【研究レポート】「牛乳に含まれる放射性セシウムはどこから来たか 放射性セシウム134/137 比率の分析による評価」

 2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故によって、日本の広範囲で環境が放射性物質に汚染されました。食品の放射能汚染の把握は、被ばくを避けるための判断を支える重要な基礎情報です。

 2020年度、原子力資料情報室と新宿代々木市民測定所は、共同で牛乳の放射性セシウムの分析をおこないました。

 現在では低濃度となりつつある牛乳中の放射性セシウムを濃縮分析し、牛乳の産地と放射性セシウム濃度の関係を明らかにするだけでなく、半減期の長いセシウム137の由来が福島原発事故によるものか、それ以前のチェルノブイリ原発事故等によるものかを評価しました。

 その結果、北海道産の牛乳の一部からも福島原発事故由来の汚染が残存することが明らかになりました。


牛乳に含まれる放射性セシウムはどこから来たか 放射性セシウム134/137 比率の分析による評価

『原子力資料情報室通信』第562号(2021/4/1)より

 2011年3月の東京電力福島第一原発事故後、新宿代々木市民測定所は、ゲルマニウム半導体検出器を導入し、全国各地の牛乳に含まれる放射性セシウム濃度を測定してきた。牛乳は子どもたちがよく飲むもので、子どもたちの被ばくをできるだけ避けたいという声に応えるためだ。
 大手メーカーの牛乳は商品パッケージに産地が記載されていないものも多いが、測定の都度、メーカーに聞き取りをおこない、原乳の産地と牛乳の放射性セシウム濃度を明らかにした。調査の過程で、東北および北関東産の牛乳からだけでなく、北海道産からも放射性セシウムがよく検出されることに気がついた。
 一方、北海道の放射能汚染の状況についてはよく分かっていない。文部科学省の航空機モニタリングによると、北海道内では特段、汚染された地域があるとは読み取れないし、食品の放射性物質検査結果をみれば、当然ながら、北海道産の牛乳からは摂取基準に該当するような汚染は起きていない。
 セシウム137は半減期30年と長いため、福島原発事故以前の核実験(1945年から1980年にかけて)やチェルノブイリ原発事故(1986年)の影響で土壌に蓄積したものが現在も存在し、牛乳に影響していることも考えられる。なお、2010年以前のセシウム134は(半減期2.1年なら初期値の10万分の1程度になっているため)検出できない濃度だと考えられる。
 原子力資料情報室は、新宿代々木市民測定所と共同で、北海道産を中心に、現在では低濃度となった牛乳中の放射性セシウムを濃縮し、放射性セシウム137および、放射性セシウム134を定量することによって、その割合から、牛乳中に含まれる放射性セシウムの由来を明らかにすることを目指して調査をおこなった。
 測定試料は、産地が特定できる市販の牛乳を各22 kgもちいた。北海道産の牛乳は7つの地域のものを分析した。産地は根室で2件(A,B)、上川(C)、宗谷(D)、十勝(E)、石狩(F)、渡島(G)だった。比較対象として、福島原発事故の影響が強く表れると思われる福島県(H)、群馬県(I)、栃木県(J)産のものを加えて、合計10の試料を取り扱った。
 牛乳に含まれるセシウムの濃縮は、過去に経験のあるAMP法を用いておこない、1サンプル20kgを濃縮処理した。まず、牛乳を加熱酸処理して、ホエーと沈殿成分に分離した後、ホエーにセシウムイオンを吸着するAMP(リンモリブデン酸アンモニウム)を加えて攪拌し、およそ20時間後にAMPを吸引ろ過で回収した。

図  濃縮測定の様子 (左)1サンプルは牛乳22本を使用、(中央)加熱酸処理し沈殿とホエーに分離、(右)ホエーにAMPを投入後


 放射性セシウム濃度の測定は、ゲルマニウム半導体検出器を用いて、牛乳の直接測定、AMPによるセシウム濃縮測定、そして沈殿成分の測定をおこなった。
 直接測定で検出された放射性セシウム137の濃度は、北海道産で不検出(<27mBq/kg)~69 mBq/kg、福島県産で147 mBq/kg、群馬県産で102 mBq/kg、栃木県産で62 mBq/kgだった。直接測定では放射性セシウム134はすべて検出限界値以下だった(検出限界値は17~28 mBq/kg)。
 AMP濃縮測定の結果、放射性セシウム134がA(北海道根室)から1.1 mBq/kg、H(福島県)から5.2 mBq/kg、I(群馬県)から3.0 mBq/kg、J(栃木県)から2.4 mBq/kg検出された(検出限界値は0.2~0.4 mBq/kg)。セシウム比率(セシウム134の濃度をセシウム137の濃度で除した値)は、それぞれA:0.016、H:0.039、I:0.035、J:0.040だった(表1)。なお、濃縮測定によるセシウム134濃度を、直接測定の値で補正した値は、A、H、I、Jの順に、1.1、5.6、3.6、2.5(単位はすべてmBq/kg)である。

表1 牛乳に含まれる放射性セシウム(産地別)


 牛乳に含まれるセシウム比率から、産地ごとに、セシウム137汚染の福島原発寄与分と、2010年以前寄与分を評価した。福島原発事故時のセシウム比率の初期値は、「環境放射線データベース」から2011年3月~5月の月間大気降下物の地域別データから得た。
 北海道では、A:根室地域以外の牛乳からは検出限界値を超える濃度の福島原発由来の放射性セシウム134汚染は確認できなかったため、B~Gは主に2010年以前からのチェルノブイリ原発事故などに起因する放射能汚染だと考えられる。
 福島原発事故の寄与が明らかになったのは、A、H、I、Jで、A(北海道根室)に含まれるセシウム137のうち60%が2010年以前由来で、40%が福島原発事故由来という結果となった。H、I、Jの福島原発事故由来の割合は、それぞれ80%、65%、78%だった(表2)。

表2 牛乳に含まれる放射性セシウムの由来

      (谷村暢子)

 


 本調査の詳細なレポートは、下記のPDFファイルをご覧ください。

【研究レポート】「牛乳に含まれる放射性セシウムはどこから来たか 放射性セシウム134/137 比率の分析による評価」

 

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