原発労働者のピンハネの責任を問う ―福島第一原子力発電所における危険手当をめぐる訴訟について―

 『原子力資料情報室通信』第497号(2015/11/1)より

木村壮(弁護士・東京共同法律事務所) 

 

 福島第一原子力発電所(以下、第一原発)で働く労働者の賃金が多重下請構造のもとでピンハネされていることは公然の秘密でした。このようなピンハネは、中間搾取の禁止を謳った労働基準法6条(「何人も、法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」)、職業安定法44条(「何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない」)の趣旨に反するもので許されるものではありません。
 それだけではなく、このようなピンハネを放置することは、不当な利益を得る<RUBY CHAR=”口入”,”くちいれ”>稼業の<RUBY CHAR=”跋扈”,”ばっこ”>を許し、労働者に対する適切な労務管理、安全管理をないがしろにする重大な問題です。また、第一原発で働く労働者の貧困化、有能な労働者の離職等を招くことにもなり、ひいては原発の安全性に重大な問題を生じさせるものです。しかし、これまでこのようなピンハネが元請、下請のどこでいくらなされているのかは(少なくとも私の知る範囲では)全くのブラックボックスでした。

被ばく補償としての危険手当

 福島第一原発の事故以降、第一原発で働く労働者の被ばくの危険性は格段に高まりました。そのため東京電力は、労働者の被ばくに対する補償として危険手当を支払うことを明らかにしました。東京電力小森明生常務取締役(当時)は、2012年3月12日いわき市議会で、「危険手当につきましては、今後も引き続いて必要な経費として考えておりますし、それがしっかり作業員の方にわたるように各企業さんには常にお願いをし、必ず作業されている方に仕事の成果としていくように引き続いて努力してまいりたいと思います。」と答弁しています。また、広瀬直己社長は、2014年4月16日の衆議院経済産業委員会で、「今回の労務費の割り増しについては、とにかく、実際に作業されている末端の労働者のところまでに行き渡らせたいというのが我々の思いでございます。今、各元請会社さんから、賃金がちゃんと渡っているかどうかをチェックする仕組みを伺っています。その過程で、我々もむしろしっかり突っ込むところは突っ込んで、こうやるとここはどうやって担保するんでしょうかということを今ヒヤリングさせていただいているところです。」と答えています。
 多額の公的資金による援助を受けている東京電力がこのように国民に向けて約束しているにもかかわらず、少なくとも3次、4次下請の労働者には危険手当は支払われていないか、支払われていてもごくわずかです。そこで、危険手当をピンハネされてきた4名の労働者が2014年9月3日に、さらに4名の労働者が2015年2月4日にそれぞれの元請、下請の企業に対してピンハネした金額を賠償するよう求める裁判を提起しました。またこの訴訟では東京電力に対しても、多重下請構造の中で原告らがピンハネされていることを知りつつ、その状況を放置してきたことについて責任を問うています。この裁判の大きな論点は、まず東京電力は、元請に対してどういう名目でいくらの危険手当を払っているのかという点。もう一つは、この危険手当を誰がいくらピンハネしているのかという点です。すなわち、ピンハネの実態を明らかにすることです。

すべてピンハネのカラクリ

 裁判所は被告となった各企業に対して、それぞれが各原告の危険手当としていくらもらって、下請にいくら支払ったのかを明らかにするよう指示しました。しかし東京電力をはじめ、多くの元請、下請企業は未だに裁判所の指示を無視し、いくらもらっていくら支払ったかを明らかにせず、少数の企業のみ実態が明らかになっています。それによると、一人の原告については、元請である鹿島建設が1次下請に1日当たり賃金2万3000円、危険手当2万円の合計4万3000円を支払い、1次下請は2次下請に賃金2万円、危険手当5000円の合計2万5000円を支払い、2次下請は3次下請に賃金1万5000円、危険手当2000円の合計1万7000円を支払い、3次下請は労働者に対して賃金1万1500円のみを支払っていました。すなわち、1次下請が賃金3000円、危険手当1万5000円の合計1万8000円を、2次下請が賃金5000円、危険手当3000円の合計8000円を、3次下請が賃金賃金3500円、危険手当2000円の合計5500円をピンハネしていたことが分かりました。
 元請である鹿島建設が東京電力からいくら受け取り、いくらピンハネしたかは、鹿島建設が個々の作業員に直接支給されることを前提とした「危険手当」なるものの支払を受けた事実はないと上述の東京電力小森常務取締役の説明に真っ向から反する主張をしているため不明です。しかし、少なくとも下請の各企業がいずれもピンハネをおこない、1次下請に支払われた4万3000円の約4分の1にあたる1万1500円しか労働者に支払われず、被ばくの危険のあるところでの勤務に対する補償である危険手当は全てピンハネで消えてしまっていたことが判明しています。

危険手当は手当ではない?

 そもそも東京電力が危険手当をいくら払っていたのか、この点に関する東京電力の説明は、上述の小森常務取締役の答弁に反するものです。東京電力は、危険手当のことを「設計上の労務費割増分」という表現を用い、労務費割増分の増額について、受注する請負会社(元請会社)において、作業員に適正な賃金が行き渡るよう求めるものであるが、この増額もあくまでも設計上の労務費における割増分の取扱いであり、請負会社(元請会社)あるいは下請事業者が雇用主として作業員に対して支払う実際の賃金に直接上積みされる金額ではないと述べています。東京電力は、小森常務取締役がいわき市議会で危険手当を労働者に必ず行き渡らせると答弁しておきながら、裁判では、元請企業に支払っている危険手当(東京電力の言い方では「設計上の労務費割増分」)は労働者に支払われる賃金、手当ではないと述べているのです。
 このようにピンハネの実態の全貌はまだ明らかになっていませんが、今後も全貌を解明し、東京電力と各企業の責任を明らかにしていくよう努めたいと思います。

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