1人、山地憲治東京大学大学院教授は言う。
「部会の場では、フランス並みとまではいかなくても、原子力発電の比率をもっと高めるべきだと主張する委員もいました。しかし、日本の原子力の現状と実力をしっかり認識している委員は、3割から4割の維持が原子力政策として妥当で、現状を維持するのも政策的な支援なくてはできないということをよく分かっていたと思います」
ちょうど20年前の1986年7月に当時の総合エネルギー調査会原子力部会が作成した「原子力ビジョン」は、2030年には原発の規模は1億キロワットを超え、発電電力量の6割弱を占めるとしていた。それからすれば「原子力立国計画」は現実的と見えるが、なおかつ「現状を維持する」ことすら困難だと言ってよい。
そこで立地地域の「ご理解」を得やすいように、電源三法交付金の新設・拡充を行なう。立地地域共生交付金の新設や老朽原発への交付額の上乗せ、核燃料サイクル推進交付金などである。
だが、度重なる不正やデータ偽造で交付金効果は吹っ飛んでしまうに違いない。ダム式水力発電の堰堤歪データの改ざん、管データの偽造が中国電力や東京電力で明らかになった。温排水データの改ざんは東京電力、東北電力、関西電力、日本原電などで行なわれていた。しかも、世論の激しい批判を受けたあの東電不正事件(2002年)の中でも明らかにされずに長いあいだ不正が続けられてきたのだ。これでは地元理解など得られるはずもない。
■高速増殖炉(FBR)のゆくえ
「原子力立国計画」で突出して見えるのは、「高速増殖炉サイクルの早期実用化」を打ち出した部分だろう。その「基本シナリオ」は、「実証炉および関連サイクル施設は2025年ごろまでの実現を目指し、必要な実証プロセスを実施する」「2050年より前に商業ベースでのFBRの導入を開始し、以降、運転を終える既設の軽水炉は順次FBRにリプレースする」というものだ。
もっとも、このシナリオは部会で議論された内容より前倒しになっていて、報告書をつくる段階でいきなり外部から持ち込まれた。2006年5月30日の部会で、事務局の柳瀬唯夫資源エネルギー庁原子力政策課長は「今回政治のほうでもご意見をいただいて、それじゃあそれに合わせましょうかということで」と言い訳をしているが、それで通ってしまう部会だから、誰も責任を取る気はない。
とはいえ、実証炉建設に際しての官民の費用分担を明確にし、5者協議会(経済産業省、文部科学省、日本原子力研究開発機構、電気事業連合会、メーカー)や研究会を設置してなんとか実用炉の担い手である電力を逃がさない構造を作った。そして、厳しい財政のなか両省あげて予算獲得に努めるという。
前掲の座談会で部会長の田中知東京大学大学院教授は「FBRについては、私はロードマップを明確にしないで、空論だけがどんどん進んでしまうことが心配でした」と語る。確かに空論が先走る委員たちが多いが、そこでロードマップを明確にしてみたところで、結局は実用化できずに空論に終わるだろう。
2006年6月19日付の日経産業新聞によれば「原子力政策に長くかかわるある政府関係者は『原子力開発の歴史をみると、経済性に劣る国産技術は、結局実用化が見送られてきた』と達観している」そうな。してみれば、税金が浪費されるだけの結果となる。
■原子力ルネッサンス?
非現実的な空論は、「原子力ルネッサンス」騒ぎにも共通している。もちろん根も葉もない絵空事ではないにしても、そうそうたやすく原子力への回帰が実現されると考えることもない。
30年ぶりの発注となったフィンランドのオルキルオト原発3号炉(建設中)にせよ、10年ぶりの発注であるフランスのフラマンビル原発3号炉(準備工事中)にせよ、それぞれ特有の事情や理由があっての発注実現と言える。そうした事情や理由をもたない国では、アメリカにせよイギリスにせよどこにせよ、さまざまな原発優遇策を繰り出しての「ルネッサンス」なのである。原子力メーカーは、当面はアジア地域などでの原発建設でしのぎながら将来的には廃炉のリプレース需要を期待している。
ただし、日本と同様、仮にリプレースが実現し大型化で出力は維持できたとしても、基数の減少は必至だ。建替え需要があるといってもパイはそれほど大きくはなさそうだ。
それを象徴するかのように、原子力産業の再編が起きている。これまで三菱とウェスチングハウス(WH)グループがPWR開発を、東芝・日立とジェネラルエレクトリック(GE)がBWR開発をと棲み分けてきた。だが、06年3月、東芝がWHを6400億円と破格の価格で買収したことから様子が変わってきた。この買収によって東芝がBWRとPWRの両ライセンスを確保することになったからだ。今後は、アメリカや中国での原発建設市場での販売拡大をねらうという。他方、WHの買収競争に敗れた三菱重工はヨーロッパのアレバグループと原子力発電機器事業で提携した(06年10月)。提携部門は100万キロワットクラスの新型の共同開発、資材調達やメンテナンスサービス、核燃料サイクルなどの分野とのことである。また、日立製作所は06年11月にGEとの提携に合意したと発表した。11月14日付日本経済新聞によれば、提携は、共同出資会社を日米に設立する「実質統合」としている。
「ルネッサンス」といった華々しい掛け声の背後で進行する原子力産業の再編統合の動きは彼らの危機的な状況を示しているといえる。
■2007年へ
「原子力立国」だの「原子力ルネッサンス」だのと掛け声の勇ましさに惑わされる必要はまったくない。取り巻く環境は原子力のいっそうの推進に向って動いているが、それは、原子力産業の斜陽化の中で国の支援策を頼りにした、いわば、薄氷を踏むがごとくの推進であろう。冒頭にも記したように油断は禁物だが、厳しい中にも希望をもって、その希望を現実のものとするため、力を尽くしたい。
原子力資料情報室では、外部の専門家にかかわってもらい、老朽化研究会や地震と原発研究会を発足させて、専門的な見地から質の高い分析などを行なってきた。そして、これらを裁判や運動に役立ててきた。引き続き研究会活動を着実に進めていきたい。
また、原子力への関心が低まっていると言われることへの対応として、06年度は入門講座やスタディツアーを新規に企画した。好評を得たことから、これを確実なものとして継続していきたい。課題となっている会員の維持・拡大へ向けた取り組みも並行してすすめていきたい。